9、仲良く
「一緒に食べるか?」
「へ?」
夏希と美魅が机を向かい合わせにくっ付け、昼ごはんを食べようとした時、蛍が笑顔で弁当を持ってきた。
「い、いいですけど。」
「よかった、ありがとう。」
蛍は椅子を持ってきて、座った。
「うー。」
美魅は面白くなさそうな顔をして蛍を睨む。
「またか。」
蛍は弁当を広げながら、面白そうに微笑む。
「何よ!?」
「別に私は夏希を、とって食べる訳ではないと、何回言えば分かるのだ?」
「だ、だって…。」
「そんなに春木さんが、私に夏希を食べて欲しいなら、食べてやるが?」
ニヤリと、蛍は笑う。
「だ、ダメェーー!!」
美魅は机をバンッ!!と叩いて、乱暴に立ち上がった。
「美魅ちゃん?」
「はっ…。」
教室にいる生徒の目線が、美魅に突き刺さる。
「まったく、面白い。」
クスクスと、蛍は笑う。
「いつもピリピリしている春木さんが、こんなに面白い子だったとは。」
「う、うるさい!!…トイレに行ってくる!!」
美魅は逃げるように教室から出ていった。
「…天水さん。」
「蛍と呼んでくれ。もう私達は名字で呼び合う仲ではないと思っている。だから蛍と呼んでくれ。」
「そうですね。じゃあ“蛍さん”。」
「フフ。私は春木さんみたいに、“ちゃん付け”じゃないんだな。」
「だって、蛍さんは“カッコいい”じゃないですか。ちゃん付けは、何故か出来ないんです。」
「フフ。カッコいい…か。」
「え?」
ちょっと悔しそうな顔をする蛍。
“カッコいい”…女の子は“可愛い”と呼ばれたいものだ。
「で、私に何か用か?」
「あ、そうでした。」
夏希は蛍に質問があるようだ。
「蛍さんって、美魅ちゃんの“友達”ですよね?」
「む?どちらかといえば、私は春木さんの“友達ではない”。」
「え?」
蛍はちょっと困ったような表情になった。
「私と春木さんは、あまり話さない。それに、春木さんがあまり人と好んで話そうとはしないのだ。」
「そうなんですか…。」
夏希は少し寂しそうな表情をしている。
夏希は密かに、不思議に思っていた。疑問に思っていた。
美魅が、夏希と蛍以外の人と喋っているところを“見たことがない”と。
美魅と出逢ってまだ3日で、完全に美魅を知っているわけじゃない。
だけど、夏希は気づいた。気づいてしまった。間違いだと思いたかった。
美魅には…“友達がいない”。
そんな寂しそうな表情をみていた蛍は微笑むと、夏希の頭を撫でた。
「…蛍さん?」
「夏希が、今何を考えているのか…何となくだが分かる。」
「え…?」
「確かに、春木さんには親しい友人がいない。委員長の私には、よくわかっている。私だって、何回か春木さんと親しくなろうと、会話を試みたが…。」
蛍は苦笑いをして…。
「全て逃げられてしまった…。」
美魅からの、完全な拒絶。蛍はどんなに傷ついただろうか。
「だけど、私は諦めない。せっかく、“君”という、きっかけが現れたんだから。」
蛍は、撫でていた手を夏希から放して、笑顔で見つめた。
「ボ、ボク!?」
「そうだ。君が転校してきて、春木さんの表情が変わった。」
「で、でも…ボクが転校してきてまだ3日ですよ…?そんなすぐに変わるものですか…?」
「日にちなんて関係ない。必要なのは、気持ちなんだ。君には“優しい魅力”がある。それに触れた春木さんは、君に心を開いたんだ。」
蛍は、本当に嬉しそうに話す。
「それなら私も、夏希に負けてられない。私も、夏希と一緒に、春木さんと仲良くなりたい。」
夏希も何故か、嬉しくなった。理由は分からない。だけど、嬉しくなった。
「なれますよ!!蛍さんは優しくてカッコイイですから、美魅ちゃんはきっと心を開いてくれますよ!!」
「ありがとう。」
2人はお互いに笑い合った。
「あ、そうだ。」
「ん?どうした。」
「へへ〜。蛍さんは、美魅ちゃんを名字で呼んでるじゃないですか。」
「うむ。そうだが…。」
「名前で呼んでみたらどうですか?仲良くなるための、最初の一歩です。」
「そう…だな。呼んでみようかな…。」
蛍の頬が、少し赤らむ。
「あ、美魅ちゃん帰ってきましたよ!!」
美魅が、ちょうど教室の扉を開いて、入ってくるところだった。
美魅の手には、ペットボトルのお茶が握られていた。
トイレに行ったついでに、お茶を買いに行っていたようだ。
「な、何よ…2人とも。私がどうかしたかしら?」
美魅は、何かしら空気が変わった2人を見て、ちょっと怖かった。
「ん、んんっ。」
美魅が席に戻ってきたと同時に、蛍は喉を鳴らした。
少し緊張している。
「…どうしたのよ、委員長?何かあったの?」
蛍の様子がおかしいのに気づいた美魅、お茶を飲みながら蛍を見ていた…──
「な、何でもないぞ“美魅タン”!!」
「ッッブッファ!!ゲボッゲーッホ!!ぬぐぅあ!!…ォェ…グホ…!!」
美魅の口から茶色い綺麗な霧が吹き出して、椅子から転げ落ち、机に頭を打って、その衝撃で机の中に入っていた教科書類が美魅の頭に落ちてきた。
「美魅ちゃん大丈夫!?」
「大丈夫か!?」
2人は驚いて美魅に駆け寄る。
クラスにいる生徒も、何が起きたのか気になって、こっちを見ている。
「み、み、美魅タン!?何!?タンって何!?タン塩!?タンタン麺!?」
「すまない、噛んでしまった。」
テヘッと、蛍は自分で頭を叩いた。
「ウザッ!!ってか、そんな噛みかたしないわよ!!アンタわざとでしょ!?」
「む、ちょっとした戯れではないか…。」
美魅はヨロヨロと、自分の席に座りなおす。夏希と蛍も笑いながら座りなおした。
「…で、何よ。」
「む?」
「突然私を名前で呼ぶなんて…。何の心境の変化?」
「うむ…それはな…。み、美魅と仲良くなりたくて…の。」
カアアと、蛍の顔が赤くなる。
いざ直球に言うと、蛍ははずかしくなってしまったようだ。
「っっ…!?な、何恥ずかしい事を言ってんのよ!?こんな大勢いる場所で…。」
美魅の顔も、赤くなった。
恥ずかしいようだ。
「む、むう…すまない。だが、今言わないと、一生言えない気がするのだ。」
苦笑いをして、美魅を見る蛍。
「もちろん、構わないよね?美魅ちゃん。」
夏希はニヤニヤと、楽しそうに笑っていた。
「そうか…アンタが根回ししたのね…。」
美魅はため息をついて、また顔を赤くした。
「わ、分かったわよ…。そこまで言われたら、仲良くしても…いいわよ。」
「そうか!!ありがとう!!」
ニッコリと、緊張が解けた蛍は、笑った。
「っっ…。」
美魅はさらに、顔を赤くさせた。
「よかったですね、蛍さん。」
「ああ。ありがとう、夏希。」