第12話 宣戦布告
突然の襲撃。
護衛の幾人かは主君を守ろうと動き出すが、刺客の放った破片が届くほうが遥かに早い。
それでも彼らは優秀な部類であったといえよう。
ほとんどの者は訳も分からず微動だにできていなかった。
大小無数の破片が、明確な殺意をもって館内の人々に迫る。
そして、その全てが文字通り目前でぴたりと静止した。
まるで時が止まったかのように。
「…スキンズか。」
ティーカップを片手にエリシアが呟く。
彼女の眼前にも例外なく鋭利な破片が迫っていた。
次の瞬間には、それら全てが力を失ったように地に落ちた。
刺客はひらりと宙返りして静かに着地してみせる。
「ルクレア」
「はい」
エリシアに名を呼ばれると同時、目にも留まらぬ速さで飛び出したルクレアの表情には、平時の天真爛漫な少女の面影は無い。
敵の命を刈り取ることにのみ意識を注ぎ込む、完成された兵士の目つきであった。
腰に差した2本の剣のうち、片方を抜き放ち急速に間合いを詰める。
剣戟、火花が散る。
刺客は懐から出した短刀で応戦した。
すぐさま2撃、3撃目が繰り出される。
刺客は一旦距離をとろうとするがルクレアの速攻がそれを許さない。
「ぼけっとするな!」
意外なほど大きなエリシアの声が響いた。
「各国護衛の者は要人らを避難させろ。スキンズ、卿が避難誘導の指揮を執れ。セリエ、クロイス、そちらの援護に。」
「了解。」
「はい〜。」
2人が即座に行動を開始する。
エリシアと白煉の対応が、人々に恐慌状態に陥る暇すら与えない。
「しかし、応戦が彼女ひとりでは!」
クレイはエリシアの判断に異を唱える。
七聖たる自分が敵に背を向けることを良しとできないのであろう。
「侮るな。この程度の雑魚に万一でも遅れを取るような訓練はしてきていない。」
エリシアは有無を言わせない。
現れた刺客はクレイの目から見てもかなりの手練れであったが、これ以上の議論は無駄と諦め彼女の指示に従った。
「エクスバルト」
「はい。」
「卿は外へ出て敵を掃討しろ。なるべくこちら側の死傷者を減らせ。」
「かしこまりました。」
当然、会見にあたって館外には多数の警備兵が配置されていた。
刺客が正面玄関から雪崩れ込んでこなかったことを見るに、壊滅したという訳ではないであろう。
しかし、放っておくのは危険であるとエリシアは判断した。
自身が最も信頼する者のひとりを送りこむことに決定する。
例に漏れず、ルインの行動は素早い。
既に館内にその姿はない。
非常用通路を使用し、諸王含む要人らの避難が始まった。
ルクレアは刺客と激しい近接戦を続けている。
形勢は明らかにルクレア有利であった。
使用する武器の間合いはルクレアのほうが長く、かといって取り回しに一切の無駄がないため刺客は一方的に押される形となる。
落ちた破片が再び浮き上がって死角から何度も迫るが、ルクレアは全てを躱すだけでなくその動きから連続して攻撃に転じていた。
先ほどから何度かルクレアの剣が刺客の身体を捉え、数カ所から流血しつつ辛うじてルクレアに応戦しているような格好である。
しかし、クレイには見た目ほど楽観できる状況とは思えなかった。
ルクレアの剣捌きは恐るべきものだが、どこか決め手に欠けるように感じられたのだ。
有利に戦いを運んでいながら、敵に致命傷を与える気配が無い。
彼女が卓越した技術を持つことは確かなことであったが、押している彼女のほうがどこかやりにくそうにしているように、クレイは感じた。
避難誘導を行いつつ、戦闘の行方を見守る。
ルクレアの戦いを見るうち、徐々に違和感が鮮明なものとなってくる。
(何だ?何か慣れないことをしているような…いや、そうではない。より熟練した別の技術が彼女の動きに雑音を生じさせている?)
