美魅ストーリー〜1〜
ミサトと私は、本当の姉弟じゃない。
私が小学校に入学した時に、私の母親が病気で亡くなった。
父親は、私の前では明るく振る舞っていたが……内心では死にたいくらいショックだったと思う。
まだ愛だの何だの知らなかった私は、子ども心に、父親のそんな姿に我慢できなかったのか……女装をするようになった。
最初は、母親のぶかぶかのスカートを履いたり、化粧をしてみたりと……母親の真似をした。
少しでも、母親みたいになれたらと……そうすれば父親は少しでも元気になってくれるかもしれないから。
しかし……それは叶わなかった。
父親や親戚は、私のそんな姿を見て、母親が亡くなったショックで、母親の影を追うようにしている行為だと言っていた。
父親は少しも元気にならないし、女装をし続ける私に『止めろ』とさえ言ってきた。
だけど、私は止めなかった。
買う洋服も、女の子の服。
髪も伸ばし、遊ぶのも女の子と。
そして気づけば、女の子のように振る舞っているのが、当たり前のようになっていた。
もはや、本来の目的なんて消えていた。忘れていた。そもそも、目的なんて無かったのかもしれない。
父親も諦め、私を“娘”のように育てはじめた。
世間も、最初は女装する私を蔑みの目で見ていたのに、しだいに順応していったのか、私に……
『可愛いね〜、美魅ちゃん』
『お母さんにそっくりだよ』
『女の子よりも可愛いじゃないか。似合ってるよー』
などの、軽薄な言葉で私を誉めた。
言葉に重みが無い。
心に届かない。
誉められてるのに、貶されているようにしか聞こえなかった。
私に向ける笑顔が、無表情に見えた。
そんな上辺だけの愛に私は感じないし、ときめかない。
周りからしたら、私は無愛想で冷たい人間だと思われたに違いない。だけど、そんなの知ったことではない。
周りの人間が悪い。
他人に擦り付けた?
人聞きの悪いこと言わないで。
父親さえ、私はそんな目で見るようになってきた、中学校一年生の頃だった。
父親が、いつまでも独り身では寂しすぎたのか、再婚することになった。
相手は、有名な私立高校……水の都高校の理事長。
大学生の娘が1人。しかも、次期理事長になるであろうと言われている娘。
どうやって知り合ったのかなんて知らない。興味も無かった。
だから聞かなかった。
母親になる人にも興味無かったし、姉になる人にも興味が無かった。
家族なんて、しょせんただの他人の集まり。クラスメイトと一緒。
“仲良くしましょう”なんて、今どき流行らない。
だから私は……無情になった。
誰も寄せ付けない。
冷血で、無情な人間。
社会が冷たいんじゃない。
私が社会に冷たくしているだけ。
私は私で生きていく。
そう思っていた。
そう信じていた……。
ミサトに出会うまでは。
★★★★★★★★★★★★★★
「はじめまして。私の名前は、ミサトって言うの。貴方の名前は?」
「……私の父から聞いているはずですが」
「あぁ〜ん……冷たいなぁ美魅ちゃんは〜」
再婚し、父親と私の家に住むことになった、新しい母親と姉となったミサト。
そして、私の部屋。
姉となったミサトが何故か、私の部屋に上がり込んできた。
カーペットの上に正座し、ニコニコと笑っている。
「お母さんとお父さんが仲良くしてるんだから、私達も仲良くしよ〜よ!」
「そんな……子供みたいなこと言わないでください。ミサトさんは、大人なんですから」
「ぶー……敬語はやめなさい! あと、ミサト“さん”って呼ばないで! 家族なんだから、呼び捨てでいいの!」
「……はぁ」
きっと、私がミサトの言うことを聞かなければ、部屋から出ていってくれない。
それなら……聞くしかない。
「分かったわよ……ミサト。ほら、気がすんだなら、早く部屋から出ていってよ……」
