12、憧れ
「ウチは、ハーフやねん」
デパートの中にあるファミレス。
よくあるような内装だった。
4人はそこにいた。
4人座れるテーブルとイス。
美魅は夏希の隣に座り、向かい側に、竜也と蛍が座っている。
「おじいちゃんが日本人、おばあちゃんがアメリカ人。その2人から生まれたのが、親父。んで、親父はアメリカ人の母ちゃんと結婚したんや」
竜也はドリンクバーのジュースを飲みながら言った。
「よう分からん家系やろ?」
竜也はニヤニヤと笑っている。
「そ、そんなことないですよ! ちょっとビックリしましたけど……。それに、竜也さんは……き、綺麗ですから!」
「カハハ、何や突然。おだてても、何も出やんで?」
「おだててなんかないですよ! 本当のことを言ったんです……」
「口うまいなぁ、夏希ちゃん。女の子からモテモテやろぉ?」
「そんなことないです……!」
ずっと夏希のことを女の子だと思っていた竜也に夏希は、竜也に自分は男だと打ち明けていた。
ついでに、美魅も男だと打ち明けた。
なかなか信じてくれない竜也に、信じてもらうのに時間がとても掛かった。
ちなみに、まだ夏希は女装をしたままである。
「しかし、竜也先輩……なぜそのような格好をしておるのですか?」
蛍はずっと気になっていた。
「なぜって……何でそう思うんや?」
「いや……それは、そのような綺麗な容姿をしておるのに、わざわざ姿を隠すような格好をしていれば、気にもなりますよ」
「カハハ、やっぱりな。言う思たわ」
竜也は帽子を深く被り、ため息をついた。
「ウチ、こんな性格やから、外見と中身にギャップがありすぎて、嫌やねん」
すると突然、夏希と美魅を見つめた。
「な、なによ!?」
美魅は竜也を睨んで、夏希の腕に抱きついた。
「いや……ウチな、男に生まれたかってん。せやから、夏希ちゃん達……男の子に憧れてんねん」
「だから、男の子みたいな格好をしているんですか?」
夏希は真っ直ぐ竜也を見つめて、竜也を理解しようとしている。
だが、この中で一番、竜也を理解が出来るのは……。
「せや、この格好やったら、誰もウチのことを気にかけん。注目もされへんのや」
竜也は笑っていた。
しかし、その笑顔の裏側では、いったいどれほどの苦労があったのだろうか。
本当の自分を出せずに、変装することにより、身を守ってきた。
「ぼ、ボクは構いません!」
「夏希ちゃん……?」
夏希は頬を赤らめて、竜也を見つめる。
「ボクは、竜也さんの本当の姿が好きです。だから、ボクと一緒にいるときは、本当の竜也さんでいてくれて構いませんから!」
まるで、愛の告白みたいだ。
そして、夏希の言葉を聞いている美魅が、どんどん不機嫌になっていく。
「カハハ、嬉しいこと言うてくれるやないか夏希ちゃん。お姉さん、惚れてまうわ」
「……つっ」
竜也の何気ない冗談に夏希は、また顔が赤くなった。
冗談だと分かっていたが、何故か胸がドキッと、熱くなった。
「馬鹿じゃないの?」
「み、美魅ちゃん!?」
突然、美魅は竜也を見下すように睨み付けた。
「さっきから黙って聞いてたら、勝手にベラベラベラベラと……腹立つ女ね」
「ちょっと美魅ちゃん! 何を言ってるの!?」
「夏希は黙ってて!」
「っ……」
美魅の睨みに、怯む夏希。
夏希が黙ったのを確認した美魅は、あらためて竜也を睨み付ける。
「アンタ、ムカつくのよ……。夏希をヤンキーから助けたからって、夏希に馴れ馴れしく喋っちゃってさ……。調子に乗んないでくれない?」
美魅は気に入らなかった。
夏希が自分以外に笑顔を見せている事が……。自分以外の人間に、今まで見たことない、眩しい笑顔を見せている事が……。
そして何より、竜也が“綺麗な女性”だということが。
気に入らなかった。
