2、パシり!?
「えっ…?」
さっきまで騒がしかった生徒達が、一瞬で黙った。
「聞こえなかったの?
“キモい”って言ったのよ。」
美魅の言葉に、夏希は困る。
「皆もよ…可愛い可愛いって、バカじゃないの?
あんなチンチクリンのどこが可愛いの?」
美魅は立ち上がり、教室にいる生徒達を見渡す。
「ほら、早く言いなさいよ。」
バンバンと机を叩く美魅。その行為は、生徒達を怯えさせているようにも見える。
「ほら見なさい。やっぱり可愛いのは…この“私”ね。」
悪者キャラがよく笑う笑い方で、笑う美魅。本当に悪者キャラに見えてきた。
「もういいわ、邪魔したわね。」
美魅は夏希を睨みながら、笑って席に座る。満足したようだ。
「ぁ…じゃあ雨宮君、後ろの空いてる席に座ってちょうだい…。」
今まで美魅の発言を、止めようとせず、ただポカンと見ていただけの先生は、夏希の席を指した。
そこは、美魅の右隣の席だった。
「っっ!?」
夏希は嫌だと思ったが、弱気な性格の夏希だから、何も言わずに席に向かった。
クラスメイトと目を合わすのが嫌だった夏希は、下を向いたまま席に急いで座った。
「フンッ…。」
左から、美魅の視線を感じる。夏希は怖くて、前で色々話している先生を見ていることしか出来なかった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「はい、じゃあ朝のホームルームを終わりますね。」
先生は笑顔で、教室から出ていった。今から10分休んで、一時間目の授業が始まる。
「はぁ…」
夏希は軽いため息をついた。周りに聞こえないようにしたつもりだったが。
「あら?ため息なんてついちゃって、そんなに私が気に入らないかしら?」
左から、声がした。
「えっ!?」
美魅の言葉は聞こえたが、あまりの内容に聞き直してしまった。
「あら?一回で聞き取れないなんて…そんなに私と会話したくないのかしら」
「そ…そんなこと言ってないですよ!!何言ってるんですか!?」
夏希は慌て言葉を返すが。
「皆から可愛いって言われたからって、調子に乗らないでちょうだい。世界で一番可愛いのは“私”なんだから!!」
「…」
夏希は思った、“とんでもない人に目をつけられた”と。
「分かったの!?分かったら返事しなさいよ!!
それと、自惚れて自分を可愛いと思わないでちょうだい!!」
「は…はい…」
別に自分を可愛いと思っていなくて、世界で一番美魅を可愛いとも思っていない夏希は、呆れたように返事した。
「分かったならいいわ!!」
ご機嫌になった美魅。夏希は、2年3組になって数十分で疲れていた。
「それじゃあ、貴方は今から私の“パシり”ね。」
「へっ!?」
今、美魅の口からとんでもない言葉が飛び出た。
「ぱ…パシり!?」
長い髪をサラリとなびかせて、美魅は言う。
「光栄に思いなさい。
貴方ごときが、私のパシりになれるんだから。」
ニヤニヤと笑って、夏希をからかっているのか、それとも本気なのか…。
とりあえず、この会話は一時間目開始のチャイムで強制終了された。
「フンッ、これから楽しみね。」
美魅は夏希に聞こえるように、そう呟いた。
「うう…。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
おかしい。何かが変だ。
普通、転校して来たら何人かのクラスメイトに声をかけられるのが、王道なのだが…。誰一人として夏希に寄ってこないのだ。
まるで、何かを恐れるかのように…。
「お茶を買ってきなさい。」
「えぇっ!?」
だが、例外が一人。
美魅だけは、夏希に平気で話しかけて、パシり扱いをしている。
「聞こえなかったの?早くお茶を買ってきなさい。まったく、ノロマね。」
今は昼休憩。
皆、お昼ご飯を食べている。無論、夏希も教室で何故か美魅と一緒に食べていた。
というか、美魅が一方的に夏希を誘ったのだ。
「お茶って…。」
「体育館の近くにあるわよ。早く行きなさい!!」
「は…はい…。」
夏希は何故か逆らえずに、渋々買いに行った。
廊下に出て、夏希はいきなり“迷った”。
夏希は、道を覚えるのが苦手で、先生から体育館の場所を聞いたが、忘れた。
「え…えっと…。」
とりあえず夏希は歩き出した。
水の都高校は
一般の教室が集められた“教室棟”。
教師達がいる“職員棟”。
実験や美術室などがある“授業棟”。
体育や部室などがある“体育館”
他にも小さな建物はあるが、代表的な建物はこの4つだ。
夏希達のクラスは、三階建ての、教室棟という建物の三階にある。
夏希はまだ、学校の形がよく分からない。
夏希が適当に歩いていると…。
「飲み物買いに行こうぜぇ」
他の教室から、男子生徒3人が出てきた。
飲み物…つまり、体育館に行く!!
夏希はこっそりと後ろから3人に着いていくことにした。
すると…。
「あーあ…“ムカつく”よなぁ。」
「本当だ。」
何やら、悪口を言い始めたようだ。
「何で独り占めするかなぁ。俺だって仲良くしたいのによぉ。」
「それに、あの“転校生”、女より可愛かった気がする。」
「ハハッ!!そりゃ言えてる。美魅の野郎より可愛いんじゃねぇか?」
「だな。
ったく、美魅の野郎…転校生を独り占めしやがって。」
「仕方ねぇよ、アイツに目をつけられると、“消される”ぞ。」
──“消される”
その言葉を聞いた夏希は、思わず声を出していた。
「あ…あのっ!!
消されるって何ですか!?」
夏希は3人を呼び止める。
「あん?…って!!お前、転校生!?もしかして聞いてたのかよ!?」
男子生徒達は驚いている。
「勝手に聞いてしまってごめんなさい。」
夏希はうつ向いてしまうが、引き下がる様子は無い。
「転校してきたばっかりで、何も知らないのは可哀想だよな…。」
「そうだな、お前…美魅の野郎に言うなよ。」
「は…はい!!言いません!!」
夏希は微笑み、男子生徒達に近寄る。
「消されるってのはな…、その名の通り“消される”んだよ。」
「…えっ!?」
「美魅に逆らったり、機嫌を損ねるようなことをしたら、学校から消されるんだよ…。“家庭の事情のため転校”って事になってな。」
「そんなこと…できるのですか?」
「できるさ。なんせ、美魅を溺愛している“美魅の姉”が、この学校を牛耳ってる奴だからな。
美魅が気に入らない事があったら、姉は必ず動くのさ。」
3人の男子生徒は本当に怖がっていた…。
「そんな…。」
転校初日で、とんでもない人に関わってしまっと思っていた夏希。
まさか、ここまでとは思っていなかった…。




