11、救世主は……
「ほら、早く!! “夏希ちゃん”」
「ぅ……うぅ」
「可愛いぞ、夏希」
3人は今、デパートにある、ゲームセンターに来ていた。勿論、夏希は女装をしたまま。
「こっちに新型のプリクラがあるのよねー」
夏希と違って、軽い足取りでゲームセンターの中を歩く。
「ぷ、プリクラ!?」
「そうよ、しかも全身撮れるやつ」
ニヤニヤと笑っている美魅。夏希後ろでは、蛍もニヤニヤしている。
「あー!! あったあった、これこれ!! ほら、2人とも早くしなさい!!」
美魅は目的のプリクラ機を見つけてはしゃいでいる。
「ちょっと、やっぱり待って下さい!! せめて、今日着てきた服に着替えてからにしてください!!」
夏希は最後の抵抗を見せるが……。
「何言ってんのよ。それ着てないと意味無いじゃない」
「意味無いって……蛍さんも、何か言ってくださいよ」
夏希は蛍に助けを求めるが。
「金なら私が払ってやる。安心するのだ」
蛍はグッと、親指を上げて微笑んだ。
「何が安心なんですか。鼻血出てますよ」
「む、すまない。ついつい興奮してしまって……」
「……帰ります」
身の危険を薄々感じ始めた夏希は、ゲーセンから出ていこうとした。
「まぁまぁ夏希ちゃん。女同士、仲良く撮ろうよ!」
「ボクと美魅ちゃんは男の子です!」
「うるさいなぁ……。まだぐちゃぐちゃ言うんだったら、女装姿の夏希ちゃんの写メを、ネットに流すよ!?」
「いつ撮ったんですか!?」
「えっ? 今」
パシャッと、シャッター音が響いた。
「……めんこいのぅ」
鼻血を滴ながら、携帯のカメラで夏希を撮る変態もとい、蛍の姿がそこにはあった。
「うわぁぁ!?」
夏希は急いで蛍の携帯を奪いに行くが……。
「送信」
「へっ!?」
動きが止まった夏希の後ろで、美魅の携帯が鳴った。
「うん、やっぱり可愛いわ」
美魅は携帯の画面を見てニヤニヤしている。
唖然としている夏希の肩に、ポンッと、優しく蛍の手が置かれた。
「THE・流通!」
「うわぁぁあぁぁ!!」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「はぁ……」
夏希はまだ女装をしたままで、プリクラの近くにあるベンチに座っていた。
結局、夏希は2人と一緒にプリクラを撮るハメになった。
今思えば、写メを撮られるのとプリクラを撮るのは、画像が残るので、夏希は更に首を絞められたのでは……。
あの2人は今、プリクラの落書き機能で、落書きをしている最中だった。
なにやら、更に不吉な予感がするが、気のせいにした。
「はぁ……」
もう一回、夏希はため息をついた。そんな時だった……
「ねぇねぇ、君1人で何してるの〜?」
「えっ?」
うつむいていた夏希は、知らない声に声をかけられたので、顔を上げた。
そこには……。
「うっ……」
「おぉ、マジ可愛いじゃん」
「声かけて正解っしょ?」
チャラチャラした格好の、男性が4人……夏希を囲んでいた。
……絡まれた。
「君名前は?」
「な、夏希……です」
「夏希ちゃんかー、可愛いねー。どう? 1人ならさ、俺らと遊ぼうぜ」
「えっ……あ、違っ……」
「ほらほら、早く!」
グイッと、夏希は腕を掴まれて、強制的に立たされた。
「い、痛っ……」
「何処に行こっか〜?」
「とりあえず、俺の車でどっかに行くべ」
「いいねー」
“車”という単語に、夏希の背筋がゾクッと反応した。
コイツらの車に乗れば、とんでもない事になってしまうと、心の何処かで叫んでいた。
「ほら、行くよ〜」
