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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第三章 臆病な勇者

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第16話 ページの向こうの私




「ふぅ……。ただいまー」



 玄関のドアを鍵で開けて、そう声をかけたけど、返事は返ってこない。

 両親は共働きで、中学生の弟で野球部。この家で一番早く帰るのは、いつも私だった。


 置き時計を見ると、五時前。

 母が帰ってきて夕飯の手伝いをするまで、まだ一時間はある。急いで帰ってきた甲斐があったと、笑みが零れた。


 のどの渇きを癒そうと、キッチンへ直行。

 冷蔵庫から冷たい麦茶をコップに注ぎ、一気に飲み干す。


 汗でべとついた身体が気になったけど、シャワーを浴びる時間が惜しい。

 もう一杯麦茶を注いで、自室へ向かった。



「はぁーー、涼しいぃーー……。」



 階段を上がって、ドアを開けるなり、真っ先にエアコンのスイッチをオン。

 設定温度は最低の16度、風力は最大。


 送風口の角度を変えて、冷風を直接浴びながら、サマーセーターを脱ぎ捨てる。

 ついでにリボンを外して、ブラウスの第一・第二ボタンも外し、前を引っ張って風をしっかり当てる。


 数歩下がって、立ち位置を調整。

 スカートをたくし上げ、火照った脚にも風を当てる。


 パンツが丸見えだろうと気にしない。ここに居るのは私ひとり。

 今の私には、この極楽な涼しさが何よりも大事だった。



「さて……。続き、続き!」



 やがて、汗がひいていくのを感じながら、着替える手間を惜しんで制服のまま勉強机に座った。

 麦茶を一口飲んでから、お目当ての本を手に取る。



「おおっ、やっぱり来た!」



 古びたハードカバーを捲ると、私が予想した通り。

 副題には『臆病な勇者』と書いてあった。期待が自然と高まる。



「むっ……。」



 だけど、その期待はすぐに裏切られた。

 ページを捲る度、私のテンションはどんどん下がっていく。


 主人公の名前はまだ明かされていないけれど、私と同じ女子高生だった。


 しかも、友達が一人もいない『ぼっち』だ。

 その境遇も、学校での過ごし方も読めば読むほど私の日常と重なって見えてきて、まるで自分の寂しい青春日記を読んでいるみたいだった。


 気づけば、いつの間にか目に涙が滲んでいた。


 それでも、ここまで読んできた六冊が私の背中を押してくれた。

 どの主人公も最初は不器用で悩みを抱えていても、最後にはちゃんと自分の力で立ち上がり、英雄として物語を締めくくっていた。


 だから、きっとこの物語もハッピーエンド。

 そう信じて、私は主人公の女子高生に感情移入して、そっと応援するような気持ちでページをめくり続けた。



「この世を司る森羅万象よ。 我、ここに命を賭して、鍵を届ける。

 世界を渡る扉を開く者よ。その鍵を手に取り、時空の回廊を歩け。我が神の心のままに……。」



 七冊全てに必ず出てくる異世界召喚の呪文。

 長々と、3ページも続く厨二心全開の呪文。

 昨日、弟がいつの間にか後ろに居て、指を指しながらゲラゲラと笑われた呪文。


 解っている。解っているが、ここが最初の見せ場。

 気づけば、つい口に出して読み上げてしまっていた。


 呪文末尾のページは大きな余白。

 これも今まで読んできた六冊と同じ。ページを捲る手の早さがあがる。



「えっ!? ……えっ!? えっ!?」



 我が目を疑った。

 左右の両ページは真っ白だった。

 活字は一文字もなく、下角に書かれているはずのページ番号すら、記されていなかった。


 ページを戻してはまた捲り、何度も繰り返したけれど、結果は変わらなかった。


 それならと次のページを捲るが、そこも真っ白。その次も、そのまた次も、ずっと真っ白のままだった。

 業を煮やして、巻末ページまで指で摘み、親指で弾くと、紙の束が滑るように一気に捲れ、その早さでも解る真っ白さ。



「ひどい。こんなのってないよー……。」



 力が抜けて頭を垂れ、深いため息を漏らす。

 市立図書館に『乱丁本がありましたよ?』と抗議の電話を入れたい気分だけど、それ以上に落胆の方が大きかった。


 そのせいで、家まで走ってきた疲れがどっと押し寄せてきた。

 明日は確実に筋肉痛だろう。


 体育の水泳が憂鬱だし、水着になるのも嫌だ。

 私なんて、どうせ誰も見ていないと解っているが、嫌なものは嫌だ。


 何故、男子と一緒にやらなければならないのか。

 何故、うちの学校には水泳のカリキュラムがあるか。

 すぐ近くの商業高校には無いのにと心の中でボヤき、椅子を立ち上がったその時だった。



「キャっ!? 」



 机の上に置いてあった本が、勝手にふわりと浮かんだ。

 その信じられない光景に、私は思わず息を飲む。後ずさろうとして椅子にぶつかり、ローラーが勢い良く滑る音を耳にしながら尻もちをつき、背中と後頭部をしたたかに打つ。



「痛たたた……。」



 たまらず目を瞑る。

 痛みが過ぎ去るのを待ちたかった。


 でも、それより本が気になった。

 身を起こして立ち上がり、目を開けて、驚愕する。



「な、何なの、これ?」



 依然として、本は浮かんでいた。

 それも七冊全て。読み終えて紙袋に入れておいたはずの読み終えた六冊までもが、私を囲むように円を描いて、ふわふわと浮かんでいた。


 怖くなって、部屋から逃げ出そうとしたその瞬間。

 表紙をこちらに向けていた七冊の本が、一斉にバサッと開く。


 思わず身体がビクッと震えた。

 固まったまま動けない私に向かって、本の中から何千枚もの紙がまるで嵐のように吹き出した。



「いやぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ!?」



 眩い光が私を包みこんだ。

 それは瞼を閉じても消えず、逆に視界の奥まで焼き付くようだった。




 ******




 西日が葵の部屋を赤く染める中、七冊の本が床に散らばっていた。

 その内、六冊は閉じられていたが、一冊だけは開かれたままだった。


 まるでその本だけが、まだ役目を終えていないかのように部屋の真ん中に残っている。



「ただいまー……。」



 階下から女性の声が響く。

 その音に反応するように、開かれたままの七冊目の本の真っ白なページに、一文字ずつゆっくりと活字が浮かび上がり始めた。



 そして、ページの中央に現れたその名前は、勇者アオイ。

 その五文字がページに刻まれると、まるでその瞬間を待ちわびていたかのように本は静かに、ゆっくりと閉じられた。




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