ふいに、エリシアと目が合った。
表情変化に乏しい彼女が、あからさまに何か厄介なものを見るような目でこちらへ視線を送っている。
クレイはそこに明確な意図を読み取った。
(なるほど。信頼できないのは私も同じか。)
クレイは戦闘から意識を逸らして避難誘導に専念する。
それが今この場においての最適解であると、エリシアの視線が判断させた。
ほとんどの人間が退室を完了し、残るは数名となる。
「…エリシア殿下、お気をつけて。」
不要な心配であることは、クレイとて承知している。
しかし、言わねば気が済まない。
彼はそういう性分であった。
「…ああ、気遣い感謝する。」
クレイはエリシアの反応を意外に思ったが、すぐに得心がいった。
ルクレアの戦闘に感じた違和感から目を背けたことに対する言葉であった。
クレイが非常用通路に入り、部屋にはエリシアとルクレア、そして謎の刺客の3人のみとなった。
「ルクレア、人目は消えた。奇跡の使用を許可する。速やかに処理しろ。」
「了解。」
ルクレアの剣が勢いを増す。
刺客はそれも受け止めるが、それと同時にルクレアが身を捩って刺客の胸を蹴り飛ばした。
反作用で互いの距離が開く。
刺客はすぐさま体勢を立て直すがルクレアの攻撃は速い。
手にしていた剣を刺客の頭部へ向けて投擲する。
ひゅうと甲高い音を立てて飛来する剣をぎりぎりで躱すが、ほんの一瞬ルクレアから目を切らざるを得ない。
次に、彼女の姿を視界に捉えた時には既に懐まで潜り込まれていた。
手には腰に佩いていたもう1本の剣を握っている。
きわめて細身で軽量、先端の鋭利な形状。
レイピアであった。
十分に速かった今までの動きと比較にすらならないほどの高速で刺突が繰り出される。
刺客は明確に死を意識しながらも、必死でそれを避けようとした。
陽光をきらりと反射した剣尖が、空を切る。
この瞬間、刺客は勝利を確信した。
全力をもって繰り出された突き、ルクレアは反撃に備えた体勢をとれていない。
刺客はすんでの所で身を躱し、剣はフードの端を掠めた程度であった。
しかし、ルクレアの口角は僅かに上がった。
違和感。
刺客が最期に覚えたのは得体の知れぬ危険であった。
「それ、お洒落のつもりなわけ?おかしなもの被ってるからこうなるのよ。」
視界が真白な閃光に包まれ、そして意識を永遠に手放した。
フードの端に触れた切先から爆炎が上がり、刺客の首から上を跡形もなく消し飛ばした。
ルクレア・エリステア、中央世界最強を誇る精鋭、白煉隊に所属する中位聖女の奇跡が、その圧倒的な力を証明したのであった。
ルクレアは投擲した剣を拾って鞘に収める。
エリシアは立ち上がって刺客の亡骸に歩み寄った。
「…これでは顔もわからないな。」
「も、も、申し訳ありませんエリシア様!私の過失です…」
しゅんとするルクレアは、今しがた人を殺めたとは思えない素振りである。
「責めているのではない。外にはまだ敵がいる。エクスバルトなら手頃な者を生かして捕えてあるだろう。問題ない。」
部屋の奥の方から走る音が聞こえ、非常用通路からクレイが姿を現した。
刺客の遺骸とエリシアたちを見て、状況を把握する。
「護衛の方もご無事でしたか。」
「当然だ。半端な訓練はしていないと言っただろう。」
遺体の状態と先ほど聞こえた爆音から、ルクレアが何らかの奇跡を行使したことは明らかであったが、クレイがそこに触れることはない。
「避難はほぼ完了しました。我々も外へ出て迎撃にーー」
クレイが言い終わるより早く、轟音が場を包む。
会館の壁が崩壊し、吹き飛ばされるような格好で人が飛び込んでくる。
ルインであった。
「きゃははっ!そんなもんですかー?白煉さぁん??」
崩れ落ちた壁の淵に、何者かが足をかけて立っている。
ルクレアと戦った刺客と同じ黒い外套を身に纏い、しかしフードは後ろに垂らして顔をはっきりと見せている。
少女であった。
歳の頃は10代後半あたりであろうか。
乾いた血のような赤色の髪は肩口で少し外にはねている。