男は夏希を引っ張り、無理矢理歩かせる。
「や、やめて……」
夏希は抵抗しようとしたが、チャラチャラした男の力の方が強い。
夏希はそのまま呆気なく、ゲーセンから出てしまった。
「駐車場って何処?」
「あっちじゃね?」
もうそろそろ、後戻りが出来ない状況になってきた。
こうなったら、“助けて”と、大声で叫ぶしか……――
「あ、あー……こんな所にいたんやな。捜したでー……」
「あぁ?」
ひょこっと、おどおどしながら男達の中に入ってきた1人の人物。
黒い野球帽を深く被り、顔が少し分かりにくい。
背は夏希より頭ひとつ分高い。
声だけでは、男か女か分からない声だった。
ダボダボのジャージをだらしなく着ていて、一見不良に見えるが、雰囲気が弱々しい。
「ほな行くで。今から買い物するんやろー?」
「えっ……あ……」
野球帽を被った人物は、夏希の手を優しく握り、そのまま男達から連れ去った。
「チッ、何だよ……男連れかよ。つまんねぇ」
「先に言えよな、胸くそ悪い。リア充なんか爆発しちまえ」
男達は案外呆気なく夏希を諦め、何処かへ行ってしまった。
「あ、あの……」
夏希はまだ胸がドキドキしていて、落ち着いてないない。しかし、助けてくれた見ず知らずの人に、お礼をしたかった。
だが、野球帽を被った人は、夏希の方を見ずに、夏希の手を引っ張り、ツカツカと歩いている。
すると、突然……野球帽を被った人は、デパートのあちらこちらに設置されたベンチを見つけるやいなや、夏希の手を放して……座った。
「ハーッ……」
「えっと……あの……」
野球帽を被った人は、ぐったりと疲れたように、背もたれに身を任せた。
夏希は、野球帽を被った人の前に立ち、オロオロとしている。
お礼を言いたいが、何やら言えない状況のような気がした。
だが、夏希はグッと覚悟を決めて……言った。
「あ、あの! 助けていただいて、ありがとうございました!」
夏希は頭を下げる。
フルフルと、身体が何故か震えていた。おそらく、まだ先程の恐怖が消えてないのだろう。
すると……。
「……お嬢ちゃん。名前は?」
「えっ……」
夏希は思わず顔を上げてしまった。
野球帽の人は、夏希に微笑み、優しく見つめていた。
「な、夏希です……。雨宮 夏希です」
「夏希ちゃんか、いい名前や。あ、ウチの名前は“白木 竜也”や。普通に、竜也って呼んでくれて構わんよ〜」
今度はニコニコと笑い、緊張している夏希を落ち着かせた。
「ほらほら、そないな所に突っ立ってやんと、ここに座り」
竜也は、自分の隣の空いたスペースをポンポン叩いた。
「は、はい!」
夏希は竜也の隣にちょこんと座る。
思わず夏希の顔が、笑顔になった。
「夏希ちゃんは、何歳なんや?」
「16歳です。竜也さんは……?」
「ウチは18や。この近所の、“水の都高校”に通うとる」
「えっ!? 竜也さんもですか!?」
「ってことは……夏希ちゃんもか?」
「はい!」
先程の恐怖も何処かへ行ってしまい、心には嬉しさと喜びで溢れていた。
「ははっ、奇跡に近い偶然やなぁ」
「ふゎ……」
ポンッと、竜也は夏希の頭に手を置き、軽く頭を撫でた。
「っっ……」
竜也に頭を撫でられた夏希は、何故かドキドキしてしまっていた。
それに、顔も熱い……。
「ん? どないしたんや?」
竜也は、様子がおかしい夏希を心配して、顔を覗きこんだ。
「な、な、なんでもないです!」
「そぉか? でも、顔赤いで? 風邪ひいたんとちゃうか?」
すると、突然竜也は……夏希に顔を近づけた。
「へっ?」
夏希が理解するまで、少し時間が掛かった。