女性であるということは、夏希がいつか、竜也に恋愛感情が生まれてしまうかもしれない。
自分は“男”だから……どんなに着飾ろうが、どんなに女らしくしようが、“男”なのだ。
だから……“気に入らない”。
「カハハ!」
「な、何が可笑しいのよ!?」
美魅の挑発に、竜也は笑っていた。怒りも、戸惑いも感じず、笑っていた。
「カハハ、美魅ちゃんも可愛いなぁ。よっぽど夏希ちゃんを、とられたくないんやね〜」
「っっ……!」
美魅は図星を言われて、顔を真っ赤にさせた。
「安心しぃや、夏希ちゃんは美魅ちゃんのモノやで。カハハ!」
「っ……!? 竜也さん! 何を言ってるんですか!?」
「お似合いやで、お二人さん」
竜也は笑って、立ち上がった。
その手には、伝票。
竜也は伝票をヒラヒラさせて言った。
「んじゃ、ウチ帰るわ。楽しかったでー。あ、ここのは奢っちゃるわ〜。先輩やからね」
「あ、竜也さん! 待ってください!」
夏希は席を立ち上がり、竜也の後を追った。
「美魅ちゃん、蛍さん、今日はありがとうございました! また学校で!」
夏希は笑顔で頭を下げ、すぐに竜也の後ろを着いていった。
「あ、夏希……!」
美魅は、夏希を追おうとしたが、何故か身体が動かなかった。
まるで……美魅は竜也と夏希の仲に入り込めない……そんな気さえした。
「美魅?」
様子がおかしい美魅に、蛍は心配していた。
「何よ……夏希の奴……今日会ったばっかりの女に軽々着いていって……」
落ち込んだ表情。
独りぼっちになったような顔。
今にも泣き出しそうな……。
「心配するな美魅。竜也先輩は悪い人じゃない」
「分かってる!」
「じゃあ、何故そのような顔をする?」
「……分かんない……分かんないの! 何かムカムカして、イライラするの! ……あの女、嫌い!」
「むぅ……」
竜也に夏希を捕られるのではなく、夏希が竜也を好きになってしまう可能性がある。
そうなってしまったら……夏希は美魅を見なくなってしまう。
夏希と一生、繋がることはない。
それが、不安だった。
嫌だった……。
「帰る……!」
美魅は荷物を荒々しく持ち、ファミレスから出ていった。
「むぅ……困ったのぅ。ああなってしまったら、機嫌がなおるのに、時間がかかって……」
蛍は頭を掻いて、うーんと困っていると、視界の端に何やら見覚えのある物が映った。
「っ……これは!?」
美魅が座っていた席に、“夏希の服”が置き忘れられていた。
「あ! 夏希のやつ……女装したまま竜也先輩を追いかけてしまったのか……。美魅も美魅で、怒りでそのことを忘れおって……」
蛍は2人に対してため息をついた。
「夏希の家が隣で良かった……今晩、届けてやるか」
蛍も、夏希の服を持ち、ファミレスから出ていった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「夏希ちゃんの家は何処や?」
「駅から歩いて、数分ですが……何でですか?」
竜也と夏希は、駅の周辺にいた。
仲良く歩いている。
「また悪い奴らに絡まれたらアカンやろ? 家まで見送ったるわ」
「そ……そんな、悪いですよ!」
「何言うとんねん、そんな格好しとったら、また絡まれんで?」
「うっ……」
夏希は、竜也に言われるまで女装していることを、忘れていた。
急いで服を取りに行こうとしたが、蛍から、今日の夜に家に届けに行くと、メールがあった。
夏希は今すぐに、手渡して欲しかったが、竜也に迷惑をかけれないのと、2人っきりになりたいという気持ちがあった。
だから夏希は、このまま帰ることにしたのだ。
「でも……わざわざ家まで……迷惑じゃないですか?」
「迷惑やったら、こんなこと自分から言うか?」
「い、言わないです……」
「じゃあ、そう言うこっちゃ」
