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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第三章 臆病な勇者

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第14話 静かな挨拶




「おはよう!」

「はよー!」

「あー……。眠い」

「月曜日って、ダルいよなー」



 私の名前は植木葵。高校二年の所謂『ぼっち』だ。


 駅から学校へ向かう道のり。

 周りには私と同じ制服を着た生徒たちが集まり始める。


 あちらこちらで楽しげに話しながら歩くグループ。

 お互いに笑顔で挨拶を交わす声が響く。


 だけど、私には誰も挨拶をしてこない。

 気づくと、私一人だけが黙々と歩き続けている。


 周りが楽しそうにしているのを見ても、別に辛くもないし、とうの昔に慣れた。



「ねえ、知ってる? 上野君、一年の子に告白されたんだって!」

「マジっ!? 誰っ!?」

「また一人、散ったかー……。これで何人目?」

「さあ……。上野君って、女の子に興味ないのかな?」



 同じ制服を着ていても、私はみんなと違う。

 他の子達はスカートを短く詰めて、大胆に足を見せているが、私の制服は『標準』だ。足を見せる勇気が持てない。


 ブラウスだって、暑さを感じていても、サマーセーターを重ねて着ている。

 前を歩く子達を見れば、ブラジャーが透けており、恥ずかしくないのかと感じてしまう。


 かけている眼鏡だって、デザイン性のかけらもないフレームが太めの黒縁。

 たまに弟が『姉ちゃんの女子高生だろ? もっとオシャレなやつに変えろよ?』と苦言してくるが、私は口をむっつりと堅く結ぶだけ。


 第一、眼鏡を変えたところで、何かが変わるわけではない。

 私も女だから、自分を少しでも可愛く見せたいという欲求はあるが、それを表現する自信が持てない。


 だから、無難に、地味に、普通でいようとする。



「なあ、宿題やってきたか?」

「えっ!? 宿題?」

「やべっ!? 写させてくれ!」

「俺も、俺も! 頼む!」



 校門を通り、下駄箱で上履きに履き替え、廊下を進み、階段を上る。

 やはり、私に話しかける者は誰もいない。


 小学校の頃は、少ないながらも友人がいた。

 今振り返れば、一番仲が良かった子がとても積極的で私をぐいぐいと引っ張ってくれ、他者の輪に自然と入れていた。


 だけど、父の仕事の都合で、小学校卒業のタイミングでこの街へ引っ越し。


 中学校に入学して、最初の一週間で私は完全に失敗した。

 だが、別に何かをしでかしたわけでは無い。失敗というのは逆に何もしなかったことだ。


 小学校と同じ学区内の者たちが作っているどのグループにも入れず、気付いたら一人ぼっち。


 高校へ進めば変わるかと期待したが、やっぱり一人ぼっち。

 一年生の時、ゴールデンウィーク明けの初日。誰も話しかけてこなかった時点で諦めた。



「おはようございます」



 それでも、教室に入るときは、小さな声で挨拶をしてみる。

 小学校の頃、一番仲の良かった子が『朝の挨拶は大事! 葵ちゃんも一緒にしよう!』と笑顔で誘ってくれたのが、きっかけだった。その習慣だけは、今もまだやめられずにいる。


 でも、あの頃みたいな元気な声は出せない。

 今は、誰に届くでもない、独り言のような呟きになってしまっている。


 当然、誰にも気づかれない。

 教室は先週末の出来事で盛り上がっている。


 誰かのライブ、話題のカフェ、新しく買った服。

 私の呟きなんて、教室の雑音にもならない。


 私は誰とも目を合わせず、ただ静かに自分の席へと向かう。

 鞄の中から文庫本を取り出し、読むことに集中しようとする。


 席は窓側の最前列。

 席替えの時、望んだわけでもないのに『植木さん、目が悪いよね? 良かったら席を替わらない?』と提案され、断りきれなかった結果だ。


 本当はくじ引きで当てた後ろの方が良かった。

 でも、そう言えなかった。


 ページをめくる指先は落ち着いて見えるけれど、心はだんだんと読書に集中できなくなっていく。


 朝のショートホームルームが始まる少し前。

 私は腕時計をちらり、ちらりと確認する。

 それと同時に、胸の奥がじわりと熱くなり、緊張が鼓動を速めていくのをはっきりと感じる。



「おっす! みんな、おはよー!」



 その声が聞こえた瞬間、心の中で『来た!』と叫ぶ。

 身体がビクッと震えたのを誰にも気づかれなかっただろうか。


 クラスメイトの上野渉君。

 二枚目で成績も、スポーツも、何もかもが完璧な彼。

 この学校のみならず、他校の女子生徒も恋い焦がれる王子様。



「植木さん、おはよう!」

「お、おはようございます」



 今朝、家を出て以来、初めてかけられる挨拶。

 顔を上げて、目を合せられたのは一瞬。やはり声は上擦ったが、挨拶をちゃんと返せたと胸をホッと撫で下ろす。


 だけど、女子達の視線が突き刺さるを感じ、まるで冷水を浴びせられたように心が冷えていく。


 なにしろ、上野君の席は廊下側の最後尾から一つ前。

 私の席はその対角線上にあり、教室の中でも一番遠い位置になる。


 しかも、この教室に繋がる階段は教室後方の扉の方が近い。

 普通なら席に近いそこから入ってくるはずだが、上野君は毎朝わざわざ教室前方の扉から入り、私の横を通って自分の席へ向かう。


 その距離の差なんて、ほんの数メートルかも知れない。

 だが、それが毎朝になると、変に勘ぐってしまうのも仕方ない。


 私自身は上野君が私に好意を持ってくれている。そんな自惚れは持っていない。


 聞けば、彼は中学校の修学旅行の時に、バスガイドのお姉さんから告白された伝説の持ち主。どう考えても、私と釣り合っていない。



「席に着けーー……。ホームルーム、始めるぞーー……。」



 間もなくして、担任の先生が眠たそうに頭を掻きながら教室に入ってきた。

 私へ向けられていた視線が一斉に逸れる。私は文庫本をそっと閉じ、鞄の中にしまう。

 


「日直ーー……。」

「起立! 礼! ……着席!」



 上野君とは、名字の頭が『う』同士というだけの縁。

 一年生の時も同じクラスで、出席番号が男子と女子でそれぞれ3番目。


 だから、入学直後の席順でほんの一ヶ月だけ席が隣同士になった。


 その時、彼は言ってくれた。

 これから三年間、よろしくねと。


 きっと彼はその言葉を今でも律儀に守ってくれているだけ。

 友達がいない私を少し気にかけてくれているだけ。彼が王子様である所以のただの気遣いだ。




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