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13、恐るべし



――“休み”。


夏休み、冬休み、春休み。

ゴールデンウィーク、祝日、連休、土日。

台風で休校。学校創立記念日。


休みなんて、大嫌い。


友達もいない人にとっての休日は、ただただ孤独なだけ。


前の“私”には友達がいなかった。

だから、休日は家にいるしかない。家以外に、居場所なんてないから。

家には、家族が1人だけいる。


“依存”という名の家族。

互いに互いを依存し、穴から抜け出せない。


もはや、家族とは呼べない関係……。


そこに救いも、堕落も無い。


あるのは……歪んだ愛だけ。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「……暑い」


夏希が住むアパート。

夏希の部屋の窓の外から、サンサンと太陽の光が照りつけている。


部屋の温度、30℃。


「……うきゅぅ……」


夏希はベッドで寝ていたが、耐えきれなくなってベッドから出た。


今は7月。

そろそろ夏が本番になってきていた。

そして、今日は日曜日。

今日何も用事がない夏希は、昼まで寝ようとしていたが、あまりの暑さに朝の10時で断念した。


「うぁ……汗でベトベト……」


夏希の部屋は、風通しは悪くないのだが、太陽の光がまともに入ってくるので、熱がこもりやすい。


「シャワー浴びたい……」


夏希はタンスから、バスタオルと着替えを取り出した。


「お風呂場に行こ……」


アパートの地下には、広いお風呂場がある。


実はこのアパート、地下のお風呂場を“銭湯”として、一般人にも開放してある。

ちなみに、アパートの住人は、無料で使うことができる。



夏希は、急ぎ足で部屋からでた。

そして、部屋の鍵を閉め、急いでアパートの地下へと歩む。


早く汗を流して、スッキリしたいのだ。



アパートのど真ん中に、地下への入り口がある。

両開きの引き戸があり、今は“湯”の文字が書かれた暖簾がかけられていた。


朝の8時〜11時、夕方の17時〜21時まで一般開放している。


アパートの住人は、大家さんが起きていたら、許可さえ貰えばいつでも使うことが出来る。


「あ、夏兄ぃ!」


引き戸を開けようとした、その時だった。

後ろから幼い声がした。


夏希が振り替えると同時に、夏希の胸の中に……桜が飛び込んできた。


「さ、桜ちゃん……!?」


「うにゅぅー……おはよう夏兄ぃ。今日も暑いね〜」


と言いながら、ギュッと夏希を抱き締めている。夏希の胸に頬擦りしていて幸せそうな顔だ。


「えぇっ!? 暑いなら離れなよ!」


「暑いけど、夏兄ぃは別腹なのだ!」


「意味わかんないよ! ほら、ボク今、汗臭いから、離れたほうがいいよ」


夏希は優しく桜を離れさせようとしたが……桜は更に力を強くさせた。


「こ、コラ……桜ちゃん」


「臭い……夏兄ぃの汗……」


「えっ? 何か言った?」


「ううん……何でもなーい」


少し顔が赤い桜。

夏希の言う通り離れたが、今度は夏希の腕に抱きついた。


「夏兄ぃ、今からお風呂に入ろうとしてた?」


「うん、寝汗でベトベトだからね」


「だったらねー、桜の家に来なよ!」


桜は夏希の腕をグイグイ引っ張る。


桜の家は、翠月荘の目の前に建っている一軒家。

大家さん一家は、この家に住んでいる。


ちなみに、桜の家庭は、大家さんである桜の母、娘の桜、桜の祖母が住んでいる。

桜の父親は、桜が産まれてすぐに亡くなっている。


「桜ちゃんの家に……?」


「だって今ね、近所のおじいちゃん達で、いっぱいなんだって、おばあちゃんが言ってたの。ゆっくり入れないよ?」


「えっ……そうなの?」


少しがっかりする夏希。

今の時間帯は、人が少ないと思って来たのに……。


「だからー、夏兄ぃだけ特別。桜の家のお風呂使っていいんだよー」


「本当に? でも……大家さん怒らない?」


「大丈夫ー。お母さんもきっと喜んで、夏兄ぃに貸してくれるよ!」


「うん、じゃあ……お言葉に甘えちゃおっかな」


「やったーっ! えへへ。夏兄ぃ、お風呂から上がったら、遊ぼうね!」


「うん!」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「あららー、夏希さんなのー」


「おはようございます。大家さん」


桜の家に入ると、桜の母親であり、翠月荘の大家さんの、花葉(はなば) 紅葉(もみじ)が出迎えてくれた。


背が高く、ホワホワした雰囲気のある女性。

三十代後半で、一児の母……とは思えない容姿である。

十代と言われても、信じてしまうほどである。

むしろ、十代にしか思えない。



「あらー、大家さんだなんてー、他人行儀ですの。紅葉って呼んでくださいって言ってるのー」


「う……でも、ボクより年上ですし……」


「年上とか関係ないの。それに私は、夏希さんと仲良くなりたいのー。だから、名前で呼びあったほうが、早く仲良くなれると思うのー」


「は……はい……」


目の前にいるのは年上なのだが……まるで子供と相手しているみたいな、不思議な感じがした。


「お母さん! そんなことより、夏兄ぃに早くお風呂を使わしてあげてよ!」


「あらら、そうでしたのー。夏希さん、こちらなのー」


紅葉は夏希の前を歩き、お風呂場へと案内した。


「すみません、ありがとうございます」


夏希は紅葉の後ろを着いていった。

その後ろで、桜が別の部屋に入り、タンスを漁っていたことは、夏希は知るよしもなかった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「ではではー、ごゆっくりしていいのー」


