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第11話 急襲

翌朝、エリシアたちはシエルダ邸を出発した。

別れの際、見送りに出てきたラピアの表情は今までになく晴れやかで、伯爵などはそれに怪訝な顔をしたが、もはやラピアにとっては些細なことであった。


「シエルダ卿、世話になった。感謝する。」


エリシアは定型的な挨拶をした。


「滅相もない。またいつでもお越しください。」


そして、馬車へ乗り込もうとして2、3歩進み、立ち止まった。


「…それと、シエルダ卿」


「はい?」


「娘は大事にしてやれ。勇敢だった子息と同じだ。替えは利かない。」


それだけ言って、振り返ることもなくエリシアは車内へと姿を消した。

クロイスがそっと合図をしてやると、馬が足を進め車輪が回転を始める。


シエルダ伯爵は苦い顔で俯き加減であったが、ラピアは小さくなっていく彼らの影を希望と感謝をもって見送った。






それからさらに3日ほどで、エリシアたちは南東部国境へと辿り着いた。

そこから南東国家群への経路は2通りで、東の帝国領を通過して南東へ入る陸路と中央大陸と南方大陸を分ける内海を横切って渡る海路があった。

海路の方が旅程はかなり短縮されるのだが、今回は陸路を使用する予定であった。

理由は簡単なことで、帝国領内を通過する際にエリシア一行に物資などを援助することで魔女討伐に協力した形をとりたいレスターたちの思惑に教会が押し切られたのである。

当然エリシアは反発したが、余計な議論をしている間に事態が悪化しては元も子もないため、陸路を最速で移動することとしたのであった。

そのため、南東部国境から海路を挟んで12日程度の距離を、陸路での回り道で彼らが走破したのは国境を出てより22日後のことであった。




サラント大公国は、スタラーナ半島北西端に位置する南東12カ国の玄関口である。

王国を名乗らないのは主権を有しないからではない。

3つ存在する公爵家当主の中から国家の代表たる大公を選出し、民の承認によって統治権が成立するという独自の政治体制を持つがゆえの国号であった。

宮殿に併設された大評議会館は、南東諸王会談を含む重要な外交場面で使用されてきた。

歴史を感じさせ、それでいて古ぼけた印象を与えない意匠は確かな格式の証である。

この日、大評議会館に備えられた長机を囲んだのは、南東国家群を構成する12カ国の長であった。

代理などいない。

全員が各国の最高統治者その人である。

その顔ぶれこそが、これから始まる会見の重要性を示していた。

高窓から秋の柔らかな陽光が差し、大事に臨む面々の顔を照らす。

澄みきった空とは裏腹に、諸王の表情は硬い。

周囲には各国の高官と護衛が控え、エレソフィ王国の一団には七聖クレイ・スキンズの顔もある。

静寂の中、張り詰めた緊張感が議場を支配していた。



ふいに、日が陰る。

館内にすっと影が下り、何人かが外を見やるように視線を上向けた。

ほんの一瞬、その僅かな注意の途絶を叱責するかのごとく、彼女の来訪を告げる声が高らかに響いた。


「レステリア王国より、第3王女エリシア=ソフィーレア・レイ・セリアベルク・レステリア様の御成りでございます。」


扉がゆっくりと開かれる。

同時、彼女の進む道を讃えるように再び館内に光が差した。

純白に銀の装飾が施された装束に身を包み、エリシアは入場する。

深い青の絨毯を踏みしめて歩く彼女の姿からは、儀礼として読み上げられた大仰な名に相応しい品格と威厳が感じられた。

腰に帯びた剣は衣服と同じく銀で装飾された白い鞘に納められている。

中央世界に知らぬ者のない、一度ひとたび振るえば地平の果てまで両断すると云われるエリシアの愛刀であった。

もっとも、彼女自身は別段剣に思い入れがある訳ではないのだが、刃こぼれもせず血にも汚れないため交換の必要がなく、長らく使い続けているのであった。

エリシアに続いてルイン、セリエ、クロイス、ルクレアの4名が入場し、扉が閉まる。

