第6話 影の告白 前編
夕方5時59分。
廊下に差し込む橙色の光が、壁に長く伸びる私の影を歪める。
胸の奥が張り裂けそうだ。背後からは、あの白いシルクハット、赤いリボン、烏の仮面の影がゆっくりと近づいてくる。
影は無数の触手のようになって床や壁を這い、まるで私を捕らえようと手招きしているかのようだ。
「⋯⋯まだ間に合う⋯⋯窓まで⋯⋯」
私の足は震えているのに、必死に廊下を駆け抜ける。心臓は喉まで跳ね上がり、全身の血が沸騰するような熱さを帯びる。影の触手が私の背中に触れる。冷たく、粘着質で、でもどこか淫靡な感触。息が詰まり、思わず背筋がぞくりと震えた。
窓の位置を必死に思い出す。
過去の探索で見つけたあの小さな隙間。
そこに手を伸ばせば⋯⋯希望があるかもしれない。
「⋯⋯!?」
影の触手が私の腰を絡め、下腹に冷たく滑り込むような感触を与える。
体は嫌でも反応し、恥ずかしい熱が頬を赤く染める。
心は恐怖に凍えているのに、体の奥は翻弄される。この混乱が、逃げる力をわずかに鈍らせる。
「カチ⋯⋯カチ⋯⋯カチ⋯⋯」
壁の時計の秒針が、ゆっくりと絶望を刻む。
1秒、また1秒と。
刻まれるたびに背後の影が迫る。
時間は残酷だ。逃げることができる希望と、捕まる恐怖が交錯して、胸の奥をぎゅっと締め付ける。
窓まであと数歩。手を伸ばすと、触れたガラスは冷たく、指先に震えが走る。
影が全身を絡め取ろうと伸び、髪をつかみ、肩を押さえる。
その感触は生ぬるく、でも冷たい。
恐怖と、いやらしい刺激が混ざり合い、体が硬直する。思わず息を荒げ、震える手で窓枠を掴む。
「⋯⋯湊⋯⋯?」
耳元で囁く声。甘く、でも凍りつくほど冷たい。体を押さえつけ、逃げ場のない状況をさらに鮮明にする。
体の感覚は背中から腰へ、触手のように這い上がり、全身を支配する。
胸の膨らみが押さえつけられ、肌に残る感触は消えない。恐怖といやらしさが交錯し、心臓の鼓動が狂ったように響く。
窓に手をかけ、縁に足をかけようとした瞬間――チャイムの音が、廊下全体に響き渡る。
微妙に狂った鐘の音に、時が止まったような錯覚を覚える。
「カチ⋯⋯カチ⋯⋯」秒針が正確に、でも残酷に時間を刻む。窓の縁に手をかけた瞬間、背後の影が全身を包み込むように広がる。
「⋯⋯だ、だめ、あと少し⋯⋯」
胸の奥で、絶望と希望がせめぎ合う。
体の震えは止まらず、肌には影の冷たさと粘着質な感触が残る。手のひらが窓枠を掴み、足が縁にかかる感触。あと1秒、あと1秒⋯。
希望はあと少し、でも背後の気配は確実に私を捕らえようと伸び続けている。
――逃げられるのか、琉依。
まだ、間に合うのか。
胸の奥のわずかな希望を握り締め、私は窓にしがみつく。