「うわぁ……仲良くなるための、呼び捨てとタメ口なのに、突き放された感MAX」
だけど、相変わらずミサトはニコニコの笑顔。……この人が、よくわからない。
「美魅ちゃん、そんなに可愛いんだから、もうちょっと笑ったら、もっともっと可愛くなるのに〜」
「……可愛い?」
ミサトの言葉に、私はピクッと反応してしまった。“可愛い”……私が、一番聞きたくない言葉。
「うん、可愛いじゃん美魅ちゃん。男の子だなんて、信じらんないな〜」
「そんなこと……本当に思ってないくせに……」
「えっ?」
「いるんだよねー……私の外見だけ見て、友達になっておいたら自慢やらネタに出来るからって、適当に言葉選んで私に近寄ってくる奴」
「美魅ちゃん……」
「貴女も、そんなタイプ? 仲良くなった新しい弟が、女装してるって、ネタに出来るから? 私をネタにして、一時の有名人になりたいって思ってるの?」
私のこの時の顔は、本当に嫌な顔をしていたんだと思う。
だけど、ミサトは逆上することも、引くこともなかった。
柔なか表情で、私を見ていた。
「そんなふうに思ってないよ! まぁ、確かに可愛い弟が出来たって、自慢はするけど……えへへ」
「……あっそ」
「あー! また冷たくした! なによ“美魅”ったら、少しくらい笑ったらどうなのよ!」
「笑う? 何で可笑しくないのに笑わなきゃいけないのよ」
「ほぅ……可笑しかったら笑うのね?」
「えっ? 何? ちょっ……ミサト? 何でそんなに笑ってるの? 止めて……そんなにジリジリ近寄ってこないで! なにその手!? ワキワキしてる手は何!? やめっ……やっ……いぎゃあぁぁー!!」
「ほほほっ! ここか? ここがええんかぁ〜? お姉さんがマッサージしてあげるわー! ぬぅあっはっはっ!」
「やめっ……っは……脇腹はっ……ダメぇっ!」
私はミサトにベッドへと押し倒され、そのまま……脇腹へのマッサージと言う名の、こちょこちょ攻撃に襲われた。
「ふっふっん! 美魅敗れたりぃ!」
「意味……分かんない……!」
くすぐられたおかげで、息がとても荒くなり、しゃべり方に支障がでてしまっていた。
うまく喋れない……。
「うんうん。さっきよりいい顔してるよー。何て言うか、こう……色っぽくなったよ!」
「嬉しくない!」
「てへぺろ!」
「ウザ! 可愛くないし、イラってするだけだから!」
「もー……美魅ったら、ツ・ン・デ・レ……なんだから!」
「……今すぐ部屋から出ていって下さい……」
ミサトの絡みが……今まで出会ったことの無い、絡みだった。
混乱したし、イラっとした。だけど……不思議と嫌じゃなかった。
むしろ……心地よかった。
最初の嫌な気持ちなんて、どっかに吹っ飛んでしまったような……。そんな清々しい気持ちだった。
心のどこかでは、最初からミサトを認めていたのかもしれない。
ミサトは、今まで会った人とは全く違うということを。
ただ認めたくなっただけな気がする。ミサトの言う、ツンデレだったのかもしれない。
産まれて初めて……人を認めた。
ミサトは、私の初めての……認めた人。信頼していいと、思えた人だった。そして、興味を持てた人でもあった。
ミサトは、明るくて前向きで、いつも私を元気づけてくれる。
笑うことが少なかった私。だけど、ミサトには、笑顔で話すことができた。
いつも曇りだった心に、光が射し込んできたような……そんな気分だった。
「笑顔っていいよー! 太陽みたいでさー。暖かいよね〜」
「ふーん……。私は別にそう思わないけどね」
「えー!? 美魅の笑顔は一番輝いてる太陽なのになぁ」
「っ……な、何恥ずかしいこと言ってんのよ……」
私の笑顔が太陽なら……ミサトの笑顔はどうなるのよ。太陽以上に、輝いてるじゃない。
「恥ずかしがってる顔も、輝いてるよ〜……にゃふふ」
