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第5話 怪火の魔女

久々の更新となり、申し訳ございません。

南東国家群は、12の小国からなる国家共同体である。

中央世界すなわち聖教圏の長い歴史の中で、この南東地域では様々な国が興り、滅びてきた。

協調と対立を繰り返しながら目まぐるしく勢力図を描き換えてきた彼らは、現在ひとつの共同体として完全な融和を実現している。

皮肉なことに、いつの世も人々に団結をもたらすのは共通の外的脅威である。

彼らの場合それは、中央世界の東部一帯を支配する大帝国の誕生であった。

およそ80年前、他国を次々と併呑する形で急速に膨れ上がったグライト王国は、国号をエオレンツと改め巨大帝制国家となった。

彼らの領土的野心は留まるところを知らず、南東地域の数ヶ国は瞬く間に呑み込まれた。

南東全域の征服すら懸念される事態に、残った12の南東諸国は一致団結して帝国に対抗する道を選んだのだった。

この時より現在に至るまで、協同して外圧に耐え存続してきた南東国家群は、今まさに内部に発生した災厄によって崩壊の危機を迎えている。






薄暗い森の中を、武装した一団が進む。

時刻は正午を少し過ぎたあたりで、日は高く昇っている。

まだ暑さは残るものの、秋へと移ろい始めた空は雲ひとつない快晴で、柔らかな陽光が惜しみなく降り注いでいる。

だというのにこの森が薄暗く冷んやりとしているのは、外界を拒むように深く生い茂った木々が光を遮っているからだ。

自分たちが人の近づくべきでない領域に足を踏み入れたことを、彼らは直感的に理解していた。

しかし、彼らに引き返すという選択肢はなく、ただ奥へ奥へと進んでいくしかない。


「おい、これどこまで行くんだ、ウェイズ?もう引き上げちゃいけねぇのか?」


ひとりの男が半分泣きそうな顔で横を歩く女に尋ねる。

女、ウェイズは赤茶色のくせ毛を不機嫌に揺らして男の方を振り返った。


「私に聞かないでよ。帰りたいならあんたが隊長に進言しなさい、バート」


ウェイズのぶっきらぼうな返答に、バートは眉を八の字に曲げて盛大に溜め息を吐き出した。


「無理に決まってるだろ、そんなおっかねぇこと。殺されちまうよぉ。」


ウェイズとバートは同郷のいわば幼馴染であった。

ロミネア王国の辺境に生まれ、物心つく前から2人で過ごしてきた彼らは、15を迎えるとこれといって産業もない農村を出て共に領主の私兵となった。

ウェイズは幼い頃から活発な性格で、人より大きな恩寵を授かったこともあり下手な成人男性よりも高い身体能力を持っていた。

一方のバートは臆病で怠け癖のある男であった。

能力もあまり高くなく、率直に言ってしまえば鈍臭いところの目立つことが多い。

それゆえ、幼少期も村を出てからもウェイズの後をおっかなびっくりバートが付いていくような、そんな2人であった。

彼らは今、兵士として暗く人の存在を拒絶する異様な森の中を進んでいる。


事の起こりはおよそ2年前、ロミネア南西部グラナ森林で多数の怪現象が報告された。

それらの報告は妄言と聞き流すにはあまりに一貫しており、しかし俄かには信じられない内容であった。

曰く、明緑の炎が突如人の体を包んだ。

いわゆる人体発火であり、そのうえ炎の色まで奇怪ときている。

夏夜の納涼にならまだしも、実際の事件として扱うには現実離れしすぎていた。

しかし、その非現実をいともたやすく現実に変える者がこの世には存在する。

当局はこれを魔人あるいは敵性勢力の聖人が関与している可能性のある案件と判断。

現地領兵と聖騎士団による70名の調査団を派遣した。

この調査結果をもって正式な対応を決定する、それが当初の想定であったのだ。


しかし、調査団は誰ひとりとして戻ることはなかった。


ここに至って初めて事の重大さに気付いた当局は、一連の事件を王都に報告し、王国は正式に謎の危険勢力に対して周辺諸侯および聖騎士団による連合戦力での討伐作戦を決定した。

