表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
I kill  作者: じゃがいも畑
14/20

第14話:評価面談

翌週の月曜、朝のチャット通知が一斉に鳴った。


【人事・佐伯】各位

【人事・佐伯】本日16:00より、相良さんの就業配慮と体制調整について、関係者で短時間の面談を行います。

【人事・佐伯】(参加:相良、倉田、佐伯、営業田辺)


短時間。こういうときの「短時間」は、短くない。

短くても、決まることが重い。


俺は既読をつけ、返事をせずにPCを開いた。返信の必要はない。手順が動いているだけだ。


午前中、倉田は妙に静かだった。怒鳴らない。笑わない。視線だけが刺さる。

静かなときの倉田は、準備をしているときだ。


昼過ぎ、篠崎が席に来た。手にはメモ用紙。産業医面談のために書き出した“事実メモ”だ。


「先輩……これ……」


紙を受け取る。箇条書きで、日付と事象が並んでいる。


〇/〇 23:48 倉田課長からチャット(返信が遅いと電話)


〇/〇 00:12 「頭使え」「使えねぇ」


〇/〇 朝会で「謝る前に頭使え」


〇/〇 会議資料の作成者名が消され、課長の成果として発言された


〇/〇 吐き気、手の震え、寝つき悪化


最後の行だけ、文字が少し滲んでいた。書いている途中で手が震えたのだろう。


「よく書けた」


俺がそう言うと、篠崎の肩が少しだけ下がった。


「……俺、これ、人事に出していいんですか」


「出していい。出すために書いた」


篠崎は頷いたが、目はまだ怖がっている。


「先輩……今日、16時の面談……俺も呼ばれますか」


「今日は呼ばれない可能性が高い。倉田が嫌がる」


「……嫌がる?」


「事実が増えるから」


篠崎は小さく息を吸って、吐いた。


「……先輩、俺、最近……ちょっとだけ……息できるようになってきました」


息。

それは、いちばん大事な変化だ。息ができない状態は、人を壊す。息ができるなら、まだ回復できる。


「それでいい」


俺はそう言って紙を返した。


「このメモ、コピーしておく。原本は篠崎が持て」


篠崎は頷き、紙を大事そうに胸ポケットへ入れた。


16時。人事会議室。


佐伯はいつもの中立の顔で座っていた。田辺はその隣で、落ち着かない指先をいじっている。

倉田は少し遅れて入ってきた。遅れて入るのは、場の中心を自分にするための癖だ。


「お待たせ。いや〜忙しくてさ」


佐伯が淡々と始める。


「本日の目的は二つです。相良さんの就業配慮(体調管理)と、A社体制の運用の安定化。加えて、倉田課長から“評価面の懸念”があると伺っていますので、その整理もします」


