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I kill  作者: じゃがいも畑
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第15話:フィードバック

翌朝8時半。始業前の会議室。


倉田は“朝イチ”が好きだ。相手の心がまだ温まっていない時間に刺すと、よく効く。朝の恐怖は一日を支配できる。そういう計算だ。


会議室に入ると、倉田はもう座っていた。机の上に紙が一枚。評価シートのテンプレだろう。倉田はわざと紙を見せる。権力の可視化。


「座れ」


俺は座った。


倉田は笑わなかった。今日は笑わない日だ。笑わずに殴る日。


「じゃあ、フィードバックな」


倉田は紙に目を落とし、淡々と読み上げるように言った。


「相良、お前は最近、協調性がない。上司への相談なく独断で動いた。顧客の前で上司の発言に被せた。チームの空気を乱した」


空気。協調性。相談。

全部、倉田が人を削るための言葉だ。


俺は反論しなかった。反論すると、議論になる。議論は倉田の土俵だ。

この場で必要なのは、議論ではなく“記録”だ。


俺は静かに言った。


「この面談、議事録を残します」


倉田の眉が跳ねた。


「は? 何それ。評価面談に議事録とか、舐めてんの?」


「言った言わないを避けるためです。双方のためです」


倉田は鼻で笑った。


「お前、ほんと気持ち悪いな」


気持ち悪い。いつもの異物化。


倉田は続けた。


「お前さ、最近“感情がない”だろ。何言っても刺さらない。だから余計に周りが怖がってる。お前のせいでチームが不安定になる」


怖がってる。

白い顔の噂も、この線で使うつもりだ。


俺は言った。


「不安定なのは、運用が口頭中心で、夜間連絡が常態化しているからです。記録と手順で安定します。顧客もそれを望んでいます」


倉田が机を叩いた。軽く。だが音ははっきりした。


「お前、また顧客顧客ってさ。顧客に好かれたいの? 承認欲求? そういうのが見え見えなんだよ」


承認欲求。

俺の中には、それがない。だからこの攻撃は空振りする。だが倉田は“俺の内面”を勝手に決めて、悪者にする。ストーリー作りだ。


俺は淡々と返した。


「承認欲求ではありません。炎上予防です」


倉田は笑った。


「炎上炎上って、お前が炎上の種なんだよ」


倉田は紙を指でトントン叩く。


「評価としては、今期、下げる。協調性、主体性、報連相。全部落ちてる。

あと、体調面も懸念。顔白いし、最近様子がおかしい。産業医の所見がどうであれ、お前は“危ない”」


危ない。

倉田は、俺を危ない人間にして排除したい。


俺は言った。


「“危ない”という表現は、何を根拠にしていますか」


倉田が止まった。根拠。嫌いな言葉。


「根拠? お前の態度だよ。無反応。周りと会話しない。笑わない。空気読まない。普通じゃない」


普通じゃない。

その通りだ。だが、だからと言って排除していい理由にはならない。


俺は続けた。


「態度は評価項目ですか」


倉田の口角が上がる。


「当たり前だろ。社会人なんだから」


社会人。

いつもそれで殴る。


俺は話を切り替えた。


「評価は構いません。ですが、篠崎への夜間連絡禁止と、指示の記録化は、人事決定事項です。守ってください」


倉田の目が鋭くなる。


「お前さ、評価面談で何言ってんの?」


「守られないと、篠崎が壊れます。壊れたら、顧客対応も止まります」


倉田は低い声で笑った。


「壊れる壊れるって、うるせぇんだよ。壊れるやつは勝手に壊れる。

それより、お前。篠崎を“外に出す”とか言ってるらしいな」


来た。出口の話が漏れている。


篠崎が誰かに言った? それとも倉田が耳を立てて拾った?

どちらでも同じだ。倉田は出口を潰す。


「お前、篠崎を焚きつけてんだろ。転職? 異動? そんなの、現場のためにならない。チームの損失だ」


損失。現場。

また“会社の都合”の鎖。


俺は言った。


「篠崎の人生の話です。損失ではありません」


倉田は机に身を乗り出した。


「人生? お前、何様だよ。お前がいないと生きられないみたいに依存させて、ヒーローごっこしてんじゃねぇの?」


ヒーロー。依存。

倉田は俺を“気持ち悪い善人”にしたい。


俺は言った。


「依存させません。選択肢を渡すだけです」


倉田は笑った。


「じゃあ、選択肢潰すわ」


その一言が、静かに落ちた。


倉田は続ける。


「篠崎はこのままA社に残す。異動も転職も、そんな暇ねぇ。

もし勝手に動くなら、“業務に支障”って評価に書く。

本人にも言う。『お前のせいで迷惑』ってな」


脅し。

篠崎に向けた脅し。ここが本命だ。


俺は言った。


「それはパワハラになります」


倉田が目を細めた。


「パワハラ? 何でもハラスメントって言うなよ。弱者ビジネスか?」


弱者ビジネス。

倉田にとって、守られるべき人間は“弱者”で、弱者は蔑む対象だ。


俺は静かに言った。


「この面談内容も記録します」


倉田は笑い、椅子にもたれた。


「記録しろよ。どうせお前、もう終わりだから」


終わり。


倉田は言葉で“終わり”を作る。相手が恐れると、それは現実になる。


俺は恐れない。


だが、恐れない代わりに別のものが浮かんだ。


――このままでは、篠崎の出口が潰される。


2週間の猶予が、意味を失う。


だから次の手は、もう“制度に渡す”だけじゃ足りない。

倉田が直接触れられない形にしないといけない。


俺は会議室を出た後、席に戻らずに廊下の端に立ち、佐伯へチャットを送った。


【相良】倉田課長より、篠崎の異動/転職の動きを「潰す」との発言あり。

【相良】本人に「迷惑」と言って圧をかける旨。

【相良】就業配慮と労務リスクとして、早急に介入が必要です。面談設定お願いします。

【相良】本件、口頭ではなく記録で扱いたいです。


送信。


次に、篠崎へ。


【相良】今朝、倉田が「出口を潰す」と言った。

【相良】今日から“動き”を隠さない。制度に出す。

【相良】怖くても、事実だけ持って。君は悪くない。


既読がついたのは遅かった。篠崎は今、席で息を止めているかもしれない。


俺は、深呼吸をするふりをした。息は白くならない。肺が動いている感覚も薄い。それでも、動作としてやる。


そのとき、視界が一瞬揺れた。


廊下の壁が、遠くなる。身体が軽くなる。足の裏の感覚が薄くなる。

まるで、重力が弱くなったみたいに。


俺は壁に手をついた。


白い指が、壁に触れる。


“時間”が減っている。


焦りはない。だが、計算は速くなる。

残り時間が少ないなら、手順は短縮しなければならない。


――倉田を、止める。


人事の介入を待っていると間に合わない可能性がある。

顧客を巻き込まない最小の爆発で、倉田を動けなくする。


方法は一つしかない。


“証拠”を、正式ルートに流す。


コンプラ。労務。上位管理職。

会社が倉田を守れない状態にする。


俺はHRフォルダを開き、篠崎の事実メモと、倉田のチャットログと、面談の要点を一つのPDFにまとめ始めた。


タイトルをつけた。


「業務継続と健康確保に関するリスク報告(倉田課長関連)」


名前は、まだ入れない。だが、次に入れる。


倉田は、出口を潰すと言った。


なら、俺は先に――


構造の方を潰す。

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