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ボッチの僕、イケメンの俺  作者: リディア


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第26話 忘れ物作戦

 放課後の教室は、いつもより静かだった。


  机を片付ける音。

  椅子を引く音。

  遠くで、夕方のチャイムの余韻が消えていく。


  僕は、鞄をまとめながら周りを見た。


  橘さんは、窓際で何かノートに書いている。


  桜井さんと中村さんは、橘さんの近くで話している。


  今日は、何も起きない——


  そう思っていた。




 


「ねえねえ、美咲!」


  菜月の弾んだ声に、私はスマホから顔を上げた。


「ん、なに?」

「喉乾かない? 乾いたよね?」

「え、すごい決めつけ」


  私が笑うと、菜月は私の腕をグイッと引っ張った。


「いいから、自販機行こうよ!」

「あ、私も行く〜! イチゴオレ飲みたい!」


  真琴もすかさず便乗して、私の背中を押してくる。


「ちょ、分かったってば! 行く行く!」


  二人の勢いに負けて、私は席を立った。


  廊下に出ると、二人はなぜか少し早足だ。 昼休みの校舎は騒がしいはずなのに、二人のニヤニヤした横顔を見ていたら、なんだか胸がざわついた。


「……ねえ、なんかあるの?」

「ん〜? なにも?」


  菜月がとぼけて、角を曲がる。 自販機の白い光が見えた。


  ——あ。


  思考が、真っ白になった。


  自販機の前に、背の高い男子が立っている。 少し着崩した制服。見慣れた後ろ姿。


  白石くんだ。


  ドクン、と心臓が嫌なほど大きく鳴った。 さっきまでの騒がしい音が、一瞬で遠のいていく。


「あ……」


  私の気配に気づいたのか、彼がゆっくりと振り返る。 ——目が、合ってしまった。


  スローモーションみたいに、彼と視線が絡む。 息をするのも忘れていた。


「……橘さん?」


  低めの声で名前を呼ばれた瞬間、体中の血液が沸騰したみたいに熱くなった。


  同時に、名前を呼ぶ。


  空気が、変わった。


  菜月が、少しだけ私を見て——


「あ、ごめん」


  菜月が、突然言った。


「先生に呼ばれた気がする」

「え?」


 何よ。呼ばれた気って……。


「先に行ってて」


  菜月が、そう言って廊下の向こうへ消えていく。


  残されたのは——


  私と、白石くんだけ。






  自販機の低い駆動音が、やけに大きく聞こえる。


  僕と橘さんは、並んで立っていた。


  距離が、近い。 制服の袖が触れそうで、僕は無意識に息を止めていた。


「……何飲む?」


  なんとか絞り出した声は、少し裏返りそうだった。


「えっと……じゃあ、オレンジジュースで」


  橘さんが、財布を出そうとする。 僕はそれを制するように、素早く自分の小銭を投入口に入れた。


「えっ、白石くん?」

「いいよいいよ、これくらい」


  ピッ、とボタンを押す。 ガコン、と重たい音がして、取り出し口にオレンジの缶が落ちた。


  それを拾い上げ、橘さんに差し出す。


「はい」

「白石君。あ……ありがとう」


  受け取った瞬間、橘さんの冷たい指先が、僕の手に触れた。


  ——ビクッ、と心臓が跳ねる。


  一瞬。ほんの一瞬だったのに。 指先に微弱な電流が走ったみたいに、そこだけ熱い。


  僕は誤魔化すように、自分のコーラのボタンを乱暴に押した。


  二人でプルタブを開ける。 プシュッ、という炭酸の音が、静かな廊下に響いた。


  一口飲んで、少し落ち着く。 チラリと横を見ると、橘さんもストローでジュースを飲んでいた。


「……白石くんって、いつもそれだよね」


  不意に、橘さんが言った。


「え?」

「コーラ。お弁当の時も、だいたいそれ飲んでる」


  ドキリとした。 橘さんが、僕を見ていた?


「……橘さんこそ」


  僕も負けじと返す。


「購買で、いつもそのオレンジジュース買ってるよね」

「えっ……」


  橘さんが、きょとんとして、それから——。


  みるみるうちに、耳まで赤くなった。


「……気づいて、たんだ」

「まあ……なんとなく」


  嘘だ。なんとなくじゃない。 目で追っていたから、知っていたんだ。


  気まずいような、でもくすぐったいような沈黙が落ちる。


  さっきよりも、熱気がこもっている気がした。


  コーラの炭酸が、喉の奥で甘く弾けた。


 



 廊下の角から、二つの頭がひょこっと覗いていた。


「……ねえ、見た!? あの距離感!」


  真琴が、声を押し殺しながら興奮気味に身をよじる。


「見た見た! 白石くん、耳まで赤かったんだけど! チョロすぎ、最高!」


 菜月がスマホを握りしめ、ガッツポーズを作る。


「美咲、完全に固まってたね。……これ、今日のミッション、コンプリートじゃない?」 「間違いない。私たちの『忘れ物作戦』、天才すぎたわ」


  二人は顔を見合わせると、どちらからともなく「うひひ」と怪しい笑みを漏らした。




  白石くんが、廊下の向こうへ消えていく。


  私はその場に立ち尽くしていた。 飲みかけの缶を握る手が、まだ少し震えている。


「じゃあ、また」


  彼の言葉を思い出すだけで、顔から火が出そうだった。


  ——これ、絶対偶然じゃない。


  菜月と真琴の、あのわざとらしい離脱。 都合よく一人で自販機にいた、白石くん。


「……はぁ」


  大きく息を吐いて、火照った頬を冷たい缶で冷やそうとした、その時。


「おーい、お熱いねえ、美咲さん?」

  「……っ!?」


  背後から降ってきたからかいの声に、心臓が飛び出しそうになった。 振り返ると、そこにはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた菜月と真琴が立っている。


「な、ななな、何!? 二人とも!」


「いやー、オレンジジュース、美味しい? 白石くんに買ってもらったジュースは格別でしょ?」

「見られてた……!?」

「バッチリ。特等席でね」


  菜月が私の肩に腕を回し、顔を覗き込んでくる。


「ねえ、どんな感じだった? どんな感じだったの!?」

「もう、うるさい! 知らない!」


 私はたまらず、二人を振り切って教室へ走り出した。


 最悪だ。全部筒抜けだったなんて。


 でも、走る私の口元は、どうしても緩んでしまう。


  追いかけてくる二人の笑い声が、今は少しだけ、心地よかった。






 僕は教室に戻り、机の横にかけた鞄を手に取った。


 ふと視線を上げると、教室の奥で菜月たちに囲まれて、顔を真っ赤にしている橘さんの後ろ姿が見えた。


  一瞬、目が合いそうになって、僕は慌てて視線を逸らし、廊下へ出る。


 さっきの時間。 自販機の前で、ただ並んでジュースを飲んだだけ。


 それだけなのに、鞄を持つ指先がいまだに熱い気がした。


  手の中には、飲み干した空のコーラ缶。


「……捨てられないじゃん、これ」


 独り言が、静かな廊下にこぼれた。


 ただのアルミ缶が、今はなんだか、特別な記念品みたいに見える。


  今日は、いつも通りに終わるはずだった。


 でも、想定外のことが起きてしまった。


 明日、彼女に会ったら、僕はどんな顔をすればいいんだろう。


  ——そんな悩みが、今はたまらなく、嬉しかった。

 本日も読んでいただきありがとうございます。

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