15、遠回りな告白
「えっ? 美魅ちゃん、学校に来てないんですか……?」
「うむ、そうなんだ。何でも、風邪をひいたそうだ」
朝、場所は学校。一時間目が終わってからの10分休憩。夏希と蛍が教室で話していた。
いつも夏希の隣の席に座っている美魅。しかし朝から、隣の席にいるはずの美魅がいないのだ。
そして先ほど、学級委員長である蛍が、担任の教師に美魅の事を聞いてきたのである。
「美魅ちゃんが……風邪」
「うむ、どうりでメールも電話も返事がないわけだ」
夏希と蛍が、一時間目が始まる前に、メールや電話をしたが、返事がいっこうに無かった。
しかし、風邪ならば、返事が無い理由が納得する。
「昨日……あんなに元気だったのに……」
ボソッと、夏希は呟く。
しかし、その言葉は蛍の耳にしっかりと届いていた。
「む、昨日美魅と会ったのか?」
「えっ……あ……いや」
「何故隠す? 別に隠すような事ではないだろう?」
隠すような事である。
まさか、美魅に襲われていたなど、言えるはずもない。
「……昨日何かあったな?」
「うっ……」
蛍は勘がいい。
蛍にはシックスセンスが、異様に発達しているのかもしれない。
「そう言えば昨日、夏希の部屋が少しうるさかったようだが……美魅が部屋に来たのか?」
「っっ……!?」
“沈黙は肯定”。美魅から言われた言葉を、夏希は思い出す。
「……お前の想い人は、竜也先輩だろうが……バカ者」
はぁ……と、ため息をつく蛍。
それを、キョトンと見ている夏希。
「……あっ」
すると、夏希の携帯電話が、ブルブルと震えた。メールである。
「美魅からか?」
「んっ……ううん。違いました」
「……“桜ちゃん”?」
蛍は、チラッと覗きこむと、そこには見知らぬ名前が表示されており、首を傾げた。
「知りませんか? 大家さんの娘さんですよ?」
「あ、あぁ! あの子か……そう言えば、いたな。接点が無くて、話したことがないな。夏希は仲がよいのか?」
「はい! 妹みたいで、可愛い子ですよ!」
「うむ……それはいいのだが……」
蛍は、メールの内容を見て、少し苦笑いになっていた。
『夏兄ぃ〜!(´∀`)
えへへっ!
何でもないよー(*´∀`*)
呼んでみただけ!
また一緒にお風呂に入りたいです!
ねぇねぇ
今日の夜も電話していい?
返事待ってるからね!』
まるで、恋人に送るかのような内容に、さすがの蛍も引いてしまっていた。
「夏希……その……頑張るのだぞ?」
「えっ? あ、はい? 頑張ります」
夏希が桜にメールの返事をしたと同時に、チャイムが鳴った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「カハハッ、あのツンデレ男の娘が風邪って! カハハッ! そらおもろいやんけ」
昼休み。中庭の芝生グラウンドに、夏希と竜也が、昼ごはんを食べていた。
夏希と竜也は、2人分座れるベンチに寄り添うように座っていた。
学校の竜也は、美魅のように、性別を偽ることもせずに、ありのままの姿でいた。
金髪に制服。おまけに綺麗な姿。
しかし、竜也にはあまり、親しい友人がいない。それは何故か、簡単なことで複雑だった。
“近寄りがたい人間”だからだった。
金髪に、水色の瞳。
少し目付きが悪い目。
男のような性格、口調。
端から見れば、不良と思われている。
だから、竜也の外見ばかり見ている者は近寄らず、竜也の中身を見ている者は親しくなれた。
「おもしろいって……ボクは心配なんですよ……。いつも元気な美魅ちゃんが、急に休みだなんて……」
夏希は、自分で作ったお弁当を食べていたが、箸が進んでいない。
ため息ばかりだ。
「そないに心配やったら、美魅ん家に見舞いに行ったらどうや? 顔も見れて一石二鳥やで」
「あ、そうか……その手がありましたね!」
パアッと、夏希の表情が急に明るくなった。
しかし、1つ問題が……。
「でもボク……美魅ちゃんの家、知らないです……」
「アホ、そんなん教員に聞いたら一発やろが。可愛い声で“友達が心配なので、教えてください”つったら、個人情報なんたらっつー法律なんか、破ってくれるわ」
ケタケタと笑いながら、菓子パンにかぶりつく竜也。本当に外見と中身のギャップが激しい。
しかし、その荒々しくも優しい性格が、夏希を元気づけてくれるのだ。
「……ありがとうございます、竜也さん」
夏希は、嬉しさのあまり、無意識に竜也の肩にもたれかかった。夏希は、ほんのり頬が赤かった。
「夏希ちゃん……?」
「竜也さん……あの、相談があるんですけど……」
ドキドキと、また胸が心地よい痛みに襲われていた。
「なんやー? 竜也先輩に何でも相談してええで」
竜也は、夏希の頭を撫でて、ニヤニヤと笑っていた。可愛い後輩からの相談は、先輩として嬉しいものである。
「あの……胸が痛いんです……」
「へ?」
「変なんです……竜也さんのことを想うだけで、胸がギュッと締め付けられるような……痛いんですけど……心地いいっていうか……。これって、何なんでしょうか……」
ジッと、少し虚ろな……泣きそうな目で竜也を見つめる。
「……ぶっ!? な、夏希ちゃん……!?」
突然の言葉に、竜也は焦る。
まさかこんな、ぶっこんだ相談だとは思わなかった。
「それは……天然か? それとも人工か……?」
「……どういう意味でしょうか?」
キョトンとした顔で竜也の目をジッと見つめる。その言葉に偽りはなかった。
「っ……天然かい……!」
