13、恐るべし
――“休み”。
夏休み、冬休み、春休み。
ゴールデンウィーク、祝日、連休、土日。
台風で休校。学校創立記念日。
休みなんて、大嫌い。
友達もいない人にとっての休日は、ただただ孤独なだけ。
前の“私”には友達がいなかった。
だから、休日は家にいるしかない。家以外に、居場所なんてないから。
家には、家族が1人だけいる。
“依存”という名の家族。
互いに互いを依存し、穴から抜け出せない。
もはや、家族とは呼べない関係……。
そこに救いも、堕落も無い。
あるのは……歪んだ愛だけ。
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「……暑い」
夏希が住むアパート。
夏希の部屋の窓の外から、サンサンと太陽の光が照りつけている。
部屋の温度、30℃。
「……うきゅぅ……」
夏希はベッドで寝ていたが、耐えきれなくなってベッドから出た。
今は7月。
そろそろ夏が本番になってきていた。
そして、今日は日曜日。
今日何も用事がない夏希は、昼まで寝ようとしていたが、あまりの暑さに朝の10時で断念した。
「うぁ……汗でベトベト……」
夏希の部屋は、風通しは悪くないのだが、太陽の光がまともに入ってくるので、熱がこもりやすい。
「シャワー浴びたい……」
夏希はタンスから、バスタオルと着替えを取り出した。
「お風呂場に行こ……」
アパートの地下には、広いお風呂場がある。
実はこのアパート、地下のお風呂場を“銭湯”として、一般人にも開放してある。
ちなみに、アパートの住人は、無料で使うことができる。
夏希は、急ぎ足で部屋からでた。
そして、部屋の鍵を閉め、急いでアパートの地下へと歩む。
早く汗を流して、スッキリしたいのだ。
アパートのど真ん中に、地下への入り口がある。
両開きの引き戸があり、今は“湯”の文字が書かれた暖簾がかけられていた。
朝の8時〜11時、夕方の17時〜21時まで一般開放している。
アパートの住人は、大家さんが起きていたら、許可さえ貰えばいつでも使うことが出来る。
「あ、夏兄ぃ!」
引き戸を開けようとした、その時だった。
後ろから幼い声がした。
夏希が振り替えると同時に、夏希の胸の中に……桜が飛び込んできた。
「さ、桜ちゃん……!?」
「うにゅぅー……おはよう夏兄ぃ。今日も暑いね〜」
と言いながら、ギュッと夏希を抱き締めている。夏希の胸に頬擦りしていて幸せそうな顔だ。
「えぇっ!? 暑いなら離れなよ!」
「暑いけど、夏兄ぃは別腹なのだ!」
「意味わかんないよ! ほら、ボク今、汗臭いから、離れたほうがいいよ」
夏希は優しく桜を離れさせようとしたが……桜は更に力を強くさせた。
「こ、コラ……桜ちゃん」
「臭い……夏兄ぃの汗……」
「えっ? 何か言った?」
「ううん……何でもなーい」
少し顔が赤い桜。
夏希の言う通り離れたが、今度は夏希の腕に抱きついた。
「夏兄ぃ、今からお風呂に入ろうとしてた?」
「うん、寝汗でベトベトだからね」
「だったらねー、桜の家に来なよ!」
桜は夏希の腕をグイグイ引っ張る。
桜の家は、翠月荘の目の前に建っている一軒家。
大家さん一家は、この家に住んでいる。
ちなみに、桜の家庭は、大家さんである桜の母、娘の桜、桜の祖母が住んでいる。
桜の父親は、桜が産まれてすぐに亡くなっている。
「桜ちゃんの家に……?」
「だって今ね、近所のおじいちゃん達で、いっぱいなんだって、おばあちゃんが言ってたの。ゆっくり入れないよ?」
「えっ……そうなの?」
少しがっかりする夏希。
今の時間帯は、人が少ないと思って来たのに……。
「だからー、夏兄ぃだけ特別。桜の家のお風呂使っていいんだよー」
「本当に? でも……大家さん怒らない?」
「大丈夫ー。お母さんもきっと喜んで、夏兄ぃに貸してくれるよ!」
「うん、じゃあ……お言葉に甘えちゃおっかな」
「やったーっ! えへへ。夏兄ぃ、お風呂から上がったら、遊ぼうね!」
「うん!」
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「あららー、夏希さんなのー」
「おはようございます。大家さん」
桜の家に入ると、桜の母親であり、翠月荘の大家さんの、花葉 紅葉が出迎えてくれた。
背が高く、ホワホワした雰囲気のある女性。
三十代後半で、一児の母……とは思えない容姿である。
十代と言われても、信じてしまうほどである。
むしろ、十代にしか思えない。
「あらー、大家さんだなんてー、他人行儀ですの。紅葉って呼んでくださいって言ってるのー」
「う……でも、ボクより年上ですし……」
「年上とか関係ないの。それに私は、夏希さんと仲良くなりたいのー。だから、名前で呼びあったほうが、早く仲良くなれると思うのー」
「は……はい……」
目の前にいるのは年上なのだが……まるで子供と相手しているみたいな、不思議な感じがした。
「お母さん! そんなことより、夏兄ぃに早くお風呂を使わしてあげてよ!」
「あらら、そうでしたのー。夏希さん、こちらなのー」
紅葉は夏希の前を歩き、お風呂場へと案内した。
「すみません、ありがとうございます」
夏希は紅葉の後ろを着いていった。
その後ろで、桜が別の部屋に入り、タンスを漁っていたことは、夏希は知るよしもなかった。
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「ではではー、ごゆっくりしていいのー」
