冷めた結婚になると思っていたのに、どうやら旦那様は私が好きみたいです。
「エマ、私の可愛い奥さん。ずっとそばにいておくれ」
ギルバード様との出会いは、今から1年以上前のこと。
自己中なお姉様がとうとうやらかしたことがきっかけだった。
お姉様は、侯爵家のギルバード様と婚約を交わしたばかりだった。
というのに、子供を身籠もって踏ん反り返っていた。
もちろん、相手はギルバード様ではない。
そこで白羽の矢が立ったのが、妹の私だった。
不幸中の幸いか、『伯爵家の娘と婚約した』ということしか世間は知らなかった。
即婚約、花嫁修行と称してそのまま侯爵家へと連れて行かれた。
だから、償いをするんだと思っていた。
それなのに、ギルバード様は最初から私に優しかった。
「エマ、苺だよ」
「あの、ギルバード様、自分で食べられます…」
「ほら口を開けて」
手ずから食べさせられるどころか、いつも通り横抱きされている。
使用人全員が生暖かい目でこっちを見ている。
やめて、見ないで、見ないフリして下さい…!
私はなんとか口を開けて、従った。
拒否すればするほど、私の羞恥が削られることがわかっているから。
苺の一番甘い部分が、口の中に入ってくる。
「…」
「美味しいかい?」
「…はい」
「よかった。あと、私のことはなんて呼ぶんだっけ?」
「………ギル」
ほとんど息みたいな声だったのに、ギルバード様は満足そうに微笑んだ。
「私の天使は今日も可愛いな」
「〜〜〜っ」
私、いつか溶けちゃうんじゃないかしら…。
正式に結婚して、ひと月ほど。
スキンシップは前から多かったけど、結婚した途端、ギルバード様は遠慮しなくなった。
家にいる間は片時も私のそばから離れないし、移動は手を繋ぎたがるし、それ以外は横抱きにしたがる。
「はああ、仕事場に連れて行きたい…。連れて行くか」
「えっ」
私は侍女のジーナの方を向いて目で訴えると、ジーナは静かに頷いた。
「奥様は今度の夜会の準備がございますので、連れて行かないでくださいませね」
ジ、ジーナ〜〜〜、ありがとう…!
「…では、今日のところは君と離れるのを我慢して行ってくるよ」
ギルバード様は、おでこと頬と瞼の上にキスを落とした。
これもこの家に来た時から、毎朝のこと。
「行ってらっしゃいませ」
「名前を呼んでくれないのかい、私の奥さん?」
「ギ、ギル、お気をつけて」
満足したのか、ようやく私を膝の上から下ろしてくれたのだった。
「エマ、もっとこっちにおいで」
「ギルバード様、そんなに近いと変に思われてしまいますよ」
「夫婦が近い分には、何も思われないよ」
私はお揃いの色で作られたドレスを着て、夜会に来ていた。
ギルバード様も、同じく青色を纏っている。
しっかりギルバード様の瞳の色だ、ううう、どんな顔をしていたらいいの…。
「…ギルバード様」
そこで城の使用人に声をかけられた。
「殿下がお呼びです」
「妻と来ているので後日にしてもらいたんだが?」
今、殿下って聞こえましたけど!?
「私は大丈夫です、行ってきて下さい」
「だが」
「テ、テラスで待ってます!誰ともお話ししません!」
「…わかった。男に話しかけられたら無視していいからな」
「はい…!」
絶対良くないけど、ギルバード様が怖くなるよりはいいわよねっ…!?
私をテラスまで送ると、すごく不服そうな顔で行かれたのだった。
「…社交をしないでお義母様に怒られないかしら」
すっかり仲良くなったお義母様の呆れた顔が浮かぶ。
ふふっと笑みを零した時、聞きたくなかった声が聞こえた。
「あら、エマったら随分良くしてもらっているみたいじゃない?」
「…お、お姉様!?」
あの日以来見るお姉様は、さらにキツい顔になっていた。
「どうしてここに…、領地でまだ謹慎中では…?」
子どもに罪はないと、お父様は子が産まれるまではお姉様を勘当せずにいた。
その代わり、領地で監視付きのはずなのに、なんで──。
「エマ、今までご苦労様ね。お前の役目も終わりよ」
「何を、おっしゃっているのですか…」
「だからっ、私が侯爵様と結婚するから、お前に用はないって言っているの!」
この人は、本当に何を言っているのだろう…。
「まーあ、独り身で実家に返すのは可哀想だから、この私がお前のために新しい旦那を見繕ってあげたわ。感謝なさい」
お姉様は相変わらず踏ん反り返って指を鳴らすと、テラスに無骨な男性が入ってきた。
いかにもお姉様のお友達といった印象の悪い方だった。
「私はギルバード様と婚姻しています。お姉様とはご結婚なさらないと思います」
「はあ!?大体、私の子はギルバード様の子なんだから!」
「何を言って…」
「ほら、早く連れてってよ!」
お姉様が指示を出すと、男の腕が伸びてきて、右手を潰されるほど握られた。
「…痛っ」
「エマのくせにほんと生意気。あ〜、やっと結婚できるなんて嬉しいわあっ!」
「やめてくださいっ、離して…!」
やだやだ、怖いっ…!
