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第3話 七聖会談(3)

会談はいよいよ膠着状態に陥ろうとしていた。

魔女討伐を主張しながら、自分たちが先導することには否定的な法王国。

地政学的な思惑から南東国家軍に手を貸したくない帝国。

そして、合理性の観点から遠征は不要とする王国。

三者三様の立場をとる列強国の聖人たちは、互いに一歩も譲らぬ雰囲気である。

そんな中、これまで会談の行方を静観していた男がそっと手を挙げる。

深緑の長髪を丁寧に後ろでまとめた男は、上質な紺のジャケットの着こなしにも一切の乱れがない。

その表情や所作からも、彼が実直な男であることが窺えた。


第5席 クレイ・スキンズ


彼は今回の会談から傑赫七聖けっかしちせいに加わった新顔であり、史上初めて四大列強以外の出身で七聖に選出された人物である。


「昨年任命を受け、今回の会談から第5席を拝することとなった、クレイ・スキンズと申します。エレソフィ王国にて男爵位を賜っております。」


男の言葉にオーヘンの眉がぴくりと上がった。


「ほぅ?南東出身者という訳か。」


レスターの声色は、まるで獲物を見つけて悦ぶ獣のようである。


「いかにも。私の故郷は南島国家群の一部であり、今回の件では渦中にある。ゆえに私は当然この討伐任務に参加するつもりです。しかし、相手は既に多数の死傷者を出している強敵です。万全を期すため、私としては是非にエリシア王女殿下に助力を願いたい。」


クレイの言葉は端的であり、婉曲的な表現で互いを牽制しあうことが常である貴族の会話としてはいささか不自然であった。

しかし、ひどく無駄を嫌うエリシアに対しては彼の姿勢こそ正解であるといえるだろう。


「悩める新人が助けを求めているが、どうされるのかな、エリシア王女殿?」


いちいち嘲笑的なレスターの態度にエリシアが取り合うことはない。

それはクレイにしても同じことであった。

両者とも彼の挑発的な物言いに表情を一切変えず、ただ思考のみを回転させる。


「先ほども言ったが、国を空けてまで私が外征に赴くだけの利がない。レステリアにとっても、聖教にとってもだ。」


ここでエリシアが()()ではなく()()という言葉を使ったのは、信仰ではなく教会の面子のために七聖を動かそうとする聖職者たちへの鋭い牽制であった。

そのことに気付いたラフェラがわずかに顔をしかめる。

一方、クレイがエリシアの態度に不快感を覚えることはない。

彼はきわめて優秀な男であった。

七聖の面々について出来うる限りの情報収集を事前に行なっていた彼にとって、エリシアの一連の発言は概ね予想通りのものであったし、彼女と同じく合理的観点に立てばむべなるかなと思える論理だったのである。

そして、予測できた事態には当然対策を用意していた。


「利はあります、エリシア王女殿下。南東には広大な鉱山地帯が存在することはご存知でしょう。討伐が成功したあかつきには、南東における鉄鉱石の採掘権の2%を譲渡します。また、燃料用の木材を今後10年公定価格の3割引きで輸出します。いかがでしょう?」


エリシアは何事か考えるようにしばらく沈黙した後、それまでよりもほんの少し力のこもった眼差しでクレイを見つめた。


「…なぜ、その条件を?」


ひとまずエリシアが話を聞く気になったことにクレイは内心で安堵したが、同時に自らが値踏みされているのだという確かな実感が彼に緊張を覚えさせる。


「貴国は現在、戦線を抱えていない。しかし、恐れながらそれは仮初の平和、次の戦争のための準備期間にすぎない。戦には鉄が要る。潤沢な鉄の供給源に支えられた軍備は、他国に対する抑止力にもなり得ます。また、貴国は近年、森林減少による木材不足の傾向にある。本格的に枯渇する前に、有利な形で我々との取引を成立させておくことは、十分な実利といえるでしょう。」