「あ、はい。ありがとうございます」


脱衣場。

紅葉は、脱衣場に夏希を案内し、脱衣場の扉を閉めて出ていった。


「ふぅ……さて、汗流そーっと」


夏希が、汗で汚れたTシャツを脱いで、上半身裸になったときだった。


「……何してるの?」


「――!?」


閉められたはずの扉が、数センチ開いていた。そして、その数センチから感じる視線。

桜が、覗いていたのだ。


「ち、違うんだよ!」


見つかったとたんに、桜は扉を勢いよく開け放った。


「こ、こら! 桜ちゃん!」


夏希は思わず、服で上半身を隠してしまった。

相変わらず、女の子のような反応をしてしまうようだ。


脱衣場に入ってきた桜。

片手には、下着やらジャージやらの、着替えを持っていた。


「別に夏兄ぃの裸が見たくて覗いてたんじゃないんだよ! 夏兄ぃとお風呂に一緒に入りたくて、タイミングを図ってただけなんだよ! 裸を見たいからじゃないんだよ! 裸を――」


「……桜ちゃん?」


「はっ……! 夏兄ぃのバカ!」


「何で!?」


桜の顔は恥ずかしさで真っ赤だった。思春期の女の子は、難しいのである。


「とにかく……夏兄ぃ、一緒に入ろう?」


「……ダメ」


「えぇっ!? 何で!? ピチピチの女子中学生とお風呂に入れるんだよ!? 男の夢じゃないの!?」


「だっ……ダメっ! 何てことを言ってるの!? 桜ちゃんは中学生でしょ!? 中学生の女の子は、自分より歳上の家族以外の男性とお風呂に入っちゃダメなの!」


「やだ! 何その決まり、意味わかんない。っていうか、お母さんから許可貰ってるもん!」


「えっ!?」


「“仲良く入ってきなさいなのー”って言ってくれたもん!」


「大家さん……」


大切な娘を任せるほど、夏希は紅葉に信用されている証拠である。


「大家さんが、良いって言っても、ボクがダメなの!」


「ふーん……」


桜が突然、何やら悪いことを考えたような目をした。

夏希は、何故か美魅を思い出した。


「な……何?」


「ここ、桜の家のお風呂なんだよ? 夏兄ぃには、拒否権無いんじゃないのかな?」


ニヤリと、悪そうな顔をして、夏希の目の前に立った。

勝った、そう思った桜。しかし、夏希はその上をいく男だと、桜は知らなかった。


「……じゃあ、お風呂上がってから、桜ちゃんと遊んであげない」


「っみゃぁ!?」


プルプルと、震える桜。


「権利を振り回して、ボクとお風呂に入るって言うなら……ボクにも考えがあるんだよ?」


今度は夏希がニヤリと笑った。


「ず、ずるい! 夏兄ぃのバカ!」


「ふふん、高校を舐めちゃダメだよ〜」


夏希は桜の頭を撫でて、桜の背中を押して、脱衣場から追い出した。


「ボクが出たら、お風呂に入っていいからね」


「……本当に?」


「うん。約束」


「分かった……」


桜は脱衣場から出て行った。

そして、扉を閉める。


「“約束”だよ……」



桜は、笑っていた。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「ぷふゎぁ……」


花葉家のお風呂は、大人の男性が3・4人余裕で入れる広さだった。

綺麗で、いい匂いがした。


夏希はシャワーで汗を流し、頭や身体を洗い終えていた。


洗い終え、すっきりした夏希。

無意識に笑顔になっていた。



「んー……」


夏希は鏡に映る自分が、ふと視界に入った。


夏希が気になっているのは、夏希の特徴である、黒く綺麗で長い髪。そろそろ長さが、腰まで届いてしまう。


「……伸びてきたなぁ。夏だし、バッサリ切っちゃおかなぁ……」


夏希の白い肌に、黒く綺麗で長い髪。夏希にとても似合っている。


「でも……前に竜也さんが、この髪を綺麗だって言ってくれたっけ……」


学校に居るとき、夏希は暇さえあれば、ほとんど竜也に会いに行っている。

竜也は最初、戸惑ってはいたが、今では可愛い後輩が自分を慕ってくれるので、受け入れている。


ちなみに、美魅や蛍も、夏希にくっついて着いていっている。

これも、竜也は喜んで受け入れている。


「……竜也さん」


最近、夏希は自分が変だと思っていた。竜也のことを想うだけで、胸がギュッと締め付けられるのだ。痛いのだが、何故か嬉しさも感じる。


「……明日、竜也さんに聞いてみよっかなぁ……」


夏希は、鈍感なのだ。



「っよし、スッキリしたし、出ようっと」


夏希は立ち上がり、お風呂場の扉を開けた……。


「夏兄ぃ!」


「にゅゎぁぁぁ!?」


扉を開け、お風呂場から一歩出た瞬間、待ち構えていたか如く、夏希の胸に桜が飛び込んできた。

桜は……――


「桜ちゃん!? な、何で裸なの!?」


一糸纏わぬ姿だった。


「桜もお風呂に入るー! 夏兄ぃ、背中流してー!」


さすがに中学生の女の子と、裸で抱き合うのは、世間体としてアウトである。

しかし、桜は離れようとしない、更に抱き締めてくる。


「だ、ダメって言ったでしょ!」


「えーっ……だって、夏兄ぃが“お風呂から出たら、お風呂に入っていい”って言ってたよね? 今さっき“出た”でしょ?」


ニヤリと、笑った桜。


たしかに夏希は、一歩だが外に出た。

夏希が一歩外に出たら、桜はお風呂に入れる。


「約束だよ? 約束は守ってくれるよね?」


「一緒に入るとは言ってないぃぃ……―――――


結局、2人仲良くお風呂に入ったとさ……。



2人仲良くお風呂に入っている時に、夏希の携帯が着信でブルブル震えていたことに、今の夏希には知るよしもなかった。


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