その1 のじゃ、のじゃ、のじゃ!
モテストの街の遥か上空、高度50000メートル超。
空は漆黒で、大地は青と白のグラデーションに彩られ、世界はカーブを描いて広がっていた。
魔王が再誕したその瞬間。
時を同じくして、勇者がこの世界に召喚された。
だが、世界はそれだけでは終わらなかった。
もう一人の来訪者を生んだ。
黒いゴスロリドレスを身に纏った銀髪赤眼の幼女。
彼女の名はエリザベート。魔王の娘にして、吸血鬼。
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「……のじゃ?」
まず感じたのは、落下感だった。
父上がたまに遊んでくれる『超々々高い高い』で空に放り投げられ、その限界点を超えた後に感じるそれ。
「の、のじゃああああああああああっ!?」
次に感じたのは、吸血鬼である妾にとっての生命線ともいえる血液が、沸騰するような熱さだった。
身体の中が炙られるように熱くなり、その一方で全身の肌を絶え間なく突き刺すような冷たさが襲ってきた。
内は膨れ上がろうとし、外は縮まろうとする。矛盾する温感に感覚が狂いだす。
「……なのじゃっ!? ……んなのじゃっ!? 何なのじゃっ!?
父上ええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
そして、風を切り裂く轟音。
凄まじい風圧に指先一つすら動かせない。
今、自分がどうなっているのかも理解できず、ただただ『墜ちている』ということだけが感じ取れた。
頭が真下を向いているのを認識し、ついさっきまで黒かった空が今や青く変わっていくのが見える。
足元から放たれる衝撃波。
妾の悲鳴は空気にかき消されるように彼方へと消えていった。
未知の恐怖に全身が震え、たまらず父上に縋ったその時。
頭に浮かんだのは直前の記憶だった。
新しい秘術を発見して、父上に褒めてもらおうと走る。
あの地下実験場の扉を開けた瞬間、目の前に広がったのは、光と漆黒の渦の中で焦る父上の姿だった。
「父上が……。焦る?」
父上があんなにも焦るなんて、とても珍しいことだ。
どう考えても、よっぽど予想外の事態が起こったに違いない。
地下実験場に居たのだから、父上が何かの実験をしていたことは分かる。
だが、完璧な父上が間違いを起こすなんて有り得ない。
つまり、何者かの介入があった。
その介入が妾と父上を引き離し、妾をこの見知らぬ場所に転移させたということになる。
「くっ!? ……舐めるなよ! 何処のどいつの企みかは知らぬが、この程度!」
妾は強く拳を握りしめ、歯を食いしばった。
その力強い声は怒りに満ち、衝撃波を超えて、空気を震わせた。
「妾を誰だと思っておる!
我が名はエリザベート! 世界の支配者にして、魔を統べる者、魔王が一人娘! エリザベートじゃぞ!」
全力全開で、妾は膨大な魔力を練り上げていく。
身体の隅々から湧き上がるエネルギーを全て一点に集める。
「足りぬ! 足りぬ、足りぬ、足りぬ!
ならば、貪れ! そして、世界を喰らってやれ!」
その上で身体の内に秘める魔力孔を子宮、ヘソ、鳩尾、胸、喉、額、頭頂の順に次々と開く。
魔力孔が回転する。
その速度は加速的に増し、周囲の魔力を引き込み、七つの黒い小さな渦を作ってゆく。
膨大な魔力が私の体内で暴れ、渦巻き、波立つ。
最早、それは制御が効かず、次第に私の体外へと流れ出して、黒いオーラとなって溢れ出した。
「これで!」
妾は口の端をニヤリと歪ませる。
準備は整った。あとはただ実行するのみ。
「四季を司る風よ! 天の戒めを解き放ち、我は汝を翼として共に踊る! エアロウイング!」
妾の声に魔力が乗って響いた次の瞬間。
数多の闇の羽根が周囲に散りばめられ、巨大な三対の翼が背に現れ、猛々しく広がった。
妾の意を飲んで羽ばたく三対の翼。
逆さまになっていた頭がゆっくりと上を向き、視界が回転を終えて元に戻る。
「……のじゃ?」
落下も停止したが、その安定は束の間だった。
すぐに妾を大地へ引き寄せる強烈な力が加わり、落下を再開させる。
翼で空を必死に掻き、魔力を振り絞って踏みとどまろうとしても、落下の勢いは止まらない。
「の、のじゃああああああああああっ!?」
つい先ほどまでの余裕は消えた。
眼下の大地があまりにも早く迫ってきて、恐怖が頭を支配する。
それがまるで妾の全身を締め付けるように手足を重くさせ、支配下にあった魔力は身体から垂れ流されてゆく。
「ち、父上ぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~っ!?」
その結果、背中の翼は羽根を撒き散らして小さくなり、ついには完全に消え去った。
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その日、大陸各地で観測された黒い流星は、モテストの街から遥か遠くに離れた荒野に落下した。
非常に僻地の為、人的被害は無かったが、落下の際に発生した爆発による衝撃波は広大な範囲に渡り、その痕跡として直径100キロにも及ぶ巨大なクレーターを大地に刻み込んだ。




