第3話 理由を聞く資格
2025年も本日でラスト。
物語の中では、ヒナトたちが二十階層。エリアボスの扉を前に立っています。
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既読が、つかない。
スマホの画面を何度も確認しながら、俺は駅前のベンチに座っていた。時刻は九時五十五分。約束の五分前だ。
今朝、橘さんから届いたメッセージへの返信は、まだ未読のままだった。
『明日、私の話を聞いてください』
深夜に送られてきた、その一文が、頭から離れない。
俺はすぐに返事を送った。
当たり障りのない、短い文章だったはずだ。
それでも、既読はつかない。
来るのか。
それとも、やっぱり昨日のことを後悔して――
そんな考えが頭をよぎった、その時。
「ご、ごめん……!」
声が聞こえて、顔を上げる。
橘さんが小走りでこちらに向かってきていた。息を切らし、髪が少し乱れている。頬は赤く、必死に走ってきたのが一目で分かった。
「ごめんなさい、寝坊しちゃって……」
申し訳なさそうに頭を下げた拍子に、ふわりと甘い香りが届く。
「いや、まだ時間前だし」
「よかった……白石くんを待たせたくなくて、必死で走ってきたから」
その言葉に、胸の奥がわずかに温かくなった。
「どこか、行きたい場所ある?」
「……静かに話せるところがいいな」
「じゃあ、あそこのカフェとか」
橘さんが指差したのは、駅前の小さなカフェだった。人も少なく、落ち着いた雰囲気だ。
「いいね」
並んで歩き出す。距離は、昨日よりほんの少しだけ近い。
カフェに入って窓際の席に座り、橘さんはアイスコーヒー、俺はホットを注文した。BGMだけが静かに流れる店内で、橘さんはコップを両手で包むように持ちながら、少し俯いている。
「あのね、白石くん」
昨日より小さな声だった。
「私、昔……誰かに言われたことがあるの」
俺は何も言わず、続きを待った。
「可愛いって言われるのは嬉しいけど、それだけで近づいてくる人ばっかりで……本当の私を見てくれる人なんて、いないんだって」
指先が、コップの縁をなぞる。
「だから、誰かを好きになる資格なんてないって。どうせ私も、顔だけで人を選んでるんでしょ、って」
胸の奥が、ずしりと重くなる。
「それ……誰に言われたの?」
「言えない。その人のことは、もう……」
言葉が途切れ、橘さんは唇を噛んで視線を落とした。
「ごめん。無理に聞かなくていい」
そう言うと、橘さんは顔を上げた。瞳が、少しだけ潤んでいる。
「……ありがとう」
その笑顔は儚くて、思わず守りたいと思ってしまうほどだった。
「でもね、白石くん」
「うん」
「白石くんは、違った。私の顔じゃなくて、私を見てくれた」
「それは……当然だろ」
「当然じゃないよ。本当に」
声は震えていたけれど、それは悲しみじゃなく、安堵に近かった。
「だから、友達からでいいって言われた時……正直、ほっとした」
「……そうなんだ」
「ちゃんと見てくれる人と、ちゃんと知り合いたいって思ったの」
橘さんが顔を上げる。その瞳には、もう涙はなかった。
「変、かな」
「変じゃない」
即答していた。
「むしろ……そう思ってくれて、嬉しい」
その言葉に、橘さんの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとう」
ストローでアイスコーヒーを一口飲む。その仕草が少し子どもっぽくて、思わず視線を逸らした。
「ねえ、白石くん」
「なに?」
「また……会ってくれる?」
「もちろん」
「本当に?」
「本当」
橘さんがほっとしたように笑う。その笑顔に、胸の緊張が少しだけ解けた。
けれど、同時に不安も残る。橘さんは、まだ全部を話していない。誰かに否定された過去。その重さを、俺はまだ知らない。
「白石くん?」
「ごめん、ちょっと考え事」
「無理しないでね」
その一言が、胸に刺さった。
「ありがとう」
窓の外では、人が行き交っている。けれど、この席だけが時間から切り離されたみたいだった。
橘さんの笑顔が、妙に眩しい。
俺は知っている。
善意が、誰かを傷つけることがあるのを。
俺は経験している。
守ろうとして、守れなかった過去があることを。
もし橘さんの傷が、あの頃の記憶と重なるものだったら。
もし俺が、また同じ選択を迫られることになったら。
それでも――
それでも俺は、今この人から目を逸らせなかった。
理由を聞く資格が、まだ自分にあるのか分からない。
けれど、聞いてしまった以上、もう後戻りはできない。
そう確信しながら、俺は橘さんの向かいに座っていた。
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