ただひとつ空いていた席にエリシアが座り、南東の命運を懸けた戦いの幕が、切って落とされた。


「歓迎します、エリシア王女。此度は我々の要請に応じていただき感謝の念に絶えない。」


まず口を開いたのはサラント大公である。


「お言葉感謝いたしますが、時間がないのでしょう?互いに儀礼は抜きにして本題へ入りましょう。」


合理的ではあるものの、本来ならば非礼となりかねない発言である。

しかし、エリシアの言葉を真っ向から否定できる者などこの場にはいなかった。


「…それでは、余が説明しよう。」


重々しく発したのはロミネア王である。

最大の当事者であるロミネアを統べる彼が事の説明にあたるのは当然の流れといえた。


一連の経緯が事細かに語られてゆく。

エリシアは終始顔色を変えずにロミネア王の話を静聴していた。



「それでは、魔女の言う通り森へ立ち入らねばよい話では?」


全てを聴き終えて出たエリシアの一言目に、場の空気が凍りつく。


「お戯れを。魔女にグラナ森林を明け渡せと?」


ロミネア王の声が一段低くなる。


「元より人の出入りがほとんどなかった場所なのでしょう?何か問題が?」


「あるに決まっている。グラナ森林はスレビア王国とベルゲール帝国との三国間国境にまたがる広大な森林だ。それをくれてやるなど、新たな小国家の独立を認めるようなもの。」


「ですから、お認めになればよろしい。」


「何ぃ?」


ロミネア王の頭に血が上る。

一国の王の機嫌を損ねておいて、当のエリシアはいつも通り涼しげであった。


「怪火の魔女とやらは単独で自らの領域を防衛できるのでしょう?それを貴方がたと聖騎士団の戦果が証明した。主権を守るに足る力と、それを振るう人間、あとは領土が揃えば立派な国家です。」


「魔女は人間ではない!!」


「それは思想の問題では?」


話し合いは思わぬ方向へ進み始め、議場にざわめきが広がる。


「魔女討伐には参加しないということか?」

「しかし七聖会談で合意は成ったはずでは?」

「大国の王女とはいえあの物言いはいかがなものか。」

「端から我らと戦うつもりなどなかったのでは?」

「所詮は他人事ということだ。」

「では何をしにここまで来たのだ?」

「我らを笑いに来たのであろう。さすがは狂気のーー」


「静粛に!!」


男の声が響き、議場は再び静まり返る。

エレソフィ王国の一団から、深緑の髪の男が歩み出た。


傑赫七聖けっかしちせい第5席、クレイ・スキンズと申します。高貴な方々の話し合いに許可もなく口を差し挟む無礼をどうかお許しください。」


「うむ、許そうスキンズ子爵よ、申してみよ。」


エレソフィ王が白い顎鬚を撫でながら言う。


「ありがとうございます。エリシア王女殿下のご発言にはいささか行き過ぎた所がございますが、非当事者であるレステリア代表の意見と捉えれば理解はできます。しかし、魔女討伐に参加するという条件で我々と殿下の間に合意を形成したはず。七聖としても魔の勢力を討ち滅ぼすのは当然の責務かと考えますが、エリシア殿下にはご賛同いただけないのでしょうか?」


問いただすようなクレイの発言を受け、しかしエリシアは気分を害したような様子は一切なく、むしろクレイの介入を待っていたかのようであった。


「まさか。討伐には協力するとも。しかし、こちらは命を懸けて戦うのだから、目的と落とし所は明確にしてもらわねば困るというだけのこと。」


「…というと?」


エリシアに皆の注目が集まる。


「討伐が困難な場合、何をもって終戦とするのかと聞いている。」


議場に衝撃が走る。

エリシアの発言は、魔女との交渉を前提にしていると受け取れるものであった。

しかし、古来理解不能の怪物とされてきた魔女との駆け引きなど誰も想定していない。

正気を疑う発言であった。


「冗談ではない!」


すっかり顔を紅潮させたロミネア王が机に拳を叩きつける。


「七聖ともあろう者が魔女と話し合いなど!狂気の沙汰だ!!落とし所などあるものか、殲滅だ!それ以外にはない!!討伐できなければ資源に関する合意も破棄させてもらう!!」


