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美魅ストーリー〜3〜


「美魅ちゃん、元気無いよ〜……?」


「……そんなことないわよ? ほら、私はすこぶる元気じゃない」


「無理してる気がするぅ……」


「馬鹿言わないで。私は何とも無いから、愛十は“勉強”しなさい」



愛十の家で、私達は“受験勉強”をしていた。いや、違う。試験勉強をしているのは、愛十だけである。

愛十は、私が推薦で受かった“水の都高校”の受験に向けて、勉強をしていた。

いや、私が推薦で受かった……は、表向き。本当は、ミサトが“水の都高校”の理事長になったから、その“コネ”で私は水の都高校の“裏口”から入った。


愛十は、私とまだ一緒に通いたいという理由で、水の都高校を受験するつもりらしい。


ちなみに水の都高校は、そこそこ頭の良い進学校で、偏差値も高い。

私は受験しても余裕で合格するが、愛十は難しい。愛十は勉強が嫌いなので、頭も良くなく、水の都高校は諦めろと教師にも両親にも言われたようだ。


でも……愛十は頑張っていた。



「うぅ〜……ぁぁ〜……」


文字通り、頭から煙を出しながら問題集と教科書を、にらめっこしている。


「うぅ……分かんない!」


「何が分からないの?」


「何が分からないのかが分かんない!」


「末期的ね……」


愛十は数学の問題を解いていたのだけど、苦手な所なのか、公式も何もかも分からないらしい。


「ほら、見せてみなさい」


私は愛十に教えやすいように、愛十の隣に座る。問題集を覗きこむので、自然と愛十の体にくっついてしまう。

まぁ、これくらいは仕方ないでしょ。


「っっ……」


「どうしたの愛十? 何か頬が紅いじゃない」


「な、何でもにゃいよ! あは、あはは!」


「ん? まぁ、いいけど……。ほら、教えるから、ありがたく思いなさいよね」


「うん! ありがたやー! 美魅ちゃんは女神様ですー! いや、男の娘神様ですー!」


「はいはい。さっさとペン持ちなさい」


愛十はまた煙を出しながら勉強を再開した。私は、頑張る姿の愛十に思わず笑みをこぼしてしまったけど、仕方ないこと。だって……愛十の頑張る姿が、凄く眩しかったから。


……この日は1月。

受験日は1ヶ月後の2月中旬。

卒業式は3月の頭。

私達は、笑って卒業したかった。

そして……また一緒の時間を過ごしたかった……。




★★★★★★★★★★★★★★



とある夜。この日も愛十の勉強を見に行っていた日だった。

ミサトは私の部屋に入ってきて、何やら不機嫌そうな顔だった。


「最近、家にいないけど……どこに行ってるのかしら?」


「と、友達の家よ。友達に勉強を教えに行ってるの」


「ふーん……私よりも友達が大事なんだ……」


不機嫌な理由は、私が最近ミサトに構っていないから。

晩ご飯ギリギリに帰ってきて、勉強を教える事に慣れてないせいか、眠たすぎて夜寝るのも早い。だから、ミサトとの会話もあまりしていない。


「何拗ねてるの? 仕方ないじゃない。その子受験が近いんだし、少しでも力になってあげなきゃ」


「ふーんだ。美魅には何の徳にもなってないじゃん」


「徳って……。別に徳なんか求めてないから。それに、教える方も勉強になってるのよ?」


「高校決まってるのに、今さら勉強なんて意味ないじゃん……遊べばいいのよ」


「それって、高校の理事長が言うセリフ?」


「ふーんだ……まだ理事長じゃないもーん」


まだミサトはまだ、あくまで“理事長代理”という肩書き。しかし、やっていることは理事長の仕事で権力も理事長と同じ。


母親が死んで、新たな理事長となった人が、母親の部下である“副理事長”だった。

しかし、副理事長は自分が理事長になることを、自分自身では認めていなかった。

母親の次になるべき理事長は、ミサトだと副理事長自身が、決めていたから。


正式には副理事長が、現在の理事長で、ミサトは“理事長代理”。いつでもミサトが、理事長になってもいいようにと……。


「そんなことより……美魅」


「ん?」


「久しぶりに……“しよ”?」


ミサトはベッドに座り、私に近づいてくる……。目は女の目になっていた。


「ちょ……今?」


「今以外に、いつなのよ……」


ミサトはいつの間にか、私に覆い被さるような形になっていた。


「きょ……今日は疲れていて……ちょっと遠慮したい……かな?」


「それ、前にも聞いた。……もしかして、私としたくないの?」


「そ、それは……」


したくないに決まってる。

近親相姦なんて……異常以外の何物でもない。……分かってる。ミサトとの関係が続くにつれて、回数を重ねるにつれて、ミサトがだんだんと“歪んでいる”ことも分かってる。でも……。