ギルバード様はこんな扱いしないのにっ!
お姉様に取られちゃうなんて、嫌だ!
「私の旦那様ですっ!身代わりだろうと、私はギルバード様がいいんです!」
そう叫んだ時、私の腕を掴んでいた男の悲鳴が聞こえた。
「…貴様、私の妻に何をしている?」
そこには男の腕を捩じ伏せて、見たことないくらい怖い顔のギルバード様がいた。
「ヒッ…」
お姉様の息を呑む音がした同時に、私はギルバード様の空いている手に抱き寄せられた。
いつものように強く抱き締められた。
あ、ギルバード様の匂いだ…。
「エマ、なんともないか!?怪我はっ?」
珍しく焦った声といつもの匂いにすっかり安心してしまい、ぎゅっと抱きつく。
…私、思ったよりギルバード様じゃないとダメみたい。
「エマ?大丈夫かっ?」
「…ギルバード様、好きです」
「うぇ、な、私の方こそ愛しているぞ!?」
「そうですよね」
うん、自惚れるくらいには愛されていると思う。
ぎゅ〜〜〜〜っとこれ以上ないくらいにしがみつくと、ギルバード様の上擦った声がした。
「ど、どうした?痛いか?怖かったか?わ、悪かった、やっぱり君を1人にするべきじゃなかった…!」
どうやら私が怯えていると勘違いしたみたいで、情けない声がしてくる。
ふふふ…、やっぱり私の旦那様は、ギルバード様だけね。
「ギルバード様が来てくれたので全然大丈夫です、ありがとうございます」
顔を上げて笑顔を見せると、ようやくホッとしたギルバード様の顔が見られた。
お姉様とお連れの方はすぐに警備の人に連れて行かれた。
お姉様は今回のことも含めて、籍を外されることに決まった。
私は早めに夜会を後にし、ギルバード様と帰りの馬車に乗った。
「万が一にも私が君の姉と結婚することはないし、私の子でもないからな!その前に億が一にも、エマと離縁する気はないっ!」
ギルバード様は私を膝の上に乗せて、先ほどから同じことを繰り返している。
「はい、わかっておりますよ」
「私が生涯愛すのはエマだけだっ!」
「はい、私もですギルバード様」
「だったら、二度と身代わりだなんて言わないでくれ…」
揺れた瞳で見つめられて、私はギルバード様が泣き出してしまうと、そんなことはないのにものすごく焦った。
「い、言いません!思ってません!ギルバード様には私だけです!!」
そう言い切ると、いつもの優しい顔に戻って、頬へのキスを落とされた。
「そうだよ、私は君のものだ」
ホッと息を吐くように、ギルバード様は私の肩に顔を埋めた。
「私、他の男性ではダメでした。さっきそれに気づいたので、私もギルバード様以外はイヤなんです」
そう告白すると、ギルバード様の目が閨の時と同じくらいギラリとした気がした。
そして、右手を取られて、そのまま指を舐め取られた。
「ギルバード様…!?」
「他の男に触られたと思うと気が狂いそうだからね、必要な消毒だよ」
絶対、そんなことないですよね…!?
というか、馬車の中なので、その気になるのは待って下さいっ…!
熱を帯びた青い目が私を見ながら、指を一本一本舐めていく。
まるで見せつけるようで、私の体が熱くなっていく。
「…っ」
「それとエマ…、私のことはなんと呼ぶんだっけ?」
意地悪く笑みを作った口元が、私の指を飲み込んでしまう。
「ギ、ギル…、それはだめです」
「駄目なもんか。君の全ては私がいただく、…家に帰ったら覚悟しておくんだよ?」
微笑むギルバード様を見て、大好きだけど早まったかもしれないと少しだけ思った。
了
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