ハーッと、盛大なため息をつく竜也。鈍感でもなんでもない、どちらかといえば敏感な竜也は、可愛い後輩からの遠回りの告白に緊張してしまう。
「……それは……あれや」
ちなみに、竜也は告白をされたことは……“一度も無い”。
告白はしたことあるが、全てが撃沈しているのは、秘密であった。
つまり、一度も男性とお付き合いしたことがないのだ。
だから、竜也の心の中は台風並みに荒れていた。混乱と言ってもいい。
人生初の大規模の台風が上陸して、慌てふためっている人である。
「何ですか……?」
ドキドキしながら待っている夏希。竜也が心の中では慌てているなど、知るよしもない。
「っ……」
“それは、好きだということだよ”と、正解を言ってしまうのは、竜也の中では不正解だった。
何故なら、人生初の異性からの告白に、内心舞い上がっている自分が嫌いだからだった。
しかも、可愛い男の子から。
隣で一緒に歩くのに、申し分ない男の子。むしろ自慢したいくらいだ。
彼氏にすれば、純粋な夏希に、あんなことやこんなことができる。
自分好みにすることができる。
竜也は、こんな不純なことを思ってしまった自分が……嫌になってしまっていた。
純粋な夏希に、申し訳なく感じてしまっていた……。
「うん、あれや……。“竜也先輩を尊敬している”ってことや!」
「“尊敬”……?」
「せや、自分も竜也先輩みたいに、かっこよくなりたいなっつー尊敬の気持ちや! カハハッ! 竜也先輩照れちゃうわー!」
今ならまだ……“勘違い”で、終わらせることができる。
夏希には、自分よりももっとふさわしい彼女ができるはずだと、竜也は高ぶる気持ちを静めた。
「そう……なんですか。なるほど」
夏希は、何故かモヤモヤした気持ちを感じながらも、納得してしまった。
「せやから、そないに難しく考えでもええで。気楽にいこうや」
「……はい!」
「カハハッ! ……はぁ……損な性分やで……」
竜也は夏希に聞こえないように、ため息をついた。
竜也は解決したような気分だったが、まだ解決していなかった。
まだ夏希の心には、竜也に対しての恋心が生きているのだ。
今はまだ、夏希は気づいていないが……自分で気づく時は、そう遠くはない。
その時竜也は、逃げずに夏希の気持ちを真っ正面から答えれるのだろうか……。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ごめんなさい……分からないのよ」
「えっ?」
「春木さんの御家族から、そういう情報は、安易に流さないでくれって言われてて……担任である私でも、春木さんの住所知らないのよ」
夏希は、職員室にいた。
そして、お見舞いに行く為に、美魅の住所を聞きに、竜也と一緒に職員室へとやって来た。
しかし、問題が起きてしまった。
担任の先生でさえ、美魅の住所を知らないのだ。
形として知っているのは、校長や教頭などの上の人間。
美魅の家族から、個人情報等はごく一部の人間だけしか知らさないように、命令していたのだ。
「たかが生徒の保護者が、そんな事できんのか……?」
「そうなのよ……私も疑問に思ってたのよ……。でも、校長がそういうことにしとけって……」
担任の先生が、ショボンとしてしまった。
「そうなんですか……」
夏希もショボンとしてしまい、2人からは、負のオーラしか感じない。
「しゃあないなぁ……つまり、ウチが校長に殴り込みに行ったらええんやろ?」
「違います! 何がつまりなのかが、分かりません!」
「えーっ……だって、回りくどくて、めんどいわ。校長に直接聞いたほうが単純明快や」
「そこまでしなくて大丈夫ですよ! 美魅ちゃんならきっと、電話をくれますから……」
「なんやそれ。いつくるか分からん電話を、モヤモヤしながら待っとるんか? 夏希ちゃんが心配なのは、今やろ」
「そうですけど……」
「せやから、美魅の住所を校長から聞き出して、行ったったらええんや」
「ら、乱暴すぎます……! ……竜也さんの気持ちは嬉しいです。でも、それはきっと美魅ちゃんが嫌がります……。だから、美魅ちゃんから来るのを、待っています。心配ですけど、耐えるのも大事なんです」
「……へいへい。夏希ちゃんがええなら、ウチは何も言わん」
竜也は優しく微笑み、夏希の頭を優しく撫でた。それに夏希は泣きそうになってしまったが、グッとこらえた。
「まったく……夏希と美魅は、ホンマに仲ええんやなぁ」
うらやましくなるような仲のよさに、竜也は軽く嫉妬していた。
いつか自分も、夏希や美魅や蛍と、こんなふうに仲良くなれるものかと、考えていた。
「……“私の”美魅に、何かご用かしら?」
突然、夏希と竜也の後ろから、綺麗な声をした女性の声が聞こえた。
「っ……!?」
2人は、ほぼ同時に振り返った。2人の後ろに立っていた人物……。
「あら、驚かしてしまったかしら? ごめんなさいね、美魅の話題が出てたようだから、気になってしまったの」
女性は、真っ黒の長い髪。
身長は高い。竜也とほぼ同じ。
スタイルはとっても良い。
着ているスーツがとても似合っている。
綺麗な顔立ちをしていて。どこかのモデルみたいだった。
「あ、いえ……大丈夫です。あの……もしかして、美魅ちゃんのご家族ですか?」
「クスッ、そうよ。私は美魅の“姉”よ」
「お姉さんですか……。あ、ボクの名前は、雨宮 夏希といいます!」
「……ウチは、白木 竜也ッス」
「私は、春木 ミサト……。よろしくね」