淀みなく答える彼の様子からは、彼がこの会談に向けていかに入念に準備を行ってきたかが窺えた。

しかし、エリシアの反応はあまりよいとはいえない。

やや細められた彼女の目には、厳しい色が映っていた。


「まず、譲渡する採掘権の割合が小さすぎる。7%はなければ話にならない。それから木材に関してだが、我々の試算からそれほど深刻な枯渇に見舞われるとは考えていない。そして何よりの問題は、南東と我が国は地続きではなく、間に存在する帝国が通過権を認めるとは思えない点だ。これでは海路を使うしかない。」


話を聞くレスターの愉快げな表情が、帝国は通過権を認めないというエリシアの言葉が正しいことを物語っている。

レステリアと南東国家群の間で海上交易路はそれほど発達していないため、陸路を使用できないとなるとその新規開拓のため、莫大な投資が必要となる。

レステリアとしては、そうまでして南東との貿易を活発化させたい理由はなかったのである。

そもそもこの時代、教会は中央世界の国々と非聖教圏との交流を推奨しない立場をとっていたため、大陸外との貿易はほとんど行われず、中央列強どうしの陸路での貿易が主流であった。

そのため、海路を活用した貿易自体がそれほど一般的ではなかったのである。

唯一の例外として、西大洋の島々を国土とするセグレシア帝国のみが海洋貿易を独自に発達させており、中央世界の海における覇権は完全に彼らが手にしていた。

その中にあって、他の中央諸国との間に敵対国家である帝国の領土を挟む南東国家群はこれまでまともな対外貿易を行えずにいたのである。

エリシアの指摘は概ねクレイの想定どおりのものであったが、唯一彼女が木材を欲しがらないことだけは腑に落ちなかった。

彼は事前の情報収集で、近頃複数のレステリアの大商人が石炭を買い集めていることを掴んでいた。

商人の顔ぶれを見れば、その背後にエリシアの存在があることは明白であり、クレイはこれをレステリアの木材不足に先んじたエリシアの動きであると考えていたのである。


「わかりました。採掘権の譲渡率に関しては4%までは引き上げ可能です。貿易路に関してですが、我々には海路での貿易に参入するレステリアの商人に対して支援金の準備があります。それに、これからの時代海上輸送の発達はレステリアにとっても悪い話ではないはずです。…それから、木材に関してですが、不要というのなら代替となるものを用意しましょう。」


クレイは木材を求めていないというエリシアに提示すべき物を見つけられずにいた。

木材の不足を懸念していないというのであれば、わざわざ扱いの難しい代替燃料である石炭を集めている理由がわからなかったからである。

彼にはエリシアが何を求めてどういう意図で動いているのかが掴めなかった。

そしてその答えはエリシアの方から明らかにされることになる。


「…5%、それ未満は認められない。それと代替というのであれば、石炭の採掘権を25%頂こう。そのうえで産出した石炭をレステリア本国へ海上輸送する商人に助成を行ってもらう。それが呑めるならば私も今回の魔女討伐に同行しよう。」


エリシアの言葉にクレイは戸惑いを隠せない。

他の面々も同様で、皆怪訝な表情を浮かべた。

採掘も輸送も難しいうえ、燃焼にかなりの高温が必要となる石炭を、木材が足りている状況でわざわざ外国から集める理由がこの場の誰にもわからなかったのである。

しかし、エリシアに質問したところで答えが返ってきそうもないことは、クレイをはじめ誰もが理解していた。

南東国家群の命運を背負ってこの場に臨んでいるクレイとしては、彼女の真意が測れずとも条件を呑む以外に選択肢はない。


「…わかりました。持ち帰って前向きに検討させていただきましょう。」


クレイにはそう答えるのがやっとであった。


「いいだろう。すぐに外交団を送るといい。私も本国へ連絡しておく。」


それきりエリシアは口を閉ざしてしまう。

魔女討伐の見通しが立ったというのに、議場には何ともいえない空気が流れていた。

ラフェラは一連のやり取りを顰め面で見つめていたが、会談が一応の成果を見たと判断して話し合いを締め括る。


「ここは国家間の取引の場ではないのだが…いた仕方あるまい。それでは、南東における魔女討伐は第4席エリシア・レステリア王女および第5席クレイ・スキンズ男爵が協同して実施するものとする。」


終始不穏な空気に満ちたまま、4年ぶりとなった七聖会談は幕を閉じたのであった。





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