【7月】積み重ねた思い出
16年来の友人・小春ちゃんから、結婚式での新婦友人スピーチを頼まれた私。必要なのは「私と小春ちゃんとの関係を表すエピソード」「小春ちゃんの良さを表すエピソード」「新郎についてのエピソード」の3つ。
まずは「私と小春ちゃんとの関係を表すエピソード」を探すも、記憶の抽出に失敗。それどころか、昔の小春ちゃんからの手紙を無視した疑惑まで出てきた。
だが、今から焦る必要はない。結婚式は11月。打ち合わせを兼ねて小春ちゃんとご飯に行くことはあるだろうし、他の中高時代の友人と顔を合わせる予定もある。色々な人から当時の話を聞けば、新たに思い出せることもあるかもしれない。
「私と小春ちゃんとの関係を表すエピソード」については一時中断。あとの2つ、「小春ちゃんの良さを表すエピソード」「新郎についてのエピソード」を考えていこう。
とは言え、この2つについては、もう何を話すか決めていた。
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小春ちゃんの良さを表すエピソード。これに関しては、印象深い思い出があったのだ。
我らが中高一貫校では、学期ごとの中間テストと期末テストが大きな山場だった。他の学校でもそうだろ、と思われることだろう。大学で他校出身の学生と触れ合ってから、初めて私も思い知った。我々は、試験と面接というふるいにかけられた、極めて賢く極めて真面目なお子様集団だったのだ。大人の言うことには素直に従い、日夜お勉強に取り組む。そんな我々が努力すれば、並のテストでは全員が良い点数を取ってしまう。教師陣は生徒間での学力差を測るべく、平均が60点となるように、難解な作問に取り組む。そして真面目な我々は、そのテストで100点……までは言わずとも、80点台、90点台を目指して、ひたすら勉強に励んでいたのだった。
そんな勉学社会で小春ちゃんは、中間テストと期末テストがあるたびに、全教科の提出物と試験範囲をまとめた紙を、手書きで作っていたのだ。まあ、そういうのをまとめるのが好きな子は、一定数いることだろう。しかし、あろうことか小春ちゃんは、それを職員室のプリンターで印刷し、クラス全員に配ってくれていたのだ。
学校でタブレットが導入され、クラスメイトがグループLINEで繋がるのが当たり前になった現在では、もう発生しないエピソードかもしれない。
真面目なお子様集団である我々にとって、提出物の漏れは死活問題。それを救ってくれる小春ちゃんは、女神様と言っても過言ではない。いつしかクラスのみんながテストの度に、小春ちゃんのプリントを心待ちにするほどだった。小春ちゃんとクラスが別になったら恩恵を受けられなくて悔しがる男子もいたし、各教科からテストの情報が出始めると、小春ちゃんのプリントでまとめて確認すればいいか、なんて空気が流れるほどだった。
私は狭量な人間なので、自分で時間をかけて作ったものを見返りなく配るなんてできない。欲しけりゃ学校の自販機で缶ジュース一本買って来いって思っちゃうね。だからこそ、こういうことをあっさりできてしまう小春ちゃんを、私は心から尊敬していたのだった。
小春ちゃんの唯一性と偉大さを感じるエピソードと言えば、間違いなくこれだ。母校の同級生100人に尋ねたら、95人くらいはこれを挙げると思う。
逆に言えば、母校の同級生なら誰にでも思いつくことだからこそ、私だけのエピソードも欲しいのだ。まあ、そこは小春ちゃんや中高時代の友人と会ってから考えるとして。
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そして、最後の「新郎についてのエピソード」だが、これはひとつしかないので迷いようがない。
社会人になった私と小春ちゃんが、2人でショッピングに行った時のこと。知らない男がいきなり小春ちゃんに声をかけてきたのだ。ナンパ目的なら間違いなく横っ面に張り手をかましていたが、知っている人にたまたま会った、というニュアンスが伝わってきたので、私はそれを黙って見守っていた。
小春ちゃんが、何でここにいるの?と尋ねるので、職場の人かな?と思っていた。しかし彼は「車のことが時間かかりそうで、本当に申し訳ないけど、帰るのが遅くなる」と言うではないか。そこで初めて私は、その人が小春ちゃんと同棲している彼氏・雅紀さんだと分かったのだった。写真を見せてもらったことはあったけど、全然結びつかなかった。
大人になっても相変わらず人見知りの私は、雅紀さんに対して「あっ……あっす……」と漏らしながらペコペコすることしかできなかった。しかし、帰りが遅くなることを心から申し訳なさそうにしている姿を見ていて、この人は本当に優しい人なんだろうな、と思った。
後で小春ちゃんにそれを伝えると、週末は2人でおかずの作り置きをしているので、それに間に合わないのが申し訳ないのだろうと言っていた。何?その素敵な家庭的エピソード。仲良しなんだね。
小春ちゃんは、過去に何人かお付き合い前提で男性と会うことがあった。何度か会っていた人が喫煙者だった時、私は「そんな奴やめなさい!」と言った。私は医療関係者なので、タバコがマジで許せない。また、初めて会った人が連絡無しで大遅刻をかました時も、「そんな奴やめなさい!」と言った。向かう途中にメッセージのひとつは送るだろ、普通!
もちろん小春ちゃんは私の言葉に左右された訳ではない。彼女自身の意思で別れ、雅紀さんに出会った。そして雅紀さんは、私が初めて手放しで安心できる人だった。この人にだったら、小春ちゃんを任せられる、なんて、心の中で後方腕組み保護者ヅラをしていたものだ。
ひとつ惜しいのが、これは既に小春ちゃんに言ってしまっていること。雅紀さんがいい人そうで凄くお似合いなこと、明るい未来を確信したことまで伝えてる。畜生、スピーチがあるって予見してたら言わないでおいたのにな。
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必要な3つのエピソードのうち、2つは固めることができた。
少しは前進できたように思える7月だった。
読んで頂きありがとうございます!
至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!




