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ボッチの僕、イケメンの俺  作者: リディア


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第17話 触れてはいけない距離

 中間テスト期間の教室は、妙に張り詰めた静寂に包まれていた。

  誰もふざけず、大声も出さない。全員が教科書という自分の殻に閉じこもっている。


 俺も、自分の席で参考書を開いていた。

 ……開いてはいるが、文字は滑って頭に入ってこない。


 視線の先には、窓際で背筋を伸ばし、一心不乱に筆を走らせる橘さんの背中があった。

 夏の光が彼女の髪を透かし、神々しいほどに美しい。


 話しかけたい。

「数学のここ、わからないんだけど」なんて、ありふれた口実でいい。

 彼女の隣に行って、その声を聞きたい。


 けれど――俺の足は動かない。


 インキャの白石が、学校の太陽である橘さんに話しかける。


 その瞬間、周りはどう見るだろう。


 インキャの白石が何してんだよ、とか。

 高嶺の花に話しかけるなよ、とか。


 誰も口には出さない。

 でも、そういう空気は、確かにある。


 俺は自嘲気味に視線を落とし、震えるシャーペンの先をノートに押し付けた。




 バイト終わり。

 エプロンを外した俺を、弾んだ声が呼び止めた。


「せ・ん・ぱ〜い! ちょっと待ってくださいっ」


 バイトの後輩、藤崎麻衣ふじさき まいだ。

 小柄な体を揺らし、小動物のような愛らしい笑顔で俺の前に立つ。


「どうした、藤崎」

「あのね、麻衣、次の中間テストが本当にやばいんです!」


 人懐っこい、距離の詰め方がやたらと早い女の子。

 両手で数学の教科書を抱え、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。


「先輩、教えるの得意ですよね? 麻衣に教えてもらえたら、赤点回避できる気がするなぁ……なんて」


 困ったような、でもどこか甘えるような絶妙な表情。


 橘さんに話しかけることすらできない俺にとって、こんな風に真っ直ぐ頼られるのは、悪い気がしなかった。


「……まあ、少しならいいよ」

「ほんとですか!? やったぁ! じゃあ、すぐそこの喫茶店行きましょう!」


 パッと花が咲くように笑う彼女を見て、俺は小さな溜息をつく。

 俺が本当に教えたい相手は、橘さんだ。

 でも、それが叶わない以上、俺はただの「優しい先輩」を演じるしかなかった。


 駅前の喫茶店。

 西日の差し込む窓際の席で、藤崎さんは当然のように俺のすぐ隣に椅子を寄せてきた。

 肩が触れそうなほど、近い。


「ここなんですけど……」


 ノートを覗き込む俺の腕に、彼女の柔らかい肩がふわりと触れた。

 シトラスの香りが、狭い空間に広がる。


「ああ、これは公式を……」


 説明しようとした瞬間、藤崎さんがさらに身を乗り出した。


「こうですか? ……あ、ドジしちゃった!」


 ペンを動かそうとした彼女の指先が、俺の手に重なる。


「あ、ごめんなさい!」 慌てて手を引っ込め、恥ずかしそうに頬を染めて笑う麻衣。


 ――あざとい。

 そう分かっているのに。


 彼女が「明るい自分」を一生懸命演じていることにも気づかず、俺の心臓は場違いな鼓動を刻んでいた。


「……先輩? 続き、聞いてもいいですか?」

「あ、ああ。……そう、ここを代入して……」


 必死に冷静さを取り繕うが、頭の片隅には、教室で一人静かに勉強していた橘さんの横顔が、刺さるような痛みと共に浮かんでいた。



【桜井 真琴視点】

 駅へ向かう途中、ふとガラス越しの風景に足が止まった。


 窓際の特等席。

 一組の男女が、頭を寄せ合うようにしてノートを覗き込んでいる。

 女の子が楽しそうに笑い、男の子が少し困ったように視線を逸らす。


 ……え?


 私は思わず眉をひそめた。

 顔はよく見えない。

 でも、その男の子の背中、独特の空気感。


 前回、美咲と一緒に買い物デートをしていた「白石くん」の雰囲気に、あまりにも似ていたから。


 女の子は、小柄でとっても可愛らしい子。

 美咲の凛とした美しさとは違う、愛嬌たっぷりの「モテるタイプ」の女の子だ。


 あんなに距離が近いってことは、まさか彼女?


 じゃあ、美咲とは……?


 胸の奥に、ざらりとした違和感が残る。

 私はもう一度だけ店内を見つめ、美咲の切ない横顔を思い出して、重い足取りで歩き出した。



【白石 悠真視点】


「先輩、今日は本当にありがとうございました!」


 店を出たところで、藤崎さんがいつもより一歩近い距離で頭を下げた。


「また、麻衣のこと助けてくれますか?」


 上目遣いの、甘えたような響き。


「……時間が合えばな」

「やったぁ! 約束ですよ!」


 無邪気に喜ぶ麻衣を見送って、俺は一つ、大きな溜息を吐き出した。

 ただの後輩に、勉強を教えただけだ。 疚しいことなんて何一つない。


 ポケットの中でスマホが震えた。

 橘さんからのLINEだ。


『勉強、順調かな? 頑張りすぎないでね』


 短い、彼女らしい気遣い。

 それだけで、さっきまでの浮ついた心が、深い罪悪感と共に沈んでいく。


『ありがとう。橘さんも、無理しないで』


 送信して、スマホを握りしめる。

 その時だった。


「……あれ? 白石くん?」


 聞き覚えのある声に、心臓が跳ねた。

 数メートル先。


 桜井さんが、冷徹なまでに透き通った瞳で俺を射抜いていた。

 目が合う。

 彼女の視線が、今さっきまで俺の隣にいた藤崎さんの残像を追っているのが分かった。


「こんにちは。……熱心に勉強してたみたいだね?」


 口元は緩んでいる。

 けれど、目は全く笑っていない。

 桜井さんは一歩、俺との距離を詰めて、逃げ場を塞ぐように囁いた。


「さっきの、すっごく可愛い女の子。……美咲には言えないような関係なのかな?」


 本日も読んでいただきありがとうございます。

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