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影に囚われた愛  作者: 桜鬼
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第5話 終末の序章 前編

廊下を必死で駆け抜けるたび、胸の奥が張り裂けそうになる。


背後で、壁や天井から黒い影が這い出し、床を這うように伸びてくる。――湊の異形だ。


白いシルクハット、赤いリボン、烏の仮面。無数の触手のようになった影が、私の足元から手に、全身に絡みつこうと伸びてくる。




「琉依⋯⋯逃がさないよ」




耳元で囁かれる声に、全身が震え、呼吸が乱れる。甘く、でも全身を凍らせる冷たさ。

恐怖と嫌な予感が混ざり合い、心臓が鼓動を早める。

前方で、紫原南と中里真奈が立ち止まる。二人とも足がすくみ、目の奥に恐怖が広がっている。



南は黒髪のロングヘアをゆったりまとめ、エプロンの端が揺れる。弱気な彼女の肩は小刻みに震え、呼吸は乱れている。

真奈はフード付きパーカーを被り、手で顔を覆い、息を荒くしている。彼女たちはここに来る理由があった、死にかけた「過去」を持つ人間――でも、そんなことは今関係ない。

目の前で異形が迫っている。




「南さん⋯⋯真奈ちゃん⋯⋯!」




思わず叫ぶが、私の声は届かない。影の触手が廊下の壁から床から、二人の体を絡め取る瞬間を、目の前で見せつけられる。

南の体が、赤い棘のついた棍棒を振るう鬼の仮面の異形に捕まる。


強烈な打撃音とともに体が潰され、血と涙が床に滴る。絶叫は声にならず、胸をえぐるような恐怖だけが残った。



次に真奈が、蜘蛛のような手足を持つ異形に捕まる。赤と黒の縞模様の体が巣を張り巡らせ、真奈を引きずり込む。


皮膚に触れる触手の感触は粘着質で冷たく、でもどこか異様に甘い。思わず吐き気を催し、全身の力が抜ける。




私は恐怖で足が動かず、立ち尽くす。影は確実に私を追っている。

床に残る血の匂い、叫び声の余韻、周囲の空気の濁り⋯⋯五感がすべて恐怖に侵され、逃げ場がないことを思い知らせる。




「⋯⋯ここで⋯⋯終わりなの⋯⋯?」




声が震え、涙が止まらない。頭の中で過去の記憶がフラッシュバックする。セクハラされた上司、支えてくれた幼なじみ湊、信じていたものすべてが、今この恐怖の渦に押し潰される。




背後から囁かれる声――湊の異形の声だ。




「琉依⋯⋯君は、俺だけのもの⋯⋯」




影が私の腰や腕に絡みつき、逃げようとする体を押さえつける。

背中に冷たい感触が走り、息が詰まる。

全身を拘束される感覚と、心の絶望が重なり、理性が揺らぐ。



廊下の奥で残酷な光景が続く。南も真奈も、異形に捕まり、潰され、絶望の声を上げる。


その絶叫が、私の全身を貫き、逃げることの無力さを叩きつける。全員が、ここで消えていく――逃げることはできない。




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