竜也はニヤニヤと、夏希の隣を歩く。
「竜也さん……優しいですね」
「ん? そおか?」
「だって……不良からボクを助けて、ファミレスも奢ってくれて、更には家まで送ってくれるなんて……優しすぎます」
夏希の胸の高なりが、どんどん大きくなっていく。
「あの……竜也さん。これからも、ボクと仲良くしてくれますか?」
火照った表情で、竜也を見つめる夏希。
そんな夏希をまともに見てしまった竜也は……。
「っ……な、夏希ちゃん?」
竜也は、胸がドキッとしてしまい、簡単な答えを言うタイミングを逃してしまった。
「やっぱり……ダメですか?」
驚いている竜也を見て、目に涙が溢れてきた……。
今の夏希は、心が弱くなっている。
小さな女の子みたいな心……シャボン玉よりも弱い心になっている。
「い、いいに決まっとるやろ……! 夏希ちゃんみたいな、可愛らしい子と仲良くなれるなんて、こっちからお願いしたいくらいやで! カハハッ!」
「っ……嬉しい……です」
「カハハ! なんや、夏希ちゃんホンマに女の子みたいやなー」
竜也は夏希の頭を撫でた。
ワシャワシャと、少し荒っぽく撫でた。
いつもは、女の子扱いされるのが嫌いだった夏希。しかし、竜也にそんな扱いをされても、嫌じゃなかった。
むしろ……可愛らしいと言われて、嬉しかった。
2人はしばらく歩き、夏希の住むアパートに着いた。
「あ、ここです」
夏希はアパートを指差した。
「“翠月荘”……か、何か凄いアパートやなぁ」
「家賃が安くて、安いのに中がとても綺麗なんですよ」
ニコニコとしている夏希。
ここが、とても気に入っているようだ。
すると……。
「あー! 夏兄ぃ!!」
ダダダッと、後ろから夏希達に向かって足音が聞こえた。
「お帰りぃ!」
「ぅわっ!?」
夏希が振り返った瞬間、夏希の胸の中に、夏希よりも少し小さな人が飛び込んだ。
「夏兄ぃ〜……うにゅー」
夏希の胸の中に飛び込んできた子は、女の子だった。
セーラー服を着ていて、半袖から飛び出すように出ている細い腕や、スカートから出た細い足。
長さが首まである茶色の髪。
背中には、テニスバックを背負っている。
「さ、桜ちゃん?」
「夏兄ぃ〜……いいニオイがする〜」
「うぅ……ニオイなんて、嗅がないで……」
「その子は……?」
まだ驚いている竜也は微笑んで、夏希に質問した。
「あ、すみません。この子は、翠月荘の大家さんの、娘さんなんです。ほら、桜ちゃん。この人は、ボクの学校の先輩」
「先輩……? ってことは、夏兄ぃの、友達?」
「うん。そうだよ」
それを聞いた桜は、夏希から離れて、竜也の前に立った。
「はじめまして。水の都中学校二年生、花葉 桜っていいま〜す」
ペコッと、頭を下げる桜。
竜也も頭を下げる。
「ウチは、白木竜也。こう見えて、一応女や」
「じょ、女性!?」
桜は目を丸くして、口をポカーンと開けた。
「カハハッ!」
竜也は、桜の反応に少し気持ち良さそうに笑っていた。
「てっきり、夏兄ぃの彼氏かと……」
「ちょっ……桜ちゃん!?」
「だって夏兄ぃ……そんな格好してるから、とうとう女の子に目覚めたのかなぁって……」
「違っ……これは友達に無理やり……」
「はいはーい。お話は、後でじっくり聞くからねぇ。早く家に入ろーよー。格ゲーして遊ぼ〜!」
グイグイと、夏希の腕を引っ張る桜。
「カハハ、夏希ちゃんはモテモテやなぁ。ほな、邪魔者は退散するわ」
「あ、すみません竜也さん。ここまで送っていただいて……」
「えぇよーん。ほな、また月曜日に会おなー」
竜也は手を振って、夏希達に背を向け歩き出した。
「竜也さん、今日は本当にありがとうございました!」
夏希の声に、竜也は手を挙げ、そのまま帰って行った。
夏希は、竜也の背が見えなくなるまで、ずっと見ていた。