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ボッチの僕、イケメンの俺  作者: リディア


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第13話 近すぎる距離

 二人きりで出かけるなんて、初めてだった。


 それなのに、緊張より先に楽しみが来てしまっている。

 胸の奥が落ち着かなくて、理由もなく息が浅い。

 こういうのは、もっと怖いものだと思っていたのに。


 駅のホームで、俺は橘さんを待っていた。


 眼鏡は外し、重たい前髪も上げている。

 学校の「僕」じゃない。駅前で彼女を助けた時の、「俺」だ。


「白石くん!!」


 その声だけで、胸が跳ねた。


 その鈴を転がしたような声だけで、鼓動が大きく跳ねた。

 顔を上げると、橘さんが小走りで近づいてくる。

 いつもの制服じゃない。

 清潔感のある白いブラウスに、春を先取りしたような淡いブルーのスカート。

 風に揺れる髪が、少しだけ巻かれていて……。


 ……なんで、こんなに可愛いんだよ。


「待った?」

「ううん、今来たところ」


 嘘だ。

 十分前から、ずっと立っていた。

 時計を見るふりをして、何度も線路の向こうを確認して。


 でも、それは言えなかった。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


 電車に乗る。


 休日の午後。

 車内はそれなりに混んでいて、座席は空いていなかった。

 俺たちは、窓際に並んで立つ。


 手すりを掴む俺のすぐ隣に、彼女の手がある。

 肩が触れそうで、触れない。

 意識しないようにすればするほど、彼女の甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。


 その時、電車が大きく左右に揺れた。


「きゃっ……!」


 橘さんの身体が、無防備に俺の方へと倒れ込む。


「危ない……!」


 咄嗟に体が動いた。俺は彼女の細い肩を抱き寄せ、もう片方の手で彼女を包み込むように窓のフレームを掴んだ。

 いわゆる、壁ドンのような形。


「あ……」


 腕の中に、橘さんが収まっている。

 耳元で漏れた彼女の吐息。

 掌から伝わってくる、女の子特有の柔らかさと、驚くほど高い体温。

 頭が真っ白になった。


「ごめん、大丈夫か?」

「う、うん……ありがとう、白石くん……」


 すぐに手を離した。

 離した、はずなのに。


 ——手のひらが、熱い。


 橘さんの体温が、そこに残っている。

 いつまでも。

 離れてくれない。


 心臓が、うるさい。

 考えるな、と言い聞かせるほど、考えてしまう。


 今、触った。

 肩に。

 一瞬。

 でも、確かに。


 ……俺、今、何してるんだ。


 沈黙が落ちる。

 橘さんも、何も言わない。


 電車の揺れる音だけが、やけに大きく聞こえていた。




 駅を降りて、賑わう街を歩く。

 目的地は、橘さんが行きたいと言っていた雑貨屋……のはずだった。


「あ、ここ、ちょっと寄ってもいい?」


 橘さんが足を止めたのは、洗練された雰囲気のセレクトショップだった。

 いつも学校で見ている彼女なら、可愛らしいファンシーショップを選びそうなものだけど、今の彼女は少し背伸びをした大人っぽい装いだ。


「うん、もちろん」


 店内に足を踏み入れると、明るい照明と鏡の多さに少し気圧される。

 橘さんは楽しそうに棚の間を歩き、時々、服を手に取っては自分の体に当てたり、僕をじっと見つめたりして首を傾げている。


「ねえ、白石くん。これ、当ててみて」


 差し出されたのは、爽やかなブルーのシャツ。

 今の俺の「隠していない」姿に合わせたような、清潔感のあるデザインだ。


「……似合うと思う。橘さんが選ぶものなら、間違いないし」


 即答すると、彼女は「ふふっ、嬉しい」と花が咲くような笑顔を見せた。


「じゃあ、試着してみる?……今の白石くんに、絶対着てほしいの」


 少しだけいたずらっぽく、でも真剣な瞳で見つめられ、僕は抗えなかった。


「……分かった。着てくるよ」


 試着室に入り、狭い空間でシャツを羽織る。

 鏡に映るのは、前髪を上げ、眼鏡を外し、彼女が選んでくれた服を纏った自分。


 学校での自分を「偽物」だとしたら、鏡の中の自分は「剥き出し」の俺だ。


 ……悪くない。でも、それより……


 外で待っている彼女の反応が怖くて、カーテンを掴む手が少し震えた。

 意を決して、シャーッとカーテンを開ける。


