第15話 女子会
【橘美咲視点】
左右を真琴と菜月に挟まれ、私はファミレスのソファ席の最奥に追い詰められていた。
テーブルの上には、ドリンクバーのメロンソーダと、冷めかけの山盛りポテト。
目の前には、獲物を逃さないと決めた猛獣のような二人の視線。
……逃げ場は、どこにもなかった。
「ねえ」
真琴がストローを指先でくるくる回しながら、小悪魔のような笑みを浮かべる。
「美咲さ。今日この30分で、スマホ何回確認したと思う?」
「……え、分かんない。二、三回……?」
「残念。正解は、七回でしたー!」
真琴が指を七本立てて、勝ち誇ったように突きつける。
「な、なな……っ!? そんなに見てないよ!」
「な・な・か・い!! 全部、同じ人からの通知を待ってる顔だったよ?」
胸の奥が、ぎゅっと音を立てて縮む。
「ち、違うし。……ただ、時間が気になっただけで……」
「嘘おっしゃい。美咲のその『嘘つく時に左目が泳ぐ癖』、私たちが何年見てると思ってるの?」
真琴は本当に楽しそうだ。
「だってさぁ」と彼女はさらに身を乗り出して、声を潜めた。
「昨日、駅前で一緒にいたあの『白石くん』。美咲、彼の名前を一回も出してないのに、反応が全部それっぽいんだもん。隠せば隠すほど怪しいって気づいてる?」
「それっぽいってなに……。私はただの友達と、普通に歩いてただけで……」
「ニヤけてますっ!!」
今度は菜月が、静かに、けれど逃げ場を塞ぐようなトーンで口を挟んだ。
「美咲。……その人から、連絡来た?」
心臓がドクンと跳ねた。
「……来てない」
一瞬の沈黙。菜月が私の瞳の奥をじっと見つめる。
「……今、来るかもって思ったでしょ。一瞬、スマホが震えた幻聴でも聞いたみたいな顔した」
……だめだ。菜月の一言が鋭すぎて、心臓を直接掴まれたみたいに苦しい。
図星すぎて答えられずにいると、真琴が耐えきれずに吹き出した。
「あはは! なにそれ! 美咲、わかりやすすぎ!」
「もう完全にアウトじゃん! 恋する乙女全開だよ!」
「アウトじゃないっ! なにがアウトなの!」
私は反射的に声を上げる。
「その慌て方がアウトなの! あの『氷の美咲様』が、たかが男一人の話題でここまで取り乱すなんて、天変地異レベルだよ?」
真琴が机を軽く叩いて、一気に距離を詰めてくる。
「で? どこで知り合ったの? 学校? それともナンパ? あんな完璧な王子様、どこに隠してたわけ?」
質問の嵐。
でも、私は絶対に言えない。
彼が学校の「あの白石くん」だなんて言ったら、今の彼の平穏な生活を壊してしまうかもしれない。
それに、この「特別」をまだ誰にも荒らされたくなかった。
「……言わない。絶対に教えない」
「えー、ケチ! ……まあ、いいけどさ」
菜月がふっと息をつき、少しだけ優しい目をした。
「ね、美咲。その人と一緒にいる時の美咲さ、少し変だったよ」
「え……? 変って……」
「悪い意味じゃなくてね。声がいつもより少しだけ高くなるし、呼吸が浅い。……橘美咲を『演じてない』顔、してた」
私は、言葉を失った。
美咲は綺麗すぎて一線を引いている——そんな周囲の期待に応えるための自分。
でも、駅前で彼と並んで歩いていた時。
重たい荷物を半分持ってくれて、何も言わなくても歩幅を合わせてくれる彼と一緒にいた時。
……私は、ただの「橘美咲」でいられた。
「ねえ、美咲。白石くんさ……その先、踏み込んでこなかった?」
真琴が少しだけトーンを落として聞く。
「放課後に二人きりになろうとか。……手、繋ごうとしたりとか」
「……なってない。そんな、ガツガツした人じゃないから」
「ふーん。じゃあ、もし誘われたら?」
「……困る」
「なんで?」
即答できなかった。
少し考えてから、熱くなった頬を隠すように小さく言った。
「……今は、まだ……このままがいい。壊したくないの」
その答えに、二人が同時に柔らかく笑った。
「ほら、それが全部。……美咲、それ『大好き』って言ってるのと同じだよ?」
真琴が立ち上がり、私の頭をポンポンと叩いた。
「今日はこれ以上、追い詰めないよ。美咲が幸せそうなら、それが一番だし」
「でも一個だけ」
菜月が真っ直ぐに私を見る。
「その人。……絶対に、大事にした方がいいよ。あんなに大切そうに美咲を見てる男の人、私、初めて見たから」
私は、熱い何かが込み上げてくるのを堪えて、小さく頷いた。
その時——。
ポケットの中で、スマホが短く震えた。
画面を見る。
『白石悠真』 見慣れた名前。
分かっているのに、指先が微かに震える。
私は、慌てて画面を伏せた。
「……来た?」
真琴がニヤニヤしながら覗き込んでくる。
「……来てない。ニュースの通知」
「嘘おっしゃい。顔が溶けてるよ?」
嘘。
でも、自分でも止められないほど顔が熱い。
ファミレスを出て、夜風に当たると少しだけ冷静になれた。
駅へ向かう途中、私は震える指で返信を打った。
『女子会、終わった。今から帰るね』 送信。
すぐに『既読』がつく。
『お疲れさま。気をつけて帰れよ』 たったそれだけの、素っ気ない言葉。
でも——。
過去に贈られたどんな高価なプレゼントや、耳障りのいい愛の言葉よりも、今の私にはこの短いメッセージが温かかった。
好き、とはまだ言えない。
でも。もっと一緒にいたい。
彼の手のひらの熱を、もっと近くで感じていたい。
その気持ちだけは、もう、夜風でも冷やしきれなかった。
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