「……そんなこと、ないよ。私も……ミサトと……」


「にゃふふ、そーだよね! ミサトは嬉しいぞ!」


体が自然と震えてしまう。

回数を重ねるにつれて、恐怖も積み重なり続けている。トラウマと言っても間違いではない。


「美魅……愛してる」


何度も交わしたキスを、今日もまた交わる。濃く、深く、激しく……。

愛してるの言葉も、何回も聞いた。耳元でも、繋がっている時でも。まるで呪いの言葉みたいだった。


今日もまた……いけない関係を築いていく。この関係は、2人だけの秘密。

ミサトも心の奥底では、これは常識から外れている関係だと理解している。だから表には出していない。出すつもりも無い。

いつか……秘密が漏れ出すまで。



★★★★★★★★★★★★★★




「き、緊張するよぅ……!」


「ふふっ、ほら気張ってきなさいよ! 私が応援してるんだから、受からないと承知しないんだからね!」


試験日当日。

私とミサトは試験会場である水の都高校に来ていた。


「も、もし……一問も解けなかったら……ど、どうしよぅ」


「そんなわけないでしょ。アンタ、今まで何を勉強してきたの?」


「そうだよね……うん。美魅ちゃんが家庭教師してくれたんだもん……こんな僕でも、頑張れるよね……」


愛十は受験票を握りしめ、震える体で会場の教室へと歩き出した。

私は会場へは行けない。

学校の中にあるロビーで待っていることしかできない。

試験が終わるまで、愛十とは会えない。だから……――。


「あいとぉー!」


私は愛十の背中めがけて、今まで出したことない大声を出した。


「は、ふぁい!?」


愛十は慌て振り返り、目をぱちくりさせて、キョトンとしている。友人が、聞いたことのない大声を出していたから、ビックリしてるんだと思う。


「私、信じてるから! きっとまた、愛十と一緒に過ごせるって!」


「っ……あはは。僕もだよ!」


「えへへ。嬉しい……。いってらっしゃい!」


「いってきまーす!」


再び愛十は、校舎の中へと入っていった。愛十の後ろ姿は、自信と希望でいっぱいだった。

私はその姿を見て、自然と笑顔がこぼれていた。



「美魅、何してるの?」


「っっ!? み、ミサト!?」


後ろから、冷たく嫉妬に満ちた声が、私の背を氷らせる。後ろには、スーツ姿のミサトがいた。ミサトは、冷たい目で私を睨んでいた。


「朝からいないと思ったら……こんな所に来ていたの?」


「ミサト……何で……」


「私はこれでも理事長代理なのよ? 試験なんだから、学校に顔を出さなくてはいけないの」


「あ……」


うかつだった。愛十の事で頭がいっぱいだったから、ミサトが今日学校に来ることを忘れていた。


「ところで……さっきの子は、誰?」


ミサトの嫉妬の矛先は、愛十だった。


「と、友達よ……」


「あぁ、いつも無駄な勉強を教えに行っていたのは、あの子のせいだったのね」


「む、無駄って……そんな言い方は無いでしょ!?」


「黙りなさい」


「っっ……」


ミサトはため息をついて、さらに私に近づいてくる。その目には、私しか映っていなかった。


「あの子の名前は?」


「……知って、どうするのよ」


「どうするかは、私の勝手。私の学校の生徒に“なるかもしれない”子なのよ? よーく、知っておかないと、ね?」


ミサトの言葉からは、そんな事など微塵も感じられなかった。感じたのは、嫉妬と敵意。愛十に何かする気だと、私は感じた。


「……嫌だ」


「何ですって!?」


