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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第二章 魔王再誕

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第10話 俺の名前を言ってみろ!




「あなたは偉大なる魔王様ですね?」

「ああ、その通りだ」



 水晶玉が淡く青い光を放ち、軽快な音を『ピンポーン!』と響かせた。

 過去二度とは違う反応。それを目にした瞬間、俺の口元には自然と笑みが浮かんだ。


 静かに右手を水晶玉から離し、拳をギュッと握り締める。

 ようやく、ようやく通った。まるで自分自身の存在を、この世界に認めさせたかのような達成感だった。


 今になってみれば、単純な答えだった。

 確かに『レイモンド』は俺の名前だ。


 だが、その名で呼ばれていたのは1000年以上も昔の話。

 正直、今その名で呼ばれたところで、即座に振り返れる自信は無い。


 なにせ、その名を思い出したのは、ほんの一ヶ月前のことに過ぎない。

 この一ヶ月の間はエリーの庭の店主からは『兄ちゃん』と呼ばれ、歓楽街の嬢たちからは『お兄様』や『御主人様』などと呼ばれていた。


 長すぎる時の流れの中で、そんな昔の名前はとうに風化していた。

 今の俺にとって、本当の名前とは『魔王』だった。敵も味方も、誰もがそう呼んだ。


 だからこそ、旧型の水晶玉が嘘と判定したのも、ある意味で間違ってはいない。

 それは単なる無機質な判定に留まらず、深い真実を映し出しており、その性能の高さを示していた。

 

 しかし、旧型の水晶玉だけが俺を唯一理解してくれるとは、皮肉な話。


 エリザベートにどうしようもなく会いたくて堪らない。もう一度、あの無邪気な笑顔に触れたい。

 今、彼女は無事でいてくれるだろうか。あの日、初めて出会った時のように、膝を抱えて泣いてはいないだろうか。



「さて……。」



 いや、感傷に浸っている暇は無い。

 余計な手間に時間を取られた分、次はさくさくと行きたい。


 そう思いながら、いつの間にか落としていた視線を上げると、ロビーは静まり返っていた。

 辺りを見渡せば、受付嬢も、ギルド長も、ギルド職員たちも、冒険者たちも、全員が口をポカンと開けたまま完全に固まっている。


 

「ぷっ!? ……おい、今の聞いたか? 魔王、だってよ!」

「聞いた聞いた! しかも『偉大なる』とか、言ってたぞ!」



 誰かが吹き出した。その瞬間、場の空気が一変した。

 静けさは音を立てて崩れ去り、あちらこちらから笑い声が零れ出す。ロビーは大爆笑の渦に包まれた。


 冒険者登録を最優先した結果がこれか。

 言われるまでもなく、自分の判断が甘かったことは理解した。受け入れるしかない。


 人間どもにとって、魔王とは恐怖の象徴に他ならない。

 迂闊にその名を口にしただけで、処罰の対象となる国すら存在する。


 未来で魔王だった俺を除けば、これまで魔王が現れたのは歴史上で六度。

 その度に文明は焼かれ、人間どもは滅亡寸前にまで追い込まれてきた。


 六人目が打ち倒されたのは約250年前であり、周期的に考えれば、そろそろ新たな魔王が現れても不思議ではない時期だ。


 だからこそ、人間どもは日々その恐怖を見て見ぬふりをしながらも、心の奥底では震えている。

 誰もがタブーとして扱い、その名を口にすることすら避けている。


 一方、今の俺はどうだ。

 見た目は魔術学院のローブを羽織った若造に過ぎず、ただの冒険者登録に右往左往。

 どう考えても、出来の悪い冗談にしかならない。



「ギルド長、どうしましょう? 

 備考欄に『魔王様』って書いた方がいいでしょうか? ……ぷぷっ!?」

「こら! 真面目に……。くっ、くっくっくっ!?」



 遂に受付嬢に、ギルド長までもが決壊した。

 二人とも吹き出し、顔を背ける。

 俺が『魔王』と名乗った時は、怪訝そうに顔を見合わせるだけだったはずなのに。


 俺は肩を震わせ、俯いた。

 奥歯がギリギリと軋る。喉の奥から込み上げる怒りと屈辱を必死に押し殺す。



「くっ、屈辱だっ……。」



 もし、今この場でほんの少しでも感情の蓋を外せば、モテストの街はその瞬間に消え失せるだろう。

 それが分かっているからこそ、ただひたすら耐え続けるしかなかった。




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