第12話 魔王だった俺、まずは雑用から
「あ~あ……。もう、そんな季節なのね」
受付嬢は顔を背けて、小さくポツリと呟いた。
その声音には、隠すつもりすらない嘲りの色があった。
「おい、わざとだろ? 言いたいことがあるなら、目を見て話せ」
声が低くなったのが自分でも解った。
だが、受付嬢はニコリと笑い、俺のローブをチラリと見て、肩を竦めた
「そのローブ、魔術学院のでしょ? それもまだ新しいから、今年入学したばかり。
風物詩なんですよねぇ~~?
攻撃魔術の一つも覚えて、自分が凄く強くなったと勘違いする。そう、身の程知らずが出てくるのって」
言葉のひとつひとつが、丁寧に選ばれた毒。
胸の奥がぐつぐつと煮え始める。
しかし、受付嬢は止まらない。
むしろ愉しんでいるように、声のトーンを少しだけ上げて言った。
「あっ!? レイモンド様は偉大なる魔王様でしたっけ?
なら、大丈夫なのかな? ……ぷっ!?」
口元を手で覆いながら、これ見よがしに笑いを堪えるその仕草。
本気で引き裂いてやろうかと思った。魔力が指先に滲みかけたのを自覚して、俺は奥歯をぐっと噛んだ。
「ぐぐぐっ……。」
「あら、やっぱり冒険者は止めにしておきます?」
この女、解っていて言っている。
ここでキレたら、相手の思う壺だ。それは魔王としての矜持が許さない。
かつて幾人もの勇者を前にしても、涼しい顔で立っていた俺がたった一人の受付嬢に挑発されて、怒りを爆発させるなど滑稽にも程がある。
それに俺はもう魔王への道は歩まないと決めた。
どんなに腹が立とうと、今の俺は『ただの新人冒険者』でしかない。
この立場で問題を起こせば、冒険者としての道が断たれる可能性すらある。
だからこそ。俺は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
握り締めた拳から、静かに魔力を引き戻す。
「なるほど、風物詩か。覚えておこう」
そう呟いて、俺は椅子に座り、背もたれに体を預けた。
静かに目を閉じ、怒りの波を押し込める。
一応、自分には無縁だと鼻で笑いながらも、銅の判子が押された依頼書も記憶に留めていた。
その内容は誰にでも出来る雑用。どれも報酬は雀の涙。
俺が思い描いていた未来図を現実のものとするのは不可能だった。
「もし、ランク上の依頼を受けたい場合は……。」
「むっ!?」
不意に受付嬢が口調を切り替え、事務的なトーンで言葉を続けた。
「同ランクの冒険者四名以上によるパーティを組むことで、一つ上ランクの依頼が受けられます。
もしくは、既に所属しているパーティがある場合、その中で最も高いランクの方に準じて、該当ランクの依頼を受けることも可能です」
俺の思考を見透かしたかのような補足だった。
まるで『そこまでして上の依頼を受けたいなら、手はあるにはありますよ』とでも言いたげな得意げな顔。
この女、何を企んでいるのか。
あれほど俺を嘲笑しておきながら、今さら建設的な提案。裏が有るに違いない。
「……と言うことは、だ。
白金ランクの者をパーティに加えたら、いきなり白金ランクの依頼を受けられることも可能。そういう解釈で良いのだな?」
渡りに船とは、正にこの事。
差し出された釣り針は大きく、太く、魅力的だった。
もちろん、それが毒針か否かなど、この俺には些細な問題だ。
問題はどう喰うかだ。
「はい、可能です」
受付嬢は微笑を浮かべたまま、間髪入れずに続ける。
「ですが、想像してみて下さい。
レイモンド様が仮に白金ランクの冒険者だったとして……。」
声にわずかばかりの棘を混ぜながら、言葉を繋ぐ。
「ギルドに登録したばかりの、素性も実力も未知数の駆け出しと、わざわざパーティを組もうと思いますか?」
「……思わない」