竜也は、自分の額と夏希の額を……くっつけた。
鼻先が互いに当たり、視界のほとんどが竜也だった。
「うーん……熱はないなぁ」
「っぁ――っ!!」
声にならない声が、夏希の口から出た。
更に顔は真っ赤になっていく。
そして、ドキドキも止まらない。
このままでは、竜也にドキドキしてしまっていることがバレてしまう――
「ごら゛ぁぁぁぁ!!」
「んっ?」
「“私の”夏希に何してんだぁぁぁ!!」
竜也の背後から怒号と殺気。
そして――
「――っごぶっ!?」
突然、誰かに首根っこを掴まれ、ものすごい力で夏希から引き離され、ベンチから引きずり落とされた。
「いっつつ……な、何やねん! いきなりけったいなことしやが……って……」
地べたに腰を強打し、痛みで腰を擦りながら、竜也は後ろを振り返った……。
「けったいな? 私には貴方がけったいな人間に見えるんだけど? 気のせいだといいなぁ……ねぇ?」
竜也の背後に立っていたのは、どす黒いオーラを纏いし、鬼のような形相で竜也を睨む、美魅がいた。
「み、美魅ちゃん!?」
夏希はようやく我に返り、状況を理解した。
「もう大丈夫じゃ。安心せい、夏希」
すると、突然夏希の肩に、ポンッと手が置かれた。
「蛍さん!?」
夏希の後ろから現れたのは、蛍だった。
「すまぬ。夏希を1人にするべきでは無かったな……。まさか、このような輩に絡まれるとは」
蛍は、竜也を穢いものを見るような目で見下していた。
「さぁーて……私の夏希に手ぇ出そうなんて、いい度胸のある獣を、どう料理しようかなぁ……」
美魅の目が、血走っていた。
「ひ、ひゃぁぁぁ!!」
竜也はガクガクと身体を震わせ、美魅を完全に恐れている。
「ま、待ってください! 違います!」
「え?」
夏希の一言に、蛍と美魅は首を傾げる。
「竜也さんは、ボクが変な男達に絡まれてた所を、助けてくれたんです!」
「そ、そうなのか……?」
蛍は、少し驚いた表情で竜也を見た。
「せや! ウチは、夏希ちゃんを助けたんや! 夏希ちゃんを絡んでたなんて、濡れ衣や!」
少し怒りを見せた竜也。
竜也はフラフラと、立ち上がった。
「大丈夫ですか? 竜也さん」
夏希は蛍から離れて、竜也に駆け寄る。
「おう、大したことあらへん。ありがとな、夏希ちゃん」
竜也は、夏希の頭を撫でた。
「ちょっと……竜也さん……恥ずかしいです」
「そうなんか? カハハ、夏希ちゃんは可愛いなぁ」
「か、可愛いくないです!」
イチャイチャしているようにも見える2人。
そんな2人を面白くなさそうに見つめる1人の人物。
「なにこれ……どうしてこうなったの?」
「……美魅?」
美魅の目に、光が無い。
隣で美魅を見ていた蛍が、美魅を見て少し恐怖を覚えた。
「ムカつく……ムカつく……!」
美魅は怒りながら竜也にズンズンと近づいた。
「ちょっとアンタ!」
「ん? なんやぁ?」
「この私の目の前で、帽子を被るな! 調子に乗るな! 脱げ!」
パシンッと、美魅は竜也の帽子を叩き落とした。
「っっ……!?」
帽子は呆気なく竜也から離れ、床に落ちた―――
「……えっ!?」
この場にいた人間は、思わず驚きの声を漏らしてしまった。
まるで、小さな帽子の中に封印されていたが如く、“綺麗な金色の長い髪”が、現れた。
「た、竜也さんって……」
夏希達の目の前に立っている竜也は、先程の竜也ではなかった。
まず目につくのは、綺麗な金色の、長さが肩まであるサラサラした髪。
水色の綺麗な瞳。
美白で柔らかい肌。
どこからどう見ても、女の子だった。