「あ、はい。ありがとうございます」
脱衣場。
紅葉は、脱衣場に夏希を案内し、脱衣場の扉を閉めて出ていった。
「ふぅ……さて、汗流そーっと」
夏希が、汗で汚れたTシャツを脱いで、上半身裸になったときだった。
「……何してるの?」
「――!?」
閉められたはずの扉が、数センチ開いていた。そして、その数センチから感じる視線。
桜が、覗いていたのだ。
「ち、違うんだよ!」
見つかったとたんに、桜は扉を勢いよく開け放った。
「こ、こら! 桜ちゃん!」
夏希は思わず、服で上半身を隠してしまった。
相変わらず、女の子のような反応をしてしまうようだ。
脱衣場に入ってきた桜。
片手には、下着やらジャージやらの、着替えを持っていた。
「別に夏兄ぃの裸が見たくて覗いてたんじゃないんだよ! 夏兄ぃとお風呂に一緒に入りたくて、タイミングを図ってただけなんだよ! 裸を見たいからじゃないんだよ! 裸を――」
「……桜ちゃん?」
「はっ……! 夏兄ぃのバカ!」
「何で!?」
桜の顔は恥ずかしさで真っ赤だった。思春期の女の子は、難しいのである。
「とにかく……夏兄ぃ、一緒に入ろう?」
「……ダメ」
「えぇっ!? 何で!? ピチピチの女子中学生とお風呂に入れるんだよ!? 男の夢じゃないの!?」
「だっ……ダメっ! 何てことを言ってるの!? 桜ちゃんは中学生でしょ!? 中学生の女の子は、自分より歳上の家族以外の男性とお風呂に入っちゃダメなの!」
「やだ! 何その決まり、意味わかんない。っていうか、お母さんから許可貰ってるもん!」
「えっ!?」
「“仲良く入ってきなさいなのー”って言ってくれたもん!」
「大家さん……」
大切な娘を任せるほど、夏希は紅葉に信用されている証拠である。
「大家さんが、良いって言っても、ボクがダメなの!」
「ふーん……」
桜が突然、何やら悪いことを考えたような目をした。
夏希は、何故か美魅を思い出した。
「な……何?」
「ここ、桜の家のお風呂なんだよ? 夏兄ぃには、拒否権無いんじゃないのかな?」
ニヤリと、悪そうな顔をして、夏希の目の前に立った。
勝った、そう思った桜。しかし、夏希はその上をいく男だと、桜は知らなかった。
「……じゃあ、お風呂上がってから、桜ちゃんと遊んであげない」
「っみゃぁ!?」
プルプルと、震える桜。
「権利を振り回して、ボクとお風呂に入るって言うなら……ボクにも考えがあるんだよ?」
今度は夏希がニヤリと笑った。
「ず、ずるい! 夏兄ぃのバカ!」
「ふふん、高校を舐めちゃダメだよ〜」
夏希は桜の頭を撫でて、桜の背中を押して、脱衣場から追い出した。
「ボクが出たら、お風呂に入っていいからね」
「……本当に?」
「うん。約束」
「分かった……」
桜は脱衣場から出て行った。
そして、扉を閉める。
「“約束”だよ……」
桜は、笑っていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ぷふゎぁ……」
花葉家のお風呂は、大人の男性が3・4人余裕で入れる広さだった。
綺麗で、いい匂いがした。
夏希はシャワーで汗を流し、頭や身体を洗い終えていた。
洗い終え、すっきりした夏希。
無意識に笑顔になっていた。
「んー……」
夏希は鏡に映る自分が、ふと視界に入った。
夏希が気になっているのは、夏希の特徴である、黒く綺麗で長い髪。そろそろ長さが、腰まで届いてしまう。
「……伸びてきたなぁ。夏だし、バッサリ切っちゃおかなぁ……」
夏希の白い肌に、黒く綺麗で長い髪。夏希にとても似合っている。
「でも……前に竜也さんが、この髪を綺麗だって言ってくれたっけ……」
学校に居るとき、夏希は暇さえあれば、ほとんど竜也に会いに行っている。
竜也は最初、戸惑ってはいたが、今では可愛い後輩が自分を慕ってくれるので、受け入れている。
ちなみに、美魅や蛍も、夏希にくっついて着いていっている。
これも、竜也は喜んで受け入れている。
「……竜也さん」
最近、夏希は自分が変だと思っていた。竜也のことを想うだけで、胸がギュッと締め付けられるのだ。痛いのだが、何故か嬉しさも感じる。
「……明日、竜也さんに聞いてみよっかなぁ……」
夏希は、鈍感なのだ。
「っよし、スッキリしたし、出ようっと」
夏希は立ち上がり、お風呂場の扉を開けた……。
「夏兄ぃ!」
「にゅゎぁぁぁ!?」
扉を開け、お風呂場から一歩出た瞬間、待ち構えていたか如く、夏希の胸に桜が飛び込んできた。
桜は……――
「桜ちゃん!? な、何で裸なの!?」
一糸纏わぬ姿だった。
「桜もお風呂に入るー! 夏兄ぃ、背中流してー!」
さすがに中学生の女の子と、裸で抱き合うのは、世間体としてアウトである。
しかし、桜は離れようとしない、更に抱き締めてくる。
「だ、ダメって言ったでしょ!」
「えーっ……だって、夏兄ぃが“お風呂から出たら、お風呂に入っていい”って言ってたよね? 今さっき“出た”でしょ?」
ニヤリと、笑った桜。
たしかに夏希は、一歩だが外に出た。
夏希が一歩外に出たら、桜はお風呂に入れる。
「約束だよ? 約束は守ってくれるよね?」
「一緒に入るとは言ってないぃぃ……―――――
結局、2人仲良くお風呂に入ったとさ……。
2人仲良くお風呂に入っている時に、夏希の携帯が着信でブルブル震えていたことに、今の夏希には知るよしもなかった。