第21話 いらっしゃいま・・・えっ?
カランとドアベルが鳴った。
「いらっしゃいま——」
そこまで言って、俺は止まった。
入口に立っていたのは、橘さん。
その後ろに、桜井真琴さんと中村菜月さん。
三人並んで、こっちを見ている。
橘さんの目が、わずかに揺れた。
「あっ……」
それだけ。
声にならない声。
「……え?」
桜井さんが、俺と橘さんを交互に見る。
中村さんは、状況を理解するのが一拍遅れて——
次の瞬間、目を丸くした。
「え、ここ?」
空気が、一瞬で変わった。
「い、いらっしゃいませ」
俺は慌てて言い直す。
「三名様ですね。こちらへどうぞ」
声、裏返ってないか?
顔、赤くなってないか?
三人を窓際の席に案内する。
橘さんは、歩きながら一度だけ俺を見て、すぐ視線を落とした。
前に来たことはある。
知ってる場所のはずなのに——今日は、全然違う。
メニューを置く。
「ご注文、決まりましたらお呼びください」
そう言って、逃げるみたいにカウンターへ戻った。
心臓が、うるさい。
まずい。
これは……想定してなかった。
「……ほんとに、ここだったんだ」
真琴が、メニューを開いたまま言う。
「来たことあるって言ってたよね?」
「うん。でも……」
真琴は、カウンターの方をちらっと見る。
「……実物見るとさ」
真琴が、言いかけて口を閉じる。
どう言えばいいのか、迷っている顔。
菜月が、ストローをくるくる回しながら言った。
「学校にいる人……では、なさそうだよね」
「うん」
真琴が、小さく頷く。
二人の視線が、もう一度カウンターへ向く。
私は、メニューを見ているふりをしていた。
指先が、同じページを何度もなぞっている。
「……美咲。そういえばさ」
真琴が、思い出したように言う。
「準備室で何してたの?」
指がピタッと止まる。
「教科委員の仕事を手伝ってた」
美咲が、あっさり答える。
「プリント整理だよ?」
「へえ?」
真琴と菜月が、身を乗り出す。
「男子と二人きりで?」
「あの男子と距離を置くことで有名な美咲が?」
「放課後二人で?」
「しかも準備室という密室で?」
「本当にプリント整理だけなのかな?」
「ちょ、ちょっと!!」
美咲が、即座に遮る。
「偶然だってば」
「偶然ねえ」
真琴と菜月が、にやにやする。
「なになに? どういう関係?」
「お姉さんに話してみなさい」
「誰がお姉さんなの」
「今、私」
菜月が、横で小さく頷く。
「私も今、お姉さん」
「すみません、ご注文お伺いします」
声をかけたのは、麻衣だった。
三人を見るなり、少し目を輝かせる。
「……あ」
一瞬で理解した顔。
「もしかして、橘美咲先輩ですよね?」
びくっとする。
「え、あ……はい」
「やっぱり!うちの学校で、知らない人いないですよ」
麻衣は、嬉しそうに笑った。
「有名なんだ」
「本当に知らない人いないです」
悪気ゼロ。
「実物、やっぱ綺麗……」
「ちょ、ちょっと」
橘さんは、照れたように視線を逸らす。
「ありがとうございます……」
注文を取って、麻衣はカウンターへ戻っていった。
真琴が、即、橘さんを見る。
「有名人だねぇ〜」
「確かにねぇ〜」
真琴と菜月が、からかうように言う。
カウンターの向こう。
麻衣が、嬉しそうに言った。
「麻衣の学校の先輩で橘先輩っていうんです。綺麗じゃないですか?」
「……そうだな」
「先輩、どう思います?橘先輩のことやっぱり綺麗だと思いますか?」
「ん……ど、どうだろうな?まあ、そんなことより仕事仕事」
「あっ、話それされた!」
麻衣は、楽しそうに笑った。
「……ねえ」
真琴が、小声で言う。
「今の、見た?」
「見た」
菜月が即答する。
「普通に、仲良さそうだよね」
「それはそう」
美咲は、何も言わなかった。
ただ、コップの水滴を指でなぞり、
髪を一度、耳にかけて、
また戻したり落ち着かない。
「……分かりやす」
真琴が、笑う。
「ね?」
菜月も、くすっと笑った。
俺は、トレイにコーヒーを乗せて、席へ向かった。
「お待たせしました」
カップを置く。
橘さんが、顔を上げる。
目が合う。
一瞬。
その一瞬で、分かる。
……緊張してる。
「ありがとう」
小さな声。
俺は、何も言えずに会釈だけして戻った。
背中が、妙に熱い。
「あのさ」
真琴が、ストローを噛みながら言う。
「普通にイケメンじゃない?」
「……いきなり何」
「先日のカフェでの白石君と女の子の話したじゃん」
「うんうん」
「ね、あのときの話」
「全部、ほんとだったじゃん」
「全然、嘘ついてなかった」
「確かに」
「……うん」
隣の席から、ひそひそ声が聞こえる。
「ね、あの店員さん」
「イケメンじゃない?」
「声も良くない?」
橘さんの指先が、そわそわと動く。
髪を触って、やめて、また触る。
真琴が、それを見逃さない。
「……気になる?」
「別に」
即答。
でも、視線はカウンターに向いたまま。
「ふーん」
真琴は、楽しそうに笑った。
帰り道。
夜の空気が、少し冷たい。
三人並んで歩く。
「ねえ、美咲」
真琴が言う。
「今度さ」
「……なに」
「白石君のバイト先、また来よ」
「え?」
「今日みたいに」
菜月も頷く。
「三人で」
橘さんは、一瞬迷って——
「……三人なら」
そう答えていた。
真琴が、にやっと笑う。
「決まり」
歩きながら、真琴は考える。
準備室の距離。
カフェでの反応。
美咲の、あの顔。
「……ねえ」
菜月に、小さく言う。
「これ、あとで尋問だね」
「うん」
「「 絶対 」」
二人は、目を合わせて頷いた。
諦めじゃない。
これは——
何もなかった、では済まない顔だった。
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