評価。

やはり来た。


倉田は笑う。


「そうそう。相良、最近“協調性”ないんだよ。上司飛ばして動くし、顧客の前で被せるし。チームの空気、乱してる」


空気。協調性。

倉田が人を殺すときに使う言葉だ。


佐伯は俺を見る。


「相良さん、この点、どう捉えていますか」


俺は言った。


「協調性の問題ではなく、運用の問題です。決定事項の文書化と、夜間連絡の制限は、前回の三者面談で決定しています。私はそれを実行しただけです」


倉田が鼻で笑う。


「“決定”ねぇ。人事が言っただけだろ。現場の責任は誰が取るんだよ。結局、俺だろ?」


責任。

それも倉田の武器だ。責任を盾にして暴力を正当化する。


佐伯が静かに言う。


「責任の所在を明確にするためにも、記録が必要です。顧客要望も出ています」


田辺が小さく頷いた。営業は顧客要望が最優先だ。顧客が望むなら、誰の味方でもできる。


倉田は田辺を見て、軽く笑った。


「田辺もそう思う? 相良のやり方、正しい?」


田辺は一瞬、固まった。倉田の視線。佐伯の視線。俺の視線。

板挟みの顔。


田辺は“営業の答え”を出した。


「顧客は、議事録があると安心します……それは事実です。ただ、社内の承認フローもあるので、そこは整えたいですね」


上手い。どっちにも寄った。責任を取らない返し。


倉田はそこだけを拾う。


「ほらな。承認フローだよ。相良はそこ飛ばしてんだよ」


俺は言った。


「飛ばしていません。宛先に倉田さんと田辺さんを入れて共有しています。承認が必要なら、返信で指示してください。記録に残ります」


倉田の顔がわずかに引きつった。

記録。残る。困る言葉だ。


佐伯が話を戻す。


「評価については、通常の評価面談の枠で行います。ただし、相良さんへの“体調を理由にした排除”にならないよう、人事としても確認します」


倉田が笑った。


「排除って言い方やめてよ。俺は心配してるだけ。相良、顔白いし、倒れたら困るから」


困るから。

倉田が何度も使う言葉だ。人を“会社の都合”に閉じ込める言葉。


佐伯は俺に向き直る。


「相良さん。産業医の所見では“直ちに休職は不要”。ただ内科受診推奨。受診予定は立てられましたか」


「明日、予約を入れました」


「分かりました」


佐伯はメモを取り、続ける。


「では体制です。倉田課長は相良さんを別案件へ移す意向が強い。一方で、相良さんは篠崎さんの安全確保を優先している。ここを整理します」


倉田が即答する。


「篠崎は俺に戻す。相良は外す。これが最短」


俺は反対意見を言う。


「篠崎を戻すなら、指示経路と夜間連絡制限が守られることが前提です。守られないなら、就業配慮として体制の再検討が必要です」


倉田が笑った。


「守るよ、守る守る。でもさ、指示経路を“相良経由”とか言い出して、現場のスピード落とすのはやめてくれ」


「緊急時は当番制です。スピードは落ちません」


倉田は言葉を詰まらせ、別の方向へ舵を切った。


「そもそも、篠崎がそんなに弱いなら、適性ないんじゃないの? 俺は優しくしてる方だよ?」


適性。

倉田は“個人の弱さ”に落とす。構造の問題を消す。


佐伯が、初めて少し強く言った。


「倉田課長。適性の話は今しません。健康配慮とリスクの話です」


倉田の笑顔が消えた。


沈黙が数秒落ちる。

沈黙の間に、倉田の目が俺を刺した。“後で覚えてろ”という目。


佐伯が結論に入る。


「本日の決定です。


相良さんは内科受診。結果は人事に共有。


A社は倉田課長主担当のまま。ただし、議事録・決定事項の文書化は継続。


篠崎さんへの業務指示は、当面“記録に残る形”で行うこと。夜間連絡は禁止。緊急対応は当番制。


相良さんの別案件移管は“即日”では行わず、2週間の引き継ぎ期間を設ける。引き継ぎ完了までは相良さんが運用整備を担当する」


2週間。

時間ができた。篠崎に出口を作る時間。制度を固める時間。


倉田は不満そうに笑った。


「2週間ねぇ。まぁ人事がそう言うなら。……でも相良、お前の評価は別だからな。協調性ゼロは変わらん」


俺は頷いた。


「評価は構いません。篠崎が壊れなければ」


倉田の目が細くなる。


「……ほんと気持ち悪いわ、お前」


佐伯が淡々と締める。


「本日の議事録は人事で作成し、関係者に共有します。以上です」


面談は終わった。


会議室を出た瞬間、田辺が小声で追いかけてきた。


「相良さん……2週間、取れましたね」


「取れました」


田辺は目を泳がせながら言った。


「倉田さん、たぶん……別の手で来ます。評価とか、配置とか……顧客に“相良は危ない”をまた入れようとするかも」


「分かってます」


田辺はため息をついた。


「正直、僕も……篠崎くんの件、やばいと思ってます。あの子、目が死んでた」


目が死んでた。

死ぬのは、簡単だ。生きる方が難しい。


俺は田辺に言った。


「田辺さん。もし倉田さんが顧客に“内部の揉め事”を出しそうになったら、止めてください。顧客の不安が増える」


田辺は苦い顔で頷いた。


「……やってみます」


自席に戻ると、篠崎からチャットが来ていた。


【篠崎】先輩、面談どうでした

【篠崎】俺、戻されますか


俺は返した。


【相良】2週間の猶予ができた。即日ではない。

【相良】夜間連絡禁止は継続。

【相良】出口作る時間ができた。


既読がつく。返信は少し遅れて来た。


【篠崎】……ありがとうございます

【篠崎】俺、週末、職務経歴の棚卸しやります


それでいい。

たった一歩でも、外へ向かうなら。


俺は画面を見つめながら、自分の指先を見た。白い。薄い。

しかし今日は、輪郭が一瞬だけ揺れた。体が軽くなる感覚。椅子に座っているのに、座っていないような。


“時間”が減っている。


俺は、急いでHRフォルダを開き、2週間の計画を作った。


Week1:篠崎の産業医面談準備/異動相談の下書き/転職棚卸し


Week2:人事へ異動相談/転職エージェント登録/引き継ぎ完了


そして最後に一行、書いた。


「相良が消えても動く仕組み」


それを作れたら、俺はもう――


そのとき、社用スマホが震えた。


【倉田】相良

【倉田】明日、朝イチで“評価フィードバック”やるから来い

【倉田】逃げんなよ


評価フィードバック。


倉田の刃が、ついに振り下ろされる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