「だから、嫌だって言ってるの! アイツは私の友達なの。友達に何かしようって言うなら、私たとえミサトでも許さない!」


私は睨んでいた。ミサトを精一杯睨んでいた。だけど、体は震える。だけど、ミサトの恐怖を知っているからこそ、私は愛十を守りたかった。


「……可哀想に。あの糞ビッチに何か洗脳されたのね……」


「え? 何言って……」


「私はそろそろ行くわ。そろそろ試験が始まる時間だしね。また、後でね」


「あ、ミサト!?」


ミサトも校舎へと歩み出した。ミサトは一度も振り返ってくれずに、入っていってしまった。


「何なのよ……いったい」


私は心の中に何かの蟠りが残ったまま、愛十を待つことしかできなかった。



★★★★★★★★★★★★★★




「入って入って!」


「ちょっと……そんなに引っ張らなくても大丈夫よ。どこにも行かないから」


試験日から数日後。

私は愛十の家に来ていた。

試験の合否が届いたのだという。

まだ愛十は中身を見ていない。合否の結末を、私と一緒に見たいからだとか……。


「うぅ……心臓が痛いくらいに、バクバクしてるぅぅ」


愛十の部屋に入ると、真ん中に置いてあるガラスで出来た小さなテーブルがある。その上にちょこんと、分厚い合否の封筒が置かれていた。

この封筒の分厚さは……うん。合否が、封筒の分厚さを見れば、中身を見なくても分かる自分がいた。いや、自分だけでなく、ほとんどの人が分かると思う。

だって、合格者には色々な書類が入ってるから、かなり分厚くなる。逆に薄っぺらかったら、不合格を伝えるだけの紙しか入っていない。

でも、愛十は分かっている顔ではなかった。うん……やっぱり愛十は愛十だ。


「あ、開けていいんだよね!?」


「当たり前でしょ。開けなきゃ、何も始まらないんだから」


「う、うん……っ。ぅく……ぁう……」


愛十のプルプル震えている手。

なかなか開けようとしない。


「み、美魅ちゃんが……開けてくれないかなー……なんて……」


「嫌」


「だ、だよねぇー……ふぁぅ……」


「何を怖がってんのよ。別に不合格だってもいいじゃない。不合格だったとしても、あ、愛十とは……その、友達なのは変わらないんだから……ね」


「……えへ、えへへ……そうだよね! 美魅ちゃんは、僕の友達なのは、変わんないもんね!」


怖がっていたはずの、愛十の目が……いつも通りの目に戻った。

バーカ。貴女に、恐怖なんて言葉は必要ないのよ。貴女には……笑顔が似合ってるんだから。


「っ……よし! あ、開けるよ!?」


愛十は、丁寧に封筒を開けていく。結果が分かっている私も、何故か緊張してしまっている。まるで、愛十と心が通いあっているような……。


そして、愛十は中身を取り出し、一番上にあった合否の紙を見た。


「っっ!?」


「愛十……?」


チラッと横から覗いてみると……そこには、“合格”という文字が、でかでかと黒字で強調されていた。


「やった……やったじゃない! 合格よ!? 愛十、合格したのよ!?」


私は喜びのあまり、愛十の両肩を持って、私と愛十を向かい合うようにした。

そして私は、愛十と向かい合って、初めて気づいた……。


「っ……っく……っひ」


愛十の目から涙が溢れていた。顔も紅く染まり、今まで溜めていたものが、溢れだしたようだった。


「愛十……」


「ごめんっ……なんか……安心したら……急に……」


「ううん。いいのよ、泣いて。愛十、頑張ったもんね。辛くても、頑張ったもんね」


私は愛十の頭を、優しく撫でていた。ほとんど無意識だった。

目の前にいる愛十の姿が、とても眩しく見えた、とても愛らしく見えた。

