第24話 呼び出し
「ねえねえねえ、し・ら・い・し・くーん」
背中に届いた弾むような声。
その瞬間、僕の心臓は甘痒い、嫌な音を立てた。
休み時間の廊下。
人の流れ、笑い声、靴音。
いつもと同じはずなのに、今日は全部がうるさい。
振り返ると、そこにいたのは——
桜井さんだった。
満開の桜のような、人懐っこい笑顔。
……うん、吐き気がするほど怖い。
「ちょっといいかな?」
「え、あ……はい」
情けないほど声が裏返る。
頭の中では、マッハの速度で後悔が駆け巡っていた。
なに?
僕、なにかやらかした?
頭の中で一気に考える。
彼女からは橘さん関係しか連想できない。
この前の雨?
相合傘?
カフェ?
それとも——準備室?
「放課後、空いてる?」
「放課後? えっ……あ、はい。空いてます」
「ほんと?」
「えっ。う、うん」
「よかった! じゃあさ、一緒についてきてほしいところがあるんだけど。いいよね?」
「いいよね?」は、拒絶を許さない旋律だ。
でも、断る理由なんて探さなかった。
むしろ、彼女の企みに加担できることに、どこか期待している自分がいる。
「う、うん……大丈夫です」
「本当!? ありがとう! じゃあ、校門の前で待ち合わせね」
桜井さんは満足そうにスキップでもしそうな足取りで去っていく。
残された僕に突き刺さるのは、周囲の好奇の視線。
「白石、桜井とどういう関係だよ……」
「まさか、な……」
ひそひそ声が、湿った泥のように背中にまとわりつく。
違う。
僕たちはそんなんじゃない。
もっと、もっと……「特別」で「異常」な関係なんだ。
胸の奥が、暗い熱を持ってざわついていた。
【橘美咲視点】
昼休み。
教室の隅で、
私は、真琴と菜月に挟まれていた。
いつも通りのランチタイム。
なのに、二人の距離が物理的に近い。
「ねえ、美咲」
真琴が、フォークを止めて私を覗き込む。
「こないだの雨の日。美咲が誰かの傘に入ってたって、噂になってるよ」
一拍。
私は、お弁当の卵焼きをゆっくりと咀嚼した。
「……白石君だよ。偶然、一緒になったの」
「どうして彼なの? 他にも男子、いたでしょ」
菜月の視線が、針のように鋭く刺さる。
私は、ふふっと小さく笑った。
「だって、白石君、断らなそうだったから」
それが、私のついた精一杯の嘘。
本当は、彼が私をどんな目で見ているか知っている。
怯えながらも、私に触れられたがっている、あの卑屈で純粋な瞳。
それを利用している私は、きっと二人が思っているよりもずっと、たちが悪い。
放課後。
校門を出て連れて行かれたのは、学校から少し離れた小さな公園だった。
錆びたブランコが風でキィ、と鳴く。
「ここで、ちょっと待ってて。すぐ来るから」
桜井さんはそう言って、僕を古いベンチに残して走り去った。
一人になると、心細さが一気に膨らむ。
彼女は何をしようとしている?
糾弾?
それとも、晒し者にするつもりか?
逃げたい。
でも、ここで逃げたら、彼女との「唯一の繋がり」が消えてしまう気がした。
やがて、複数の足音が近づいてくる。
顔を上げると、そこには桜井さんと——中村さん。
そして。
「…………橘、さん」
一瞬、心臓の鼓動が止まった。
橘さんも、凍りついたように立ち尽くしている。
「はい、集合完了!」
桜井さんが、無邪気すぎるほど明るい声を上げた。
「みんな、仲良くしなきゃダメだよ? 白石君も、美咲も、隠し事はナシ」
中村さんは何も言わず、ただ品定めするように僕を見つめている。
橘さんは、泣き出しそうな、それでいて諦めたような顔で僕を見た。
夕焼けが、公園を真っ赤に染め上げる。
その光の中で、桜井さんの笑顔だけが、不気味なほど白く浮き立っていた。
逃げ道は、もうない。
でも、僕を捕らえたこの「網」を張ったのは、本当に彼女一人なのだろうか?
橘さんの震える指先が、僕の服の袖を、縋るように掴んだ。
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