第1話 七聖会談(1)
本話より第1章開幕です。よろしくお願いいたします。
ファルム神聖法王国プルミラ聖堂、聖教の総本山にして地上で最も神に近いとされる場所の大広間に、その純白の円卓は用意されている。
普段は多くの信徒が訪れる聖堂だが、この日は聖職者ですら立ち入りが制限され、早朝から聖騎士団によって厳戒態勢が敷かれていた。
白を基調とした洗練された内装は、息を呑むような荘厳さを感じさせる。
まさに神の威光を体現するかのようなこの壮大な空間にただ円卓のみが置かれた光景は、視覚的にきわめて不均衡なものであったが、しかし確かに7人の男女が囲むその円卓は、この空間を完全に呑み込んでいた。
みなどこか浮世離れした雰囲気を感じさせる彼らは、中央世界の各国よりこの場に集められた奇跡の担い手。
この世で最も濃密な神の寵愛を賜るとされる7人の大聖人。
それぞれが単独で幾万の軍に匹敵し、時に災害すらもその力で跳ね除ける救世の英傑たち。
人は彼らを尊崇の念をもってこう呼ぶ。
傑赫七聖
プルミラ聖堂の大広間には、神が阿鼻叫喚の地獄であった太古の人間社会を嘆き流した血涙によって染まったとされる、巨大な深紅の垂れ幕が吊るされている。
白を基調とした空間にあって、この赤が放つ存在感は人々の意識を容易に支配するものであった。
これが地上における人類の崇拝を具体的に受け止める物質としての役割を担う、いわば聖教における偶像である。
その垂れ幕から最も近い席に座る銀髪の男。
年の頃は30といったところであろうか、端正な顔立ちは同時に気難しさを感じさせ、近寄りがたい雰囲気を放っている。
正午を知らせる鐘の音とともに、男は静かに目を開いた。
そして、この聖教的にきわめて重要な会談の一言目を紡ぐ。
「それでは、七聖会談を始めよう。」
男の一言に、元より荘厳であったその場の空気はさらに厳格さを増し、もはや異様と形容せざるを得ないものとなった。
世界最高位の聖人たちによる会談が、今その幕を開けたのである。
「前回の会談より4年が経過した。本来であれば年に1度、この場に七聖が集うべきだが、それを許さない国際情勢の在り方について、私はきわめて残念に思う。」
男の言葉によい顔をするものはいない。
大陸西部を支配するレステリア王国、中央世界最大の国土面積を持つエオレンツ帝国、西大洋の島々を根拠とする海洋国家セグレシア帝国、そして大陸南部に位置する聖教発祥の地、ファルム神聖法王国。
この場にいるのはほとんどがこれら中央列強国において要職を拝する人物であった。
男は、神聖法王国を除く三列強が互いの利権を巡って同じ聖教圏内で対立を深める現状を非難しているのだ。
開始早々に流れたいやな沈黙を破ったのは、銀髪の男の左隣に座る人物であった。
「ラフェラ卿、我々は多忙でね。お小言は抜きにして本題へ入って頂けるとありがたいのだが?」
嫌味な笑みを浮かべる黒髪の男は、レステリアの東方、強大な軍事力を誇る四大列強の筆頭格、エオレンツ帝国が第1皇子レスター=エオレンツである。
常に顔に貼り付けた薄ら笑いは、全く笑っていないその鮮紅の瞳と合間って人間離れした不気味さを感じさせる。
両者の間に冷ややかな緊張感が流れるが、常人ならば泡を吹いて卒倒しかねないこの空気に萎縮するような者は、この場に誰ひとりとして存在しない。
皆各国の要人であるにもかかわらず、護衛ひとり付けずに円卓に座ることをよしとしていることだけからしても、彼らの肝の据わり様が窺えた。
銀髪の男、ラフェラは元々固い表情をさらに厳しくしたが、レスターの軽薄な笑みをじろりと見て、諦めたようにふうとひとつ息を吐いた。