……いいなぁ。私も、愛十みたいなキラキラした体験をしてみたいなぁ。


「……えへへ。夢みたい……」


「私も、こんなに笑えるなんて夢みたい」


私も笑顔になっていた。

愛十といれば、とても優しい笑顔が自然と出ていた。


「ありがとう……愛十」


「ふえっ? ぼ、僕お礼言われる事何かした?」


「うん。いっぱいしてくれた。愛十……大好き」


「ふぇ……っ?」


「あ……―――っ」

いっきに顔が熱くなるのが分かった。そして、さらに後悔と自分への怒りが込み上げてきた。

無意識だったとはいえ、突然あの台詞はあり得ない。


「い、いや、その……違うの! 今の好きは、友達としてって意味で……別に深い意味は……」


「美魅……ちゃん」


「愛十……?」


必死になる私とは裏腹に、愛十は頬を紅くしてボーッとしていた。


「嬉しいよ、美魅ちゃん。僕も、美魅ちゃんが大好きだよー」


「っっ……」


また顔がボッと熱くなる。そして何だか、体が変な感じになっていく。


「えへへ、美魅ちゃん」


「っちょっと……愛十?」


愛十は突然私の頭を撫でてきて、私を抱き寄せた。優しく包み込むように私を抱き締める愛十。撫でられる頭が、少し気持ちよくなってきていた。


「美魅ちゃんって、女の子よりも女の子だよねぇー。えへへ。ちっちゃくて、かぁいいよ」


「ちっちゃいって言うな……! っていうか、何してんのよ……!?」


「愛でてるんだよ〜」


「は、恥ずかしいから離しなさい!」


「え〜……嫌だよぅ」


「っっ……」


愛十が急にデレた。今までこんなこと無かったのに。恥ずかしいけど、少し嬉しいのは否定できない。愛十みたいな可愛い子に、こんなことをされて喜んでいる私は、やっぱり男なんだと感じてしまう。


「美魅ちゃん、僕幸せだよ」


「……わ、私も……?」


「何で疑問系?」


「う、うっさい!」


「えへへ、かぁいいよ〜」


「ばか……」


私と愛十の、目と目が自然と合う。ジッと、吸い込まれるように合い続ける。ドキドキと、鼓動がうるさい。


「んっ……美魅ちゃん」


「……ぁ」


目だけでなく、唇も吸い込まれるようにお互い距離が近くなる。

そして……その距離が零になった。

唇と唇が触れ合うだけの、幼稚なキス。しかし、幼稚だけど愛が存在していた。


「美魅ちゃん……好き……僕、美魅ちゃんのことが好き」


「っ……それは、嬉しいけど……」


「……ダメなの? 僕じゃ美魅ちゃんの彼女になれない?」


「そ、そんなことは……ないよ……」


「じゃあ何で? 僕は美魅ちゃんが好き……美魅ちゃんは?」


いつもの愛十なら、自分の意見や意志なんて二の次。他人が自分のせいで、困らせないようにしていたのに……この日の愛十は意志が強かった。

ごまかす程度じゃ、引き下がる要素がどこにもない。


「黙ったままじゃ、嫌だよぅ……」


「と、友達のままじゃ……ダメ? ……かな……あはは」


「……僕は、ヤだ!」


「っっ愛十!?」


愛十は感情のあまり、私をカーペットが敷かれた床に押し倒した。私は両腕を掴まれて、身動きがとれるような状況ではなかった。


「僕は……僕は……ずっと美魅ちゃんを、こうしたかったんだよ……」


愛十の体は震えていた。後悔と不安と興奮で、表情が一つに定まらない、曖昧な表情になっていた。


「僕と一緒に勉強してる時とか、美魅ちゃんが隣にいるだけで、感情が押さえられなかったんだよ……。でも……我慢してた……。美魅ちゃんの困る顔が見たくなかったから……」


