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第4話 迎賓館にて

プルミラ大聖堂のほど近くに、ファルム神聖法王国の迎賓館は存在している。

各国の要人が法王国を訪れた際に宿泊施設として使用されるその建物には、現在4名の客人が滞在していた。


白い絨毯の敷かれた廊下を歩く2人の男は、ともに黒を基調とした軍用の正装に身を包み、胸には輝かしい勲章をいくつも提げている。

2人が横に並んで歩くことはない。

エオレンツ帝国軍大将ヴェルタ・オーヘンは、常に主君の後ろに付き従う。

その姿はどこまでも軍人然としていて、彼の立ち居振る舞いが思想そのものを体現しているようであった。

そんな彼を従えて歩く帝国第1皇子レスター・エオレンツの纏う雰囲気は飄々としていて、しかしそれでいて薄ら寒さを感じるような威圧感を放っている。

会談を終えた2人は、迎賓館に用意された部屋へと向かっていた。

迎賓館は3階建てとなっており、1階正面玄関を入ってすぐの大広間から左右に分かれる階段を昇ると、要人の宿泊に利用される2階へと繋がっている。

エオレンツ帝国のレスターとオーヘンは正面玄関から見て左手、レステリア王国のエリシアと南東エレソフィ王国のクレイは右手を上がった所に部屋が用意されていた。

政治的に対立関係にある帝国と南東の七聖が滞在する部屋を近くにしないようにと配慮のなされた結果である。

レスターは相変わらずの人間離れした薄ら笑いを顔に浮かべて、先導する女性の後をついて歩く。

彼女は法王国の用意した案内役であり、聖堂に附属する修道院の修道女である。


「やはり何度来ても新鮮なものだね、迎賓館の案内役が給仕ではなく修道女とは。」


白い修道服に身を包んだ女性はレスターの言葉に軽く微笑んで返すと、すぐに立ち止まって2人へと向き直った。


「お部屋はこちらでございます。お付きの方をお先にご案内しております。夕食の際はお声がけいたしますので、それまでどうぞお寛ぎくださいませ。ご用命がございましたら、お部屋に入って右手すぐのレバーをお引きください。」


言って扉を開け、腰を折る彼女の所作は完璧である。

レスターはありがとう、と一言述べると愉快げな笑みを浮かべながら扉をくぐってオーヘンとともに入室し、扉が閉まると同時、その顔から全ての表情を消し去った。

気味の悪い薄ら笑いを止めた彼の表情は、どこまでも冷徹で無慈悲なレスターという男の本質を存分に表現している。


「お帰りなさいませ、殿下。」


部屋に入ったレスターを、3人の男女が出迎える。

見る者が見れば一目で相当の実力者であることのわかる彼らは、無論全員が聖人である、それも中位以上の。

彼らはレスターの供回りであり、武器の携帯および護衛の立ち合いが認められない会談の実施中、迎賓館で主人の帰りを待っていたのであった。

血よりも赤い瞳を鷹のように鋭く細めたレスターは、従者の出迎えに応えることなく、会談の時よりも幾分か低い調子の声を放つ。


「気に入らん。レステリアの女狐があのような無意味な取引をするものか。石炭だ、石炭に何かある。奴の真意を探らねばならん。」


レスターはエリシアに対して度々挑発的な態度をとっていたが、これは見下しからくるものではない。

むしろ、彼がエリシア・レステリアという隣国の王女を帝国最大の敵と捉え、ほんの片鱗でもその頭の中を透かし見ようと試みているからこその振る舞いであった。

レスターは会談でエリシアの真意を掴み損ねたことに内心でひどく苛立ちを覚えながら、彼女に対する警戒をより一層強めたのだった。






一方、帝国の2人とは逆方向の部屋へと向かうクレイは会談がひとまず一定の成果を見たことに安堵していた、ということはなく、この上なく居たたまれない心地であった。

原因は、彼の隣を無言で歩く少女である。

少女といっても、彼女の所作や立ち居振る舞い、身に纏う雰囲気は明らかに年相応ではなく、まるでレステリアという国家そのものが横を歩いているような、そんな圧迫感をクレイは覚えていた。