「あ……」


 試着室の前にいた橘さんが、小さく息を呑む音が聞こえた。

 彼女は言葉を失ったように僕を凝視し、それから顔を真っ赤にして視線を泳がせた。


「……どうかな」

「……ずるい。かっこよすぎるよ」


 消え入りそうな声だった。

 彼女は一歩踏み出し、僕の胸元のボタンのあたりを、震える指先でそっと整えてくれる。 顔が近い。

 彼女の甘い体温が、試着室の入り口という狭い隙間に閉じ込められる。


「今の白石くんを他の子に見せるのいやだな……」


 上目遣いに、ぽつりと。

 そんな独占欲を滲ませるようなセリフを、彼女は無自覚に吐いてくる。


「……じゃあ、これ、買おうかな」

「本当に? 嬉しい! 私が選んだ服を、白石くんが着てくれるなんて……」


 会計を済ませて店を出ると、橘さんは僕の腕のあたりをツンツンと突きながら、今日一番の幸せそうな笑顔を見せた。


「今度また、それ着てね。……約束だよ?」

「……ああ。約束する」


 彼女の嬉しそうな顔を見るだけで、過去の罪悪感や恐怖が、少しずつ溶けていくような気がした。




 カフェに入る。

 窓際の席。


 橘さんはアイスコーヒー。

 俺はホット。


「今日、楽しいね」


 その一言が、胸に落ちる。


「うん」


 それ以上、言葉が出ない。

 楽しい、だけじゃ足りない。


「橘さんと一緒だと、時間があっという間だ」


 言ってから、しまったと思った。

 考える前に、口が動いていた。


 橘さんの頬が、すっと赤くなる。


「……ずるい」

「え?」

「そういうこと、さらっと言わないで」


 俯く。

 指先が、コップをぎゅっと掴んでいる。


「私、そういうの……弱いから」


 ……可愛すぎるだろ。


「ごめん」

「謝らなくていい」


 顔を上げる。

 目が合う。


「むしろ、もっと言って」


 心臓が、跳ねる。

 一拍、遅れて、頭が追いつく。


「……無茶言うなよ」

「無茶じゃない」


 笑う。

 楽しそうに。


 好きだ。

 完全に。


 でも、言えない。

 この距離が、壊れそうで。




 帰り道。

 夕焼けが街を染めている。


 橘さんが、少しだけ俺に寄って歩く。

 肩が、触れそうで触れない。


 さっき触れた手のひらが、また熱を思い出す。


「ねえ、白石くん」

「うん?」

「また、こうやって出かけたいな……いいかな?」


 少し不安そうに覗き込まれて、僕は迷わず頷いた。


「俺も、同じこと思ってた」

「ほんと? ……ふふっ、次はどこに行こうか」

「橘さんの行きたいところなら、どこでもいいよ」

「それ、ずるいよ。……白石くんと一緒なら、どこだって特別になっちゃうのに」


 彼女が照れ隠しに小さく笑う。

 その笑顔だけで、胸がいっぱいになって、過去の重たい鎖が解けていくような気がした。


 駅の改札が見えてくる。

 楽しい時間の終わりを告げる、別れ道。



「じゃあ、また」

「うん、また」


 そう言いかけた、その時だった。


「……あれ? 美咲?」


 背後から突き刺さった聞き覚えのある声に、背筋が凍りついた。

 振り返ると、そこには目を丸くした真琴と、穏やかに、けれどすべてを見透かすような笑みを浮かべた菜月が立っていた。


「ま、真琴!? 菜月も……っ」


 真琴は目を丸くして、

 菜月は静かに微笑んでいる。


 橘さんが、一瞬固まる。


「あ……」


 真琴が、にやりと笑った。


「へぇー……。美咲、もしかして、デート?」

「ち、ちがっ……! 違うよ、これはその……っ」


 橘さんの顔が、一気に真っ赤になる。


 俺も、理解した。


 ——まずい。


「……違うよ」

「じゃあ何?」


 詰め寄る真琴。


「……友達と、偶然会って……」

「へぇー、友達ねぇ?」


 真琴が詰め寄る。

 その鋭い視線が、僕の顔をじろじろとスキャンするように動く。


「初めまして、美咲の親友の真琴でーす。こっちは菜月。……で、君は?」

「あ……白石、です」


 低いトーンで、短く答える。


 菜月が「白石さん、ですね。よろしくお願いします」と丁寧に会釈してくれたが、真琴の追及は止まらない。


「で?」

 真琴が笑う。


「ちゃんと説明、してもらおっか」


 橘さんは、何も言えなかった。

 俺も、言えなかった。


 ただ——

 二人の視線が、痛かった。


「……あれ?」


 真琴が、もう一度言った。


 本日も読んでいただきありがとうございます。

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