7、委員長
次の日。
「ん、ふわぁ…。」
夏希は目覚ましに起こされ、重たいまぶたを無理やり開いた。
「学校…。」
夏希は少し嫌になった。何故なら、美魅がいるからだ。
昨日の出来事で、夏希は美魅とどんな顔をして会えばいいのか、分からないからだ。
「うー。」
考えていても、時間だけが過ぎていく。夏希は観念して、ベッドから出た。
夏希は今、独り暮らしをしている。この町に引っ越してきたのは、夏希1人だけ。
「朝ごはん、めんどくさい…。」
夏希は台所に向かわずに、洗面所へ顔を洗いに向かった。
夏希の部屋は、簡単な造りである。
玄関を入ると、短い廊下がある。廊下を過ぎると、小さな台所があり、その奥に小さなリビング。
洗面所とトイレは廊下の途中にある。
ちなみに、お風呂は共同。男風呂、女風呂はアパートの地下にある。
家賃はなんと、月2万円。
学生の夏希にとっては、とっても嬉しい値段だ。
もしかすると、曰く付きかもしれない。
顔を洗い終わった夏希は、Tシャツとジャージの寝間着から、学校指定の紺色のズボンに履き替える。
そして、今は衣替えの季節なので、カッターシャツの上に黒のカーディガンを羽織った。
「よし。行こっ。」
今日は、水色の女物のリュックを背負い、玄関に行こうとした時だった。
夏希の部屋に、チャイムが鳴り響いた。
「お客さん…?」
夏希は首を傾げて、玄関に向かう。
鍵とチェーンを外して、扉を開けた──。
「おはよう。夏希。」
「…あれっ?」
扉の向こうにいたのは、赤い短髪の、夏希より背が高く、セーラー服があまり似合っていない、夏希のクラスメイトで委員長の、天水 蛍が立っていた。
「あ、天水さん?」
「む?何をそんな驚いている?」
「だ、だって…。何でボクの家を知ってるんですか?」
「むむ?まだ知らなかったのか…。私の家は、君の隣の部屋だ。」
蛍は、夏希の隣の部屋を指差した。
「え!?」
また驚く夏希。
「夏希がこのアパートに引っ越してきた時に、私は夏希を何回か見ていたのだ。
そして、学校に行ったら夏希が転校生でいたという訳だ。
だからこの間、一緒に帰ろうと言ったんだ。」
「あ、納得しました。」
ポンッと、手を叩いて笑う夏希。それにつられて、蛍も笑った。
夏希は部屋の鍵を閉め、蛍と並んで歩く。
今日は一緒に登校のようだ。
「天水さんも、独り暮らしなんですか?」
道を歩きながら、夏希は何気ない質問をしてみた。
「うん。独り暮らしだ。
水の都高校は実家と離れていたが、どうしても行きたい高校だったからな。
親に無理を言って、独り暮らしを始めたのだ。」
「へえ〜。そうなんですか。」
夏希の目には蛍が、かっこよく映っていた。
「夏希は何でなんだ?私と同じか?」
蛍の質問に、夏希はちょっと暗い顔をして、黙ってしまった。
「あ、何か言いにくい事だったか?すまない。」
「ううん。ごめんなさい。まだちょっと、人には話せないんです…。」
悲しい目で、下を見ている夏希。
「まだ、心の整理がついてなくて…。」
「そうか、なら私はこれ以上聞かない。夏希から私に打ち明けてくれるなら、私はずっと待っているぞ。」
蛍は夏希の頭を撫でる。
夏希は女の子みたいな男の子。蛍は、ボーイッシュな女の子。
遠くから見ると、男女の立場が逆に見えた。
蛍が男の子で、夏希が女の子なら、何の不自然も無いのだ。
「やっぱり夏希は可愛いな。守ってやりたくなるな。」
クスクス笑っている蛍。
「か、可愛い!?守ってやりたい!?」
男としてやっぱり、女の子にはカッコいいって思われたいし、女の子を守りたい。
蛍の言葉に夏希は傷ついた。
「可愛いといえば、春木さんも可愛らしいな。」
蛍は何気なく言った。
「美魅ちゃん…。」
夏希は昨日の事を思い出した。
「ん?春木さんが、どうかしたのか?」
「な、何でもないです!!気にしないでください。」
「怪しい…。」
ジロッと夏希を睨む蛍。その視線に耐えきれなくなった夏希は、とっさに別の話題を出した。
「み、美魅ちゃんが男の子だったらどうします!?」
「はっ?」
ヤバい、と夏希は思った。美魅は自分が男だと隠しているはずだと思ったからだ。
だから、夏希はまた焦ったが──。
「何を言ってる。春木さんは、男の子であろう?」
「へっ!?」
蛍は当たり前のように言った。
「春木さんは男の子だと、学校にいる者全員知ってるぞ。まさか、夏希は知らなかったのか?」
「う、ううん!!知ってた!!知ってたよ!!あはは…。」
まさか、美魅が男の子だということが当たり前だったとは…。
そんな時だった、2人の後ろから大きな声が聞こえた。
「あ゛ぁあーー!!」
「えっ!?」
声は2人の後ろから聞こえたので、2人は同時に振り向いた。
「な、何で委員長が夏希と一緒にいるのよ!?意味分かんない!!」
後ろには、2人を指差して怒りで震えている美魅がいた。
「美魅ちゃん!?」
「む、噂をすれば何とやらだな。」
蛍は笑って、美魅に手を振る。
「夏希!!委員長から放れなさい!!」
「えっ…?」
「いいから来なさい!!」
美魅は夏希の腕を引っ張って、自分に引き寄せる。
「何か…デジャヴ?」
夏希は呟いた。