クレイはエリシアの意図を測りかねていた。

彼女が今回の討伐に後ろ向きであることは承知している。

しかし、そのうえで自国の利益のために取引を交わしたのだ。

遠路はるばる南東までやって来て、個人的感情で合意をひっくり返すような真似を彼女がするとも思えなかった。

少なくともこの会見までは魔女討伐に協力する意思を持って行動していたはず。

何が直前になって彼女の気を変えたのかが、クレイには皆目見当も付かなかった。


「勘違いしてもらっては困ります、ロミネア王。私が合意したのは討伐任務への参加まで。その成否は契約内容に含まれていません。」


「何だとぉ!それでも一国の王女か!そのような詐欺紛いが通用するとーー」


「ロミネア王!」


クレイが声を張り上げる。


「お気持ちはわかりますが、どうかお鎮まりください。これは合意の際に確認を怠った私の落ち度にございます。」


ロミネア王は憤懣やるかたなしといった様子であったが、クレイが割って入らなければ危うく大国レステリアの王女に対して名誉を汚す発言をする所であったため、しぶしぶ口を閉じた。


「エリシア殿下、何か気掛かりがあるのでしたらお教えください。最大限の対処をお約束します。」


クレイはエリシアの出方を窺うことにした。


「…全て。」


「はい?」


クレイは生涯、後にも先にもこの時ほど間抜けて上擦った声を出したことはない。

再び、議場がざわめく。


「何をもって、全てと申されるか?」


ベルゲール帝がエリシアに鋭い視線を向け、問う。


「言葉通り、全てですとも。なぜロミネアで対処しきれないのであれば他国籍の討伐隊を編成しないのです?七聖への依頼はその後でしょう。各国が、そして聖騎士団までもが戦力を出し渋り、それゆえに半端な威力偵察しか行えず敵の実像も定かではない。戦いは闇雲に奇跡の力を振るえば良いというものではありません。事前の情報収集と作戦立案が勝敗を分けるのです。今回のようなひどく杜撰な計画に乗れと仰るのであれば、せめて撤退条件くらいは明確にしておいてもらわねば困ります。後から難癖を付けられてはたまったものではありませんから。」


整然と語るエリシアの指摘に、各国の面々は苦い顔をする。

完全に、痛いところを突かれた格好となった。


「…つまり、エリシア王女は杜撰な我々を信用できぬと、そういうことか?」


ベルゲール帝の問いに、館内の空気が一層冷ややかなものとなる。


「そう取っていただいて構いません。」


そして、エリシアの返答で完全に凍結した。


「…つくづく、我らを侮辱せねば気が済まぬらしい。」


ロミネア王は我慢の限界のようであった。

無論、エリシアはそのようなことを意に介さない。


「侮辱などと、私は事実を申し上げたまで。貴方がたは全てが杜撰だ。共に仕事をするのは不安が大きい。命が懸かっていればなおのこと。その証拠に」


この瞬間、クレイは他の者たちよりも早くエリシアの言葉の先を理解した。

彼がそれに気付けなかったのは、能力の低さゆえではない。

しかし、目の前の存在の気配が大きすぎたがために見逃してしまったのだ。


「このような重要な会見の場すら、まともに警備できないではありませんか。」


甲高い音を立てて、高窓が割れる。

誰もが反射的に視線を上げた先には、黒いフードを目深に被った男とも女ともつかぬ体格の何者かが、宙を舞っていた。

空中で身を捻り、何やら腕を振りかぶる。

砕け散った窓の破片が、意思を持ったかのように整列した。


「伏せろぉ!」


唖然としていた者たちが、クレイの叫びに意識を引き戻されるが、もう遅い。

刺客の腕が振り下ろされると同時、無数の破片が人々を目掛けて降り注ぐ。

ただひとり、エリシアだけがつまらなさそうに用意された紅茶に手を伸ばした。

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