「愛十……」


「でも……今日はダメなの……我慢できないの……。美魅ちゃん……嫌なら、抵抗してね? 直ぐに止めるから……」


「っっ……!」


愛十は押し倒した時とは裏腹に、優しく頭を撫でたり、腰を撫でたりした。


「服、脱がして……いい?」


「……っ」


「えへへ、いいんだよね?」


着ていた長袖のTシャツの裾から、愛十の冷たくて細い手が入ってきた。上着は脱いでいるので、今着ているのは、Tシャツ一枚だけ。これを脱がされたら、私の上半身は裸になる。しかし、愛十はそれを望んでいる。

愛十は何の躊躇いもなく、Tシャツを剥ぎ取った……――。



「―――えっ?」


しかし、愛十の手の動きは止まった。愛十の目が、有り得ないものを見たような目に変わっていた。


「愛十……?」


「美魅ちゃん……これ、何?」


「……えっ?」


愛十の目線の先には、私の胸周辺。そこには……――。


「これって……キスマーク……だよね?」


鎖骨から鳩尾付近までの間に、小さな内出血がいくつもあった。それはまるで……強くキスをされたような痕だった。


「っっ!? み、見ないで!」


私は愛十を突飛ばし、脱がされたTシャツを抱えて、もう見えないように隠した。


「み、美魅ちゃんって……その……恋人がいたんだ……あは、あはは……。ゴメンね……彼女いるのに、こんな僕なんかが変なことしちゃって……」


愛十の表情が、だんだんと笑顔が失われていく。


「ちが……違う……これは」


これは……おそらくミサトに付けられたもの。ミサトは、恋人じゃない。ミサトは……家族。だからこれは……違う。


「……もう、会わないほうが……いいよね」


「違っ……私に恋人なんかいない!」


「じゃあ、それって……何、かな?」


「っ……これは……」


愛十は、口どもる私に笑顔で答えた。


「言えないってことは、そのキスマークの意味を認めるってことだよ……。あはは、恋人じゃないけど、恋人になる人がいたんだね……」


っっ……言えない。愛十に嫌われたくない。だから……本当のことが言えない……。汚れた私を……見てほしくない。


「さ、今日は……もう遅いし、帰ったほうがよくないかなっ? その、美魅ちゃんのお姉さんも心配するし……ね?」


「っっ……」


私は何も言えずに、ただ愛十の手を見つめることしか出来なかった。……まだ心の準備が出来てなかっただけ。

だけど、高校も一緒だし、卒業式もあるから、これからいくらでも弁解の余地はある……。


「今日はゴメンね……じゃあね、美魅ちゃん」


「……ううん。また、連絡するから!」


「あはは、ありがと」


「じゃあ……ね」


私はこの日、何も弁解することなく愛十の家を出た。心の準備が出来るのに、そう時間はいらない……はずだった。だから、この日は何も弁解しなかった。

いつでも愛十に嫌われる心の準備さえ出来れば、欠片も残さず話すつもりだった……そう思っていたのに……。

この日から、愛十と連絡がとれなくなった。




★★★★★★★★★★★★★★



「えっ……“転校”……?」


私が事実を聞いたのは、数日後の卒業式だった。


あの日から、連絡がとれなくなった愛十。携帯はいつも電話しても、留守番電話。メールも返ってこない。愛十の家に訪ねに行っても、愛十どころか、愛十の家族すら居なかった。