同じく朱殷の瞳は大きく見開かれ、整った顔に似合わない獰猛な笑みを浮かべている。
「あっれぇー??ベリフィル死んだの?不味いんだけど!?…ま、いっか!きゃはははっ!」
ルインが立ち上がって体勢を立て直す。
「申し訳ありません、殿下。少々厄介な敵がいるようです。」
「あら?けっこう本気で吹っ飛ばしたのに、お兄さん頑丈だねぇ!あれれ?隣のお姉さんはもしやエリシアちゃんかなぁ??」
エリシアは何も返さない。
「んー無視かぁ、傷ついちゃうなぁ!」
少女は大げさに頭を抱えてみせる。
「ま、それなら別の方法で確かめればいいよね。」
表情が消え、帯のような赤い光が少女の周囲を取り巻いた。
「来ます。」
ルインが警戒を強める。
少女の目が再び見開かれ、赤い光が八方からエリシアに迫る。
ルインとルクレアがエリシアの盾となるべく割って入るが、光の帯は蛇のようにうねって彼らの間をすり抜けた。
「させるかっ!」
クレイの力が発動し、光はその場に貼り付けられたように動きを止める。
しかし、全てを捌ききれず数本がエリシアの身体へと飛びかかった。
石造りの床が激しく砕け散り、砂埃が巻き上がる。
「きゃはっ!」
ルクレアの爆裂に匹敵する威力であった。
しかし、砂塵の奥にエリシアの亡骸は無い。
「へ?」
エリシアの蹴りが少女の脇腹を捉える。
破裂音を伴って少女の身体が吹き飛ばされ、勢いよく床に転がった。
エリシアは音もなくゆっくりと着地する。
「…き…ひひ…素の身体強化だけで…やっぱり…エリシアちゃんじゃん」
折れた肋骨が肺を貫いたのだろう。
少女はひゅーひゅーと音を立てて浅い呼吸を繰り返す。
「それがどうした。」
這いつくばる少女をエリシアは無表情で見下ろす。
「エクスバルト、これの力は?」
蹴りを入れる直前、自らの脚と少女の脇腹の間に一瞬赤い光が生まれたのを、エリシアは見逃していない。
「恐らく、光に触れると斥力のような力を受けるものかと。」
エリシアが僅かに目を細める。
一撃で致命傷を与えるつもりで蹴ったにもかかわらず、少女はまだ口が聞ける状態であった。
見た目ほど損傷は大きくないであろう。
「斥力で蹴りの威力を相殺し、あえて自らの身体を吹き飛ばすことで直撃を避けたか。」
「きゃはっ…頭まで…いいなんて…妬けちゃう」
少女はむくりと起き上がり、不敵に笑う。
随分と呼吸も落ち着いてきていた。
「あなたがエリシアちゃんなら、うちも名乗らないとだね。」
「何?」
「これなーんだ?」
少女が外套の下から首に下げた何かを取り出す。
明緑の八面体をした石であった。
「それは、報告にあった魔女の」
「せーいかーいっ!きゃははっ!」
エリシアの頭にひとつの可能性が浮かぶ。
「うちの名前はアルネ・ストーナ。魔女様を害そうとする不届き者のみんなに、魔教会を代表して宣戦布告に参りましたっ、きゃはっ!」
「魔教会だと!」
クレイの顔が嫌悪に歪む。
「いやーん怖ぁいっ、怖くて手が滑っちゃう!」
石が光を放ち、横一線に明緑の炎が立ち昇る。
「魔女の力か。」
「またまたせいかーいっ!1度触れたら死ぬまで消えないから気をつけてね!」
エリシアは腰の剣に手を掛けた。
「わー!やっと本気になってくれたの?でも今日はもう帰らないと!また会いましょエリシアちゃん!あ、そーだそーだ忘れちゃいけない。」
アルネは片側の潰れた肺に大きく息を吸い込んだ。
「グラナ森林に七聖が踏み入れば、我ら魔教会はここサラントの地を血で染め上げる。ゆめゆめ忘れるな。っと、じゃあ今日のところはばいばーいっ!」
無数の赤い光が天井へ放たれ、大評議会館は完全な崩落を始める。
落下する巨大な天井の断片をクレイが静止させるが、質量が大きすぎて長時間は保てない。
やむなく全員が館外へ退避し、クレイが奇跡を解除すると同時に、サラント大公国の歴史と権威の象徴は瓦礫の山へと成り果てた。
崩落の後にはアルネの気配は無く、ベリフィルと呼ばれた刺客の遺体も消えていた。
「どうも面倒なことになってきたな。」
エリシアの独り言に、全員が内心で同意せざるを得なかった。