俺は唸るように答えるしかなかった。
その問いには返す言葉がない。正論だ。
「それが答えです。まずは銅ランクの依頼で実績を積んでください。
地道に、青銅ランクを目指しましょう。レイモンド様」
話が戻った。
まさか、ただの意地悪ではあるまい。何らかの目論見があった筈だ。
「参考までに聞こう。銀までランクアップするのに、どれだけの実績が必要なんだ?」
俺が鼻を鳴らして尋ねると、受付嬢はつまらなそうに答えた。
「ランクアップ基準につきましては、一切が部外秘となっておりますため、お教えすることは出来ません。
ただ、銅から青銅へのランクアップ自体は、さほど難しくありません。遅くても一ヶ月、早い方なら二週間ほどで達成されることもあります」
「雑用を……。二週間もだと?」
思わず眉を顰めた。
街の掃除に荷運び、猫探しに便所掃除。そんな下賤な雑務を、よりにもよってこの俺が二週間も冗談じゃない。
こうなったら、実力を見せつけてやろう。
冒険者登録さえ済んでしまえば、こっちのものだ。
規則だの、ランクだの、小賢しい枠組みなど、俺の力の前では無意味だという事を。
あの依頼書に書かれていたサイクロプス。
たかが単眼の巨人風情その首を取ってきてやる。
それを、この無礼な受付嬢の前に叩きつける。
その時、お前の顔がどんな風に歪むのか、想像するだけで愉快だ。
黙って従うフリをして、然るべきタイミングで全てをひっくり返す。
そういう『遊び』なら、慣れている。
「一応、忠告を致しますが……。
冒険者ギルドを仲介していない依頼は、ランクの査定対象になりませんし、報酬も支払われません」
「なん……、だとっ!?」
「先ほど説明した通り、ランクは強さではありません。実績です。
具体的に言えば、レイモンド様が個人的にドラゴンを倒したとしても、それで名声は上がるかも知れませんが、冒険者ギルドにとっては一切関係のないことです」
「ぐぬぬ……。」
だが、その悪巧みすら読まれていた。
思わずソファーの肘掛けを両手で勢いよく叩き上げて腰を浮かせたが、数秒の中腰のまま、力なく腰を落とす。
奥歯を噛み締め、悔しさを飲み込む。
この女、只者ではない。魔王である俺をこうも凹ますのだから、もし時代と巡り合わせが噛み合えば、稀代の軍師となるに違いない。
「レイモンド様、よくお考え下さい。
冒険者ギルドは冒険者一人のためにあるのではなく、冒険者全体のために存在しているのです。
例えば、レイモンド様が無謀なランクの依頼を引き受けて、それが失敗に終わったとしましょう。
当然、依頼主は不満を抱きます。レイモンド様に対してだけでなく、その依頼を許可した冒険者ギルドに対してもです。
『どうして、役に立たない者を送り込んだのか』と、『冒険者ギルドは自分たちを侮っているのか』と罵られることになるでしょう。
そして、そうした失敗が重なれば、冒険者ギルドの信用は揺らぎ、やがては冒険者全体の信用問題へと波及していくのです。
だからこそ、ランクという制度が存在するのです。
言い換えれば、これは先人たちの知恵の結晶。
ならず者や盗賊と変わらぬ武装者でしかなかった冒険者たちが、社会的信用と地位を得られているのは、このランク制度が有ってこそなのです」
受付嬢はまるで予想通りとでも言いたげに溜息を漏らすと、ここぞとばかりに冒険者ランクの重要性を優しく説き始めた。
「ですが、レイモンド様はどうしても格上に挑戦したいご様子ですね。
そんな貴方にご紹介したい方がいます。
もうすぐ鉄ランクに昇格される間近の冒険者です。ご一緒にパーティを組んでみてはいかがでしょうか?」
最早、それが毒針だろうと構わなかった。
俺が食いつくのを見越してか、受付嬢はわずかに唇を吊り上げ、意味深な笑みを浮かべた。




