第9話 二度鳴るブザー
「な、何故だっ!?」
何が気に食わなかったのか。
何故、水晶玉がヘソを曲げているのか、どうしても分からなかった。
目を見開いたまま、俺はただ固まるしかなかった。
「それは、こっちの台詞です。レイモンド(仮)様」
受付嬢は先ほどのように俺から距離を取りたそうな素振りを一瞬見せたが、結局その場に踏みとどまっていた。
それでも、せめてもの抵抗なのか。鋭い眼差しだけはしっかりと俺に向けている。
いや、解る。むしろ、同情すら覚える。
俺は『元』の但し書きが付こうと『皇族』を名乗っていた。
水晶玉の判断が正しくて、俺が嘘をついているだけなら話は済む。
だが、本当に俺が皇族だった場合、これ以上の無礼は不敬罪に繋がる可能性が有る。
下手をすれば、冒険者ギルドの問題だけで済まず、外外交問題に発展しかねない。
そんな空気の中、ロビー全体が固まった。俺を含め、誰もどう動けば良いか解らなかった。
「おいおい、滅多に聞かない音を二度も聞いた気がしたが、何があった?」
その静寂を破ったのは、二階から足音も立てずに降りてきた初老の男だった。
階段を下りながら、男は俺の死角にいる職員達へ目配せを送り、出入口の封鎖を指示した。
そして、厳しい表情をにこやかな笑顔に変え、こちらへ歩み寄ってきた。
「ギルド長! あの、実は……!」
「何だとっ!?」
受付嬢が慌てて事情を説明し、最後に俺の素性を耳打ちすると、ギルド長は息を飲んだ。
「なるほど、そういった事情でしたか。大変失礼を致しました。
では、レイモンド様。身分を証明する品をお持ちでしょうか? もし、あれば拝見したいのですが?」
しかし、冒険者ギルドを束ねる立場だけあって、場数を相当踏んでいるようだ。
俺に深く頭を下げつつも、すぐに表情を整え、代案を示してきた。
「おおっ!? ある! あるぞ!」
俺は懐から短剣を取り出し、ギルド長に差し出した。
鞘と柄の継ぎ目には、割り符のように紋章が刻まれており、その上には失効を意味する不名誉印が深く彫られている。
貴族や王族、皇族の紋章は、それこそ星の数ほど存在する。
専門職である紋章官ですら、見分けるのは容易ではない。
だが、この大陸で最大の勢力『アルビオン帝国』の紋章だけは別だ。
国旗に描かれているのは、建国の皇帝を象徴する剣と、その皇帝を支えた親友を象徴する槍。
それが並び立ち、その中央に構えられた盾には、皇家の紋章が刻まれている。
短剣の紋章は、それとほとんど同じだった。
『ほぼ』という点については、俺の皇位継承順位が低かったことによる些細な違いに過ぎない。
「これは確かに……。はい、確認いたしました。お収めください」
ギルド長も当然その紋章を知っていたのだろう。
無言で頷くと、短剣を恭しく両手に乗せて、俺に返してきた。
「そうか、良かった。これでもう大丈夫だな?」
「はい、レイモンド様を冒険者として登録させて頂きます」
「ああ、よろしく頼む」
「ただ……。」
ようやく、一段落した。そう思ったのも束の間。
どうやら、俺の試練はまだ終わっていないらしい。
ギルド長は一拍置き、周囲に視線を巡らせる。
確かに、俺、受付嬢、ギルド長の三人が顔を寄せて密談している様子は、周囲にはかなり怪しく見えるに違いない。
「このままでは、当ギルドが何らかの不正を許したと誤解されかねません。
それはレイモンド様の今後の冒険に、余計な支障をきたす恐れもございます。
ですから、もう一度。やはり水晶玉での審査を行うべきではないかと……。いかがでしょう?」
「むぅ……。確かにそうだな。だが、また鳴ったらどうする?」
ギルド長の指摘は至極真っ当だった。
しかし、恥の上塗りは一度で十分。それが表情を渋くさせる。
「ご安心ください。レイモンド様は、普段から尊称で呼ばれていたのではありませんか?」
「なるほど……。」
ギルド長は静かな声でそう言いながら、俺の目をじっと見つめてくる。
その言葉に納得して頷くと、彼は軽く息をついて続けた。
「実を申しますと、ある貴族様の審査で同様の事例が過去にありまして……。
この水晶玉は旧型。良く言えば、感度は非常に高い。悪く言えば、かなり融通が効かないのです」
そう言って、ギルド長はカウンターの下から別の水晶玉を取り出し、旧型と交換した。
俺は知識の探求者としての性か、つい新旧の違いを確かめようと、道具鑑定の魔術を口の中で呟く。
すると新型にはバッドステータスの表示が出た。即ち、故障中である。
「あっ!? ……いえ、なんでもありません」
これはどういう事だ。そう思った矢先。
受付嬢が小さく息を飲み、声を漏らしかけたが、それ以上は何も言わなかった。
その反応で全てを察した。
受付嬢も、ギルド長も新型が故障品だと承知している。
何を聞かれても『真実』としか反応しない極めて都合の良い嘘発見器。俺の為にわざわざ『茶番劇』を仕組もうというのだ。
「よし、もう一度だ。次はこう尋ねてくれ」
俺はニヤリと笑い、新型の水晶玉の上にゆっくりと右手を置いた。