この時投入された戦力は計700名に上り、うち15名が聖人であった。

これは小国間の軍事衝突に匹敵する規模であり、森に潜む敵性勢力の排除には過剰戦力と思われた。

周辺国など、大袈裟なことだと笑っていたほどである。

王国としては少々やり過ぎなくらいの対処でもって早期に完全な解決を目指す姿勢であり、その判断に落ち度があったとはいえないであろう。

しかし、現実は遥かに深刻であった。

討伐隊が帰還した時、彼らは何らかの事情で後送されたのだと誰もが思った。

理由は明白、人数である。


6名


700いた討伐隊の帰還者は、たったのそれだけであった。

帰還した彼らが無事でないことは、誰の目にも明らかであった。

全員目立った外傷はなく、しかしその表情や様子を見れば、余程恐ろしい体験をしたであろうことは容易に理解できた。

怯えきった彼らが震える声を必死に絞り出して伝えた言葉は、たった1つであった。


「魔女の森へ踏み入るな。」


うわ言のようにそればかりを繰り返し、帰還から2日後、全員の身体が突然発火して焼死した。

その炎は報告の通り明るい緑色で、水を掛けても身体を布で叩いても決して消えることはなく、しかし他の物に燃え移ることもなく、彼ら焼き尽くして灰に変えると嘘のように消えてしまったという。

明らかに、理を超えた力によるものであった。

もはや、高位の聖人に匹敵する力を持った魔女が出現したことは疑いようのない事実となった。


怪火の魔女


聖教会は彼女に二つ名を与え、傑赫七聖けっかしちせいによる討伐を決定する。

しかし、彼らは皆が各国の要人。

南東出身の第5席はともかくとして、他の七聖を動かすには時間が必要であった。

さらに、教会は七聖投入にあたって敵のより詳細な情報の提示を求めており、その為には壊滅を前提とした威力偵察を行うより他になかった。

そして、南東の平和のために名誉ある捨て石に選ばれたのが、ウェイズとバートが仕える辺境領主である。

それなりの練度を持つ私兵を抱え、かつ怪火の魔女による被害の詳細が伝わっていない地域。

彼らに白羽の矢が立ったのは、不幸にもそうした条件を満たしていたからだ。

そして今、謎の魔女が潜むといわれる森への威力偵察を、情報を伏せられたまま彼らは行っている。

120名からなる私兵隊のうち、数名が口を聞ける状態で帰れば御の字。

王国の極めて現実的なこの予測を、彼らだけが知らない。






隊列が、森へ深く深く分け入ってゆく。

通常私兵隊は騎兵および歩兵の混成部隊として機能しているが、人の手が行き届かない森林地帯では騎乗がかえって機動性を損なうため、今回の任務では全員が自分の足で行軍を行っている。