「…先ほどは、提案に合意いただきありがとうございました。我が故郷を脅かす魔女の討伐にご協力を賜り、感謝します。」


それは彼が沈黙に耐えかねて発した言葉であったが、たしかに彼は目の前の得体の知れぬ若き聖女が、自分たちに力を貸すという判断を下したことに感謝の念を抱いていた。

彼女が会談で語った論理にその実同意せざるを得ないと感じたからこそ、クレイにとってエリシアとの合意はまさに一筋の光明だったのである。


それまでクレイの方を見向きもせずにただ修道女の後を淡々と歩いていたエリシアは、彼の言葉にやはり表情を動かすことはない。


「総合的に考えて、こちらにも利があると判断したまでのことだ。けいに感謝されることではない。」


心理的な歩み寄りをまるで感じない彼女の返答に、話す前より余計に苦しくなったと後悔したクレイであったが、もはや後にも引けずになんとか会話を続けようと試みる。


「エ、エリシア殿下はご趣味などはおありなのですか?政務ばかりの毎日では何かと息も詰まりましょう。」


我ながらなんと中身のない下手な会話かと思いつつ、クレイは半ば祈るような思いでエリシアの言葉を待つ。


「趣味とは私事だ。そして、私は王族だ。為政者たる王族に私生活などあってはならない。」


彼女の言葉に、クレイは思いもよらぬ方向から殴りつけられたような感覚を覚えた。

たしかに王族は特別である。

それは幼い頃から自身でも感じてきたのだろうし、レステリアのような大国であれば徹底的に帝王学を叩き込まれていることだろう。

しかし、それでも目の前にいるのはまだ17歳の少女である。

たとえそう感じさせないものを持っていても、事実は変わらない。

普通であれば、流行りの身嗜みに興味が湧いたり、異性との恋愛に心を砕いたりといった年頃である。

それが彼女はどうであろう。

個人としての生を完全に捨て去ってしまっている。

クレイにはどうにもエリシアという人の実像が掴めず、それが空恐ろしさに繋がっていると感じていたが、この時彼女の本質の一端に触れ、むしろ彼女に対する畏怖は強まった。

一体どんな経緯を辿れば、わずか17歳にしてこのような人生観に至るというのか。

クレイは彼女のこれまで歩んできた、そしてこれから歩んでいく道のりがいかなるものか想像だにすることができなかった。

ほんの少し前まで気まずさを紛らすための世間話をするつもりでいたクレイは、突然重くのしかかった衝撃に沈黙するより他になかったのだった。






各国の要人が後にした聖堂に残ったのは、ファルム神聖法王国の聖職者たる3人の七聖である。


「エリシア・レステリア、どう見るべきか…」


エリシアの名を口にするラフェラの表情は険しい。


「あれはいかん。内心で信仰を蔑ろにしているのが丸わかりだ。レスター皇子しかり支配層の傲慢がいよいよ看過できん所まで来ている。」


会談ではついに言葉を発することのなかったクヴェリアであったが、()()しかその場にいなくなった今では口を閉ざしている理由もない。

彼の会談を通しての各国七聖に対する見方は非常に厳しく、そしてきわめて聖職者らしいものであった。

しかし、ラフェラは彼の考えに同意しない。


「あれはそういった類のものではないかと、クヴェリア卿。彼らは恐らく自分の権力や聖教の威光すらも、すべてを物質的に捉えている。彼らにはこの世界そのものが巨大なひとつの機械仕掛けのように見えているのでしょう。」


ラフェラの言葉に、クヴェリアは顔に刻まれた皺を深くして一層不快げになる。


「それこそとんでもない傲慢のように思うが…君はどう思うかね?ミセリア」


ミセリアは会談後も相変わらずの微笑み顔で、クヴェリアとはまるで対極である。


わたくしにはあの方々のお心は知りようもありません。ですがエリシア様、あの方はとても面白い方ですね。彼女の会談中の私への態度をご覧になりましたか?あのような物言いをなさるのに、何の違和感も覚えていらっしゃらないようでした。」


ミセリアの口調はとても傑赫七聖けっかしちせいなどという肩書きに似合わないたいへんおっとりとしたものである。

しかし、彼女の言をそのような印象で軽んじるものはこの場にいない。

ラフェラが思案顔で深く息を吐いた。


「つまり、()()ではないということか。」


ミセリアは頷く代わりに軽く口角を上げる。


「やはり難しい相手だ。エリシア・レステリア、彼女の頭の中は一体どうなっているのか。」


この世の聖人の最高峰たる七聖主席、ラフェラ。

彼の美しい白銀の瞳は、しかし迷子の羊のように揺れていた。


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