「あぁーもぉー……ミサトって何で意地悪なことしか言わないの!?」
「んー? だって美魅が可愛くて、ついイジメたくなるんだもーん。にゃははっ」
「……うぅ」
ミサトに、“可愛い”って言ってもらえるのが、嬉しかった。
ミサトが私を褒めてくれるのが、とても心地よかった。
ミサトの言葉に“重み”は無い。だけど“想い”があった。
言葉を聞いてくれる人を想った言葉で、話してくれる。
だから、話していて楽しいし、ミサトの魅力にも惹き付けられてしまう。
ひねくれた私をも、ミサトは惹き付けてしまった。
社会に冷たくしても、ミサトに冷たくすることなんて出来なかった。
ミサトだけは特別。ミサトがいれば、私は変われることができる。
ミサトのような人が、まだこの世にいると、信じることができる。
徐々にだけど、私は変わっていった。
そして……ミサトも変わることになってしまった。
“不幸と幸せは背中合わせ”とは、よく言ったもので……人間は簡単に壊れてしまう生き物。
人間は、生物だ。
生物は、簡単に腐ってしまう。腐って、食べられなくなって、見捨てられていく。
人間と言う名の生物は、腐るタイミングが人によってバラバラである。
いつ腐るか分からない。賞味期限、消費期限が分からないのだ。
不幸は腐ること。
ミサトが、腐ってしまった。
★★★★★★★★★★★★★★
中学二年生の夏休み。
それは、突然だった。
「み、美魅……お父さんとお母さんが……」
私は、その日発売の欲しい本があったから、夕方に本屋に行った。
二時間くらいで、家に帰ってきた。まだ外は明るく、ひぐらしも綺麗に鳴いていた。
玄関を入ってすぐに、私の姉であるミサトが、顔を真っ青にして私を出迎えたのは、忘れられない。
「ミサト?」
「お父さんと……お母さんが……トラックに……」
「えっ? 何? 落ち着いてミサト、いったいどうしたの?」
ミサトはカタカタと震え、今にも発狂しそうなくらい不安な状態だった。
「交通事故にあって……重傷で……病院に運ばれたって……今さっき電話が……」
「っっ!?」
リビングに通じる廊下に、家の親子電話の子機が転がっているのが分かった。
私はミサトから離れて、子機を拾い、耳をあてた。
『もしもし? どうしましたか? 大丈夫ですか?』
まだ電話は繋がっていた。
電話がきたのは、私が帰ってくる少し前なのかもしれない。
「もしもし、すみません」
『あ、ミサトさんですか? 大丈夫でしたか?』
電話の相手は、女性だった。
落ち着いていて、聞いているこっちは、何故か安心できるような声だった。
「いえ、違います。私はミサトの弟の美魅と申します。ミサトは今、少し混乱しているので……私が」
電話の相手は、病院の人だか警察の人だか、忘れてしまった。
だけど、事故のことを詳しく話してくれたので覚えている。
簡単に言うと、私の両親は大型トラックに殺された。
詳しく言うと……乗用車に乗っていた両親。運転していたのは父親。助手席には母親。
お互い再婚して一年目だから、まだ愛は冷めてはいなかった両親は、2人きりでなにかと車で出かけていた。
そんないつも通りが、いつも通りにならなかった。
大型トラックの運転手は飲酒運転をし、居眠りをしていた。そして、中央線をはみ出してしまい、対向車線に侵入し、両親の車と……正面衝突した。
そして、その他の車も数台巻き込んだ。
両親は病院に運ばれたが、死亡。
大型トラックの運転手は軽傷。
他の巻き込まれた人々も、不幸中の幸いか、軽傷だった。
私達の両親だけが……この世から旅立った。
「美魅……美魅……お父さんとお母さんが……うぁ……うぁぁあぁぁああぁ………」
この事件がきっかけで、ミサトは少しずつ狂っていった。腐っていった。
私が信頼したミサトが、少しずつ狂い、もはや別人になってしまうほどに……。