ルームシェアの相手はテレビの中のうたのおねえさんでした
ナオヤは高校三年生。今年から大学に行くことになっている。その大学に行くには小さな空き家を借りたわけだが、ルームシェアだった。なんでも土地主が孫娘が一人暮らしで心配なので男であれ高校生ならばいいかと許された。こっちは格安で住めるのならいい。
田舎と都会の真ん中にある場所で、車から降りてドアを潜るとすでに荷物は届いていた。夕日が木材に反射してノスタルジーを演出している。
「あ、ナオヤくん、だよね?」
声が聞こえて顔を上げると優しそうな女の人がこちらを見ていた。
「初めまして」
「初めまして」
同じように頭を下げる。髪を一まとめにしておりメガネをかけていた。フレームが光る。
「今日からよろしくね」
「はい」
年下男だからか、怯えの色はなかった。
「はい。残り物だけどどうぞ」
夜になり出されたのはホカホカのご飯ときんぴらごぼう。豆腐に納豆。ザ、日本の和風。
「いえ。ありがとうございます」
「ううん。わたし、作るの好きなんだけど一人だと作る気になれなくて、二人分なら張り切ってしまったの。残りなんて言ったけど、実は前日からかなり時間をかけてたり、して?」
「本当にありがとうございます。女の人と聞いていたので嫌がられないかと不安に思ってた部分もありますし」
「ううん。とんでもない。可愛い男の子が来てくれて嬉しい」
「ああ、まあ、成長期は過ぎたのであんまり背が伸びなかったってだけですよ」
スラスラ言葉は出てきて、話しやすい人だなとホッとした。目を細めてイタズラっぽく。
「あ、わたし朝には仕事に出て夕方には戻るから。土日も普遍的にいないことがあるよ。作り置きしておくから勝手に食べて」
「なにからなにまで」
礼を言うとお互い様だよと笑った。されっぱなしなのになにがお互い様なのかわからない。一人では心配という土地主をなにかしら説得できたからか?
疑問は解けないままにベッドに横になり疲れていたのかすぐに寝入った。
彼女の名前はハルカ。仕事はテレビ関係らしい。朝起きたらもういない。夜にはいるらしいのでまた話せるとしたらその時間になるのだろう。
冷蔵庫を見たら美味しそうな野菜の炒め物があり、麦茶と共にいただく。
テレビをつけると丁度教育番組がはじまろうとしていた。
チャンネルを変えようとしたらテレビのスピーカーからその声が唐突に突き抜けた。
「みんなー!こんにちはー!今日からみんなと楽しくあそぶことになったうたのおねえさんことハルカだよお!」
「ぶっふぉ!」
野菜炒めが気管に入ったんだが!?
夜の八時。玄関の引き戸がガラガラと開く音がした。
「ただいまー……ふぅ、疲れたぁ」
入ってきたのは、朝テレビで見た太陽のような笑顔の女性ではない。髪は少し乱れ、肩を落とした眼鏡の似合ういつものハルカだ。リビングのソファで、録画した例の番組を一時停止したまま固まっていた。
「あ、ナオヤくん。起きてたんだ。ご飯冷蔵庫の食べた?」
「……食べました。野菜炒め」
「よかった。あ、そうだ。今日の朝の番組見た? 今日から新任だったから……」
ハルカさんがリビングに入ってきて視線の先、一時停止されたテレビ画面を見た。カラフルなベレー帽を被り、両手を頬に当てて「みんなー!ハルカおねえさんだよぉ!」と全力の笑顔を振りまく彼女が映っている。
「…………あ」
ハルカさんの動きが止まった。さーっと顔が赤くなっていくのが、横からでもわかる。うん、可愛い。
「……ハルカおねえさん、なんですね」
なるべく冷静を装って、リモコンの停止ボタンを押した。
「……見た?」
「野菜炒め、気管に入って死ぬかと思いました」
ハルカさんは力なく座り込み、両手で顔を覆った。
「やだぁ……忘れてた。ナオヤくん、高校生だもんね。テレビくらい見るよね……あああ、お嫁にいけない……」
「いや、お嫁にはいけると思いますけ」
「……どうだった? わたし変じゃない?」
指の間から不安そうにこちらを覗いてくる。さっきまでのおねえさんの威厳はゼロだ。
「……普通におねえさんでした。テレビの中では」
「テレビの中ではってなに!? 家だとおばさんってこと!?」
「そんなこと言ってないでしょ。ギャップがすごすぎて……うーん」
立ち上がり、キッチンへ向かった。買ってきたのであろう麦茶をコップに注ぎ、目の前に置く。
「お疲れ様です。ハルカおねえさん」
「う……その呼び方、禁止! 家では絶対に禁止だからね!はい禁止〜」
頬を膨らませて怒る彼女を見て、少しだけ面白いと思ってしまった。土地主が高校生男子ならいいと言った理由が、なんとなく分かった気がする。この人は一人にしておくと、仕事の重圧に押しつぶされてしまうタイプなんだろう。
「……誰にも言わないですよ。うたのおねえさんと住んでるなんて。こっちが困りますし」
「……ナオヤくん、意外と冷めてるよね。うー、でもありがと」
少しだけ距離がルームシェアの同居人から、秘密の共有者に変わった気がした。
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