「…いいだろう。第2席に座する者の言としては不適切にすぎるが、私とて諸君らと口論をするために会談に臨んでいるのではない。今回の議題は、言わずともわかっているとは思うが、南東国家郡を脅かしている魔女についてだ。聖教にあだなす人外の怪異が、信仰に帰する無辜の民を蹂躙している。看過できない。ゆえに我ら七聖が神の名の下に討伐する。」
魔人あるいは魔女とよばれる者たちは、聖人のいわば対極にある存在として広く知られているものの、その実態については不明な点が多い。
ただひとつ共通していることは、信仰を足蹴にしていながら聖人にも匹敵する強大な力を行使する点であり、人々は彼らの力を魔術とよび恐れた。
彼らの出現は世界各地で起こっており、歴史上幾度となく、前触れもなしに現れては人々に災厄を振りまいてきた。
彼らの戦闘力は絶大で、現地勢力のみでは対処しきれないことがしばしばであり、その場合は教会から聖騎士団が派遣されるのだが、稀にそれすら返り討ちにしてしまう個体が存在する。
聖騎士団は比較的濃い恩寵をその身に宿す者たちで構成される精鋭集団であり、団長クラスは皆中位以上の聖人である。
その聖騎士団をもって対処不可となれば、必然その討伐を請け負うのはそれよりも上位の存在となる。
そして教会の切れる手札の中で、聖騎士団を圧倒するほどの実力を持った組織は、傑赫七聖のみであった。
今回ラフェラが議題に上げた魔女は、2年前に南東国家群でその存在が確認されてから、1000人近い死者行方不明者を出しており、うち137名が現地教会の派遣した聖騎士団員であった。
「ほう、それは重要な使命ですねラフェラ卿。しかし、現地の国軍連合勢力は何をしているのかな?教えに唾吐く獣ごときを独力で撃破できない彼らに独立国家を名乗る資格があるのだろうかね?」
レスターはくつくつと笑う。
彼とて南東国家郡の力で上位聖人にすら対抗し得る魔女を撃退できないことはわかっている。
しかし彼らはあくまで独立国家としての主権を主張し、内政への外部からの干渉を許さない。
それは南東への領土拡大を目論む帝国にとって、国土や主権は渡さないが、困っている時は助けてくれという身勝手な言い分ととれるのである。
そんな者たちの為に自分の力を使えというのかとレスターは言外に問いかけているのである。
それは帝国の政を預かる者として至極正当な言い分であったが、聖人たるもの社会的、政治的立場によらず聖教の敵を打ち払うため奇跡の力を行使すべきと考えるラフェラにとっては不快な発言であった。
「貴殿の主張は理解した。きわめて残念なことだが、神が貴殿を選んだ以上、それもまた信仰のひとつの形態として認めざるを得ないのだろう。そしてそれは、オーヘン卿、同じ帝国の者である貴殿の意見でもあるということかな?」
ラフェラは7番目の席につく禿頭の男、ヴェルタ=オーヘンへ問いかける。
彼は帝国貴族のひとりであり、そして4人しかいない帝国軍大将の一角であった。
「いかにも。」
オーヘンは短く返答し、それきり何も言わない。
彼はこの会談でまともに発言する気がないようであった。
ラフェラは軽くため息をつき、次の者へと声をかける。
「仕方ない。では貴殿はどうか?」
ラフェラの視線を遣った先、第4席に座る女性。
雪のような肌に深い紫の髪と瞳をもつ少女、その凛とした姿は見る者に呼吸を忘れさせるほどの美しさである。
しかし、彼女の放つ雰囲気はどこまでも冷たく、人間味を一切感じさせない無機質なものであった。
まるで何かの装置が、ただそこに置かれているかのような。
レステリア王国第3王女、エリシア=レステリア
それまで我関せずと沈黙を貫いていた彼女が、今ゆっくりと口を開く。