1、転校生
6月の朝、高校の廊下
カッターシャツの上に、黒の長袖のカーディガンを着て、紺色のズボンを履いた男子生徒と。
メガネをかけた、赤いジャージ姿の女教師が歩いていた。
「“雨宮君”緊張してるの?」
「は、はい…。」
雨宮と呼ばれた男子生徒
フルネームは“雨宮 夏希”
綺麗な、長い黒い髪。
可愛い声。
背は低く、ギリギリ160cmあるくらいだ。
男の子ではなく、女の子にしか見えない容姿。
今の姿はまるで、男子の制服を着ている女子にしか見えない。
夏希の隣の教師、綺麗で30歳くらいの高校の教師だ。
緊張している夏希を見て、クスクスと笑っている。
夏希は今日、転校してきた。
転校して来た高校の名は
──“水の都高校”
男女共学の高校で、綺麗な名前に負けないくらいの高校だ。
玄関に大きな噴水があったり、中庭が綺麗な芝生だったり。
夏希には信じられない学校だった。
「はい、クラスに着いたわよ。アナタのクラスは、3組ね。」
夏希は今日から、水の都高校2年3組だ。
教室の中からは、騒がしい声が聞こえている。
もしかすると、転校生が来るという情報が、とっくに流れていたのかもしれない。
「ぅ…ぅぅ。」
バクバクと心臓が鳴る。
夏希は重度のあがり症で、大勢の人前で喋るのが苦手なのだ。
ましてや、転校してきて顔も名前も知らないクラスメイトに、自分だけ自己紹介をするなんて…。
夏希は、嫌だった。
だが、拒否権は夏希には存在しなかった。
予告も無しに、先生が教室のドアを開けたのだ。
「ちょっ…──」
「は〜い、静かに!!朝のホームルーム始めるわよ!!席に座りなさい。」
先生は教室に入っていった。
ドアは開きっぱなし、先生は夏希が後ろから着いてくるだろうと思っていたようだ。
だが、夏希は廊下に立ち尽くしたままだ。
何故なら、緊張で足が動かないから。
「あら?どうしたの?早く入ってきなさい。」
「は…はぃ…!!」
声が裏返り、変な声がでる。
カチカチに緊張している夏希は、まるでロボットのようなカクカクした動きで教室に入った。
教室にいる生徒達の目線が、夏希に集中する。
ヒソヒソと小声で話していたり、笑っていたりする声が聞こえる。
そして夏希は、教室のドアを閉めるのを忘れた。
「はい、もう知っている人は知っているかもしれませんが。このクラスに、新しいお友達が増えます。」
先生は黒板に夏希の名前を書きながら、まるで小学校のような紹介をした。
「じゃあ、自己紹介お願いね」
先生は、下を向いている夏希にバトンタッチした。
「は…はひぃ…!!」
また、声が裏返った。
そして、クスクスと笑う声が増えた。
夏希は頭を下げながら──
「ボ、ボクの名前は…あ、雨宮…な、夏希…ですっ…!!ぃ…家の…じ…事情で、転校しました…!!
な…仲良く…してくだしゃい…!!」
“してくだしゃい”
声が裏返ったままで、しかも噛んだ。
「キャハハハ!!」
教室が笑いに包まれた。
「…ぇ?」
夏希は顔を上げる。
「キャー!!可愛い!!」
「えっ!?本当に男か!?」
「女の子にしか見えなぁい!!」
クラスのほとんどが、夏希に軽く見惚れていた。
「は〜い、静かに!!」
先生は手を叩く。
「じゃあ、雨宮君に質問がある人はいない?」
先生がそう言った瞬間、30人いるであろう生徒の半分が手を挙げた。
「はぁ…授業でもこれくらい手を挙げてほしいわね…」
先生は苦笑いしながら、前に座っていた男子を指名した。
「俺、男に興味無いが…お前には興味があr───」
男子生徒は最後まで言えずに、教室の床に沈んだ。
沈んだ理由は、男子生徒の隣に座っていた女の子にアゴを一発殴られたのだ。
女の子は、今どきのギャルと呼ばれる女子高生の格好をしていた。
「バカ言ってんじゃないわよ変態!!ねぇねぇ〜!!彼女とかいるのぉ?」
女の子はどさくさに紛れて、質問した。
「え…あ…」
夏希は困っている。
「あ、いないんだ〜!!」
図星だった。
今の…と言うか、夏希は生まれてこれまで、女性と付き合ったことがないのだ。
無論、男とも付き合ったことがない。
「じゃあ、私狙っちゃうかもねぇ〜」
「ぅ…ぅぅ」
夏希は思わず顔を真っ赤にした。
それだけで、何人かの生徒がザワザワと騒ぎ始めた。
「ほ〜ら!!静かに!!
他に質問は無いの?
これで最後の質問にするわよ!!」
そして先生は、とある生徒を指名した。
「じゃあ、“春木さん”。」
一番後ろの、窓際に座っている生徒。
“春木 美魅”。
綺麗な水色の長い髪。
綺麗で可愛い顔立ち。
セーラー服がよく似合う子。
その子は言った。
「キモい」