そのため歩調を合わせるのは容易であったが、緊張状態での行軍が長時間にわたるにつれ、隊の全員に疲労の色が見え始めた。

初めは整然としていた隊列も、森の奥へ進み道がなくなると次第にばらつかざるを得ず、とても万全な警戒態勢をとれているとはいえない状況であった。

いや、あるいは万全であっても結果に差はなかったであろう。






「隊長、先行させた4名が戻りません。」


私兵隊隊長、トレスは優秀な男であった。

部隊を森へ進めるにあたり、急襲を避けるために数名を選抜して安全確認のために先行させていたのである。

彼らは確かな実力を持った隊員たちであり、定時連絡を忘れるような初歩的な誤りを犯すとは思えなかった。

明らかに、何らかの異常が発生している。

トレスの判断は早い。

部隊の安全を最優先に考え、一時後退して態勢を整えてから4名の捜索を行うことをすぐさま決定した。

時間が経つほど彼らの生存が危うくなることは間違いない。

しかし、4名のために部隊全体を危険に晒すことはできない。

隊長として極めて適切な判断であった。

惜しむらくは、魔女に関する情報を十分に提供されていなかったがために、既に自分たちが彼ら4名の遺灰を踏み越えて危険域の只中にあるのを悟れなかったことである。


それは突然のことであった。


「副隊長、1度後退して態勢をーー」


閃光。


トレスの目の前で副隊長の上半身が燃え上がる。

薄暗い森の中で、明緑の炎がいやに眩しく輝いた。


「なっ!」


敵の気配すらない攻撃に、トレスの顔から血の気が引く。

不味い、本能的にそう感じた。


「接敵!どこから来るかわからん!総員警戒しろ!!」


咄嗟に声を張り上げた。






「なんだぁ?前の方が騒がしくないか?」


バートは疲れきった様子で情けない声を出す。


「よく見えないわね。魔女かしら?」


ウェイズの言葉にバートはびくりと肩を震わせた。


「お、おっかないこと言うなよ。魔女となんて出くわしたら殺されちまうよぉ。」


「魔女への威力偵察なんだから出くわすに決まってるじゃない。大丈夫よ、こっちにだって聖人の隊長がいるんだから。あんたもしゃきっとしなさい、ほら警戒!」


バートの不安を煽らないよう気丈に振る舞っているが、ウェイズも内心では緊張を強めていた。


私が、守らないと。


共に村を出た時から、口に出さずともウェイズの行動原理は、常に最も頼りなく最もだらしなく、そして最も大切な、愛するただひとりのために。

その純なる想いが、後に彼を苦しめることになるなどとは露とも知らないで。





隊の後方にいた彼らが戦いの渦中へ巻き込まれるのに、そう時間は掛からなかった。

周囲を奇怪な炎が包んでゆく。

部隊は混乱状態に陥っていた。

見えない敵、消えない炎。

誰も経験したことのない異常事態であった。

次々と、兵士たちが斃れてゆく。

長年の鍛錬も、ひとりひとりの想いも、人生も、全てが無慈悲に灰へと化してゆく。

幸いにも、ウェイズとバートは未だ炎の標的にはなっていなかった。


「ひぇぇええええっ!助けてぇええ!」


バートは完全な恐慌状態で完全に腰を抜かして蹲ってしまっている。


「バートッ!しっかりしなさい!隊長に合流するわよ!」


ウェイズは必死にバートの腕を引っ張り上げる。

懸命に足を進め、薄暗い森を己の感覚だけを頼りにトレスの元を目指した。


「死なせない。絶対、私が連れて帰ってあげるから。」


ウェイズの献身は、ついに彼らを目的の場所へと導いた。

目的だった、という方が正確であろうか。


「隊長!」


視界にトレスの姿を捉え、ウェイズは内心で安堵した。


「魔女はどこですか?隊は後方まで混乱状態です。1度退却しましょう!威力偵察なんて不可能です。」


ウェイズは必死に言葉を繋いで、そして違和感を覚える。

自分ができる判断を、なぜ隊長が未だに下していないのか?

既に退却というより敗走しか選択肢のない状況であることは、火を見るより明らかである。

トレスは俯いたまま、どこか様子がおかしい。


「…隊、長?」


すっとトレスの顔が上がる。

ウェイズはその表情にぎょっとして、思わず1歩後ずさる。

目は見開かれ、歯はガチガチと音を立てて震え、口の端からは白い泡を吹いている。

そして、震える口がゆっくりと開かれて


「…魔女の…」


「はい?な、なんです?隊長、よく聞こえませーーー」


「魔女の森に踏み入るな!魔女の森に踏み入るなぁ!」


鼓膜の張り裂けそうなほどの叫び声がウェイズに浴びせられ、瞬間、トレスの身体が明緑の光を放って燃え上がる。






絶望が、彼らの運命を嘲笑っていた。

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