第4話 彼女の胸の内
明けましておめでとうございます。
今年も悠真と美咲の物語を、よろしくお願いします。(byリディア)
<橘美咲視点>
昨夜既読をつけなかった。
それは、わざとだった。
スマホの画面に表示された白石くんからのメッセージ。
『明日、よろしく』
短くて、丁寧で、彼らしい一文。
指は何度も画面の上を彷徨ったのに、私は返信しなかった。
読めば返したくなる。
返したら、もう逃げられなくなる。
だから、あのメッセージは未読のままにした。
部屋に戻った瞬間、橘美咲は靴を脱ぎ捨てるようにしてベッドへ飛び込み、枕に顔を埋めた。
そして、そのまま――ばたばたと足を動かす。
「……もう……!」
声にならない声が、枕に吸い込まれる。
胸の奥が落ち着かなくて、じっとしていられなかった。
顔が熱い。
心臓の音が、うるさい。
ベッドの上でごろりと転がり、天井を見上げる。
さっきまでの出来事が、何度も何度も頭の中で再生されていた。
白石くんが、駅前で私と男の人たちの間に立った、あの瞬間。
「俺の彼女に何か用か?」
低くて、落ち着いた声。
怒鳴らず、威張らず、ただ迷いなく前に出た人。
本当に、怖かった。
囲まれたとき、最初は笑ってやり過ごせると思っていた。いつものことだと思い込もうとした。でも、距離を詰められるたびに、声が小さくなっていくのが自分でも分かった。
足は震えて、背中に冷たい汗が流れて、頭の中が真っ白になる。
助けて、なんて言えなかった。
言ったところで、誰も来ないって、どこかで知っていたから。
だから――
白石くんが現れた瞬間、胸の奥が一気に熱くなった。
守られた、というよりも。
一人じゃない、と初めて思えた。
ベッドから起き上がり、窓際へ歩く。
夜風がカーテンを揺らし、街灯の光が滲んで見えた。
可愛いね。
綺麗だね。
そう言われるたび、嬉しいはずなのに、心のどこかが冷えていった。
私の何を知ってるの?
そう問い返したくても、できなかった。
告白されても、見られているのはいつも同じ場所。
私の中身じゃなくて、外側だけ。
だから、誰かを好きになるのが怖くなった。
好きになったら、どうせまた裏切られる。
勝手に理想を押し付けられて、勝手に失望される。
そうやって、心を閉じることに慣れていったはずだった。
――なのに。
「私と、お付き合いしてください」
あの言葉を思い出して、また顔が熱くなる。
冷静な自分なら、絶対に言わない一言。
勢いだけで口にした、無謀な告白。
理由は、ひとつしかなかった。
行かせたくなかった。
彼は、助けたあと何も求めなかった。
連絡先も聞かず、名前すら名乗らず、静かにその場を離れようとした。
それが、怖かった。
そして――嬉しかった。
私のことを、外見で判断しなかった人。
初めてだった。
だから私は、あんな言葉で引き止めてしまった。
でも白石くんは、すぐに答えを出さなかった。
「友達から、じゃ駄目かな」
その言葉を聞いたとき、胸がぎゅっと締めつけられた。
断られた、と思った。
でも同時に、心のどこかが、ほっとしていた。
逃げない人だ、と思った。
軽い気持ちで近づかない。
勢いで選ばない。
ちゃんと、私を見ようとしてくれている。
だから私は、うなずいた。
付き合う、よりも。
知ってもらう、を選んだ。
でも――
それでも、怖かった。
だから私は、メッセージを未読のままにした。
読んだら、安心してしまいそうだったから。
安心したら、全部話してしまいそうだったから。
またベッドに倒れ込み、今度は枕をぎゅっと抱きしめる。
そして、もう一度、ばたばたと足を動かした。
「……落ち着いて、私……」
深呼吸をして、スマホを手に取る。
未読のままのメッセージが、まだそこにあった。
逃げないって、決めたのは私だ。
理由を話そうって言ったのも、私。
もし、それで離れていくなら。
それは、最初から繋がれない関係だったというだけ。
画面をタップして、メッセージを読む。
既読が、つく。
そして、静かに打ち込む。
『明日、私の話を聞いてください』
送信。
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
明日、会う。
ちゃんと話す。
誰かを好きになる資格がないと言われた理由も。
それでも、誰かを信じたいと思ってしまったことも。
その時、白石くんがどんな顔をするのか。
それを見る覚悟は、もうできていた。
本日も読んでいただきありがとうございます。
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