さすがに卒業式には来るだろうと、高を括っていたが……それは過ちだった。

卒業式にも、愛十は姿を現さなかった。

……そして、クラスメイトから聞いたのは、地獄にでも突き落とされたような事実だった。


「愛十なら家の事情で、転校したじゃん? あれ……春木さん、あれだけ仲良かったのに、知らなかったの?」



転校。つい先日に、愛十は“高校を転校”した。場所は分からない。家も引っ越したらしく、もうすでに、愛十の家には誰もいない。


また電話をしてみても、今度は電話番号が使われていませんと、冷たい声が返ってきた。

メールも、エラーが返ってきた。送信したメルアドは、存在しないと返ってきた。


番号もメルアドも存在していたはずなのに……存在しなかった。


愛十は……姿を消した。

愛十は誤解したまま、弁解をする間もなく、私の目の前から姿を消した。




★★★★★★★★★★★★★★



何もない日がやってきた。

何をするにも無気力で、無関心……ミサトとの会話さえ、何も感じなくなっていた。


「美魅? どうかしたの? 元気ないよ……? 今日のご飯、美味しくなかった?」


「違うよ……何でもない。もうお腹いっぱだから……ごちそうさま」


ミサトが作ってくれたご飯も、喉を通らない日が続いた。


私は残ったおかずを、台所に持っていってラップをした。……捨てるのもミサトに悪いから、翌日のお昼ご飯の時に食べている。

それでも食べきれないときは、申し訳ないけど……捨てる。


「……おやすみ、ミサト」


「ちょっと、美魅!? お風呂は!?」


「……めんどくさいから、今日はいい」


「そんなこと言って、昨日も入ってないでしょ!?」


「……いいじゃない、別に。もう中学校に行かなくていいんだし、入学式もまだまだ先だし。家から出る予定も無いし……」


愛十と計画していた、春休みの遊びの予定は、愛十と共に消滅してしまったんだし……。お風呂なんか……入らなくても困らない。


「待ちなさい。美魅、最近何かおかしいわよ? 何があったの?」


「ミサトには……関係ないよ」


……ミサトが、キスマークなんか付けなければ、こんなことにならなかったかもしれない……。そんなことさえ思えてきた。

前の私なら、ミサトを悪者に考えることなんてしなかった。でも今は、変わってしまったのかもしれない。

ミサトの笑顔を守る……なんて、今は考えられなかった。

ミサトの笑顔は好き。でも、今心に空いている穴は、ミサトの笑顔でさえ埋められない。


「美魅……何が不満なの?」


「不満……?」


何をいきなり言い出すの?

不満なんて……あるわけないじゃない。


「私は……美魅に幸せになってほしいって思ってる。だから、少しでも力になるよ?」


……力に?

私に幸せになってほしい?

……少なくとも、ミサトに近親相姦をされている現実があるかぎり、私に幸せなんか、やってこないに決まってるじゃない。


……ミサトが笑ってくれるなら、五感もいらない、四肢もいらない、友達もいらないって言ってたくせに……いざ友達がいなくなってみれば、このザマとはね……。

やっぱり私も、ただの人間なんだと感じてしまう。

テレビに映っている無能な政治家と一緒。無様な姿をさらしているだけの人間。


少しのきっかけで、こんなにも変われてしまう。



「もう……せっかく、あの“糞ビッチを学校から追い出して”あげたのに……今度は何があったのよ」



「……え――」


ズキッと、頭の真ん中に激痛が走った。そして、小さな痛みの波が押し寄せてきた。

『……可哀想に。あの糞ビッチに何か洗脳されたのね……』

“あの時”、ミサトが呟いた言葉が、突然頭の中に鮮明に映し出された。


「どうかしたの美魅? 突然固まったりしちゃって?」


「今……何て言ったの?」


「ん? どうかしたのって聞いたのよ」


「違う! もっと前!」


「え……あぁ、糞ビッチを追い出したって話? あれー、話してなかったかな? 試験の日に、美魅と馴れ馴れしく話していた、あの糞ビッチを“追い出した”って……」


キーンと、耳鳴りがうるさかった。頭が真っ白になって、頭の中に耳鳴りが鳴り続けているような感覚だった。


「“私の”美魅を何かと連れ出すし、しかも美魅と一緒の学校に来ようするなんて、本当に気持ち悪かったわ。でも、安心してね美魅。邪魔な女は片付けたから」


ミサトの一言一言に、私の中で“モヤモヤ”していた浮遊物が、一塊になっていくのが分かった。

そして、新たな“感情”が生まれ始めたのが分かった。



「その子の……名前って……」


「ん? 名前? たしか……愛十とかって……言って―――」


ミサトが言い終わるまでに、ミサトの言うであろう言葉が理解できた。

理解できた直後――私は、ミサトに飛びかかっていた。

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