厳正な父親と知らぬ母親
この作品はフィクションです。
実在の人物や団体とは関係ありません。
それからどれくらい眠っていたのか、気がつけば外は日が落ちていた。目覚めた頃に、ちょうどドアをノックする音が聞こえた。
カロン「おぼっちゃま。旦那様がご帰宅されました。」
ルシエル「うん、わかった。」
ルシエルは起き上がると、ベッドの横にある水差しから水をガラスに注いで一気に飲み干した。手で口を軽く拭って、自室を後にした。
廊下を進んで、バロナンの部屋を目指した。少し胃がキューっと握られているような感覚がある。少し怖い。だが、そんな様子を他の誰かに勘付かれたくない。バロナンにはもってのほかである。
ルシエルはバロナンの執務室の前についた。少し震える手でその部屋のドアを叩いた。
バロナン「なんだ。」
扉の向こうからバロナンの声が聞こえた。それに肩が自然と跳ね上がる。少し呼吸を整えた。
ルシエル「ルシエルです。」
バロナン「…………入れ。」
ごくりと息を飲んでルシエルはドアを開けた。部屋の中央にある机に向かっているバロナンと目があった。ギロリと青い瞳で睨まれた。
バロナン「なんのようだ。」
久しぶりに会ったというのに、息子がどのように過ごしていたのか気にならないのだろうか?なんて心の中で思ったが飲み込んだ。
バロナン「道中、山賊に襲われたらしいな。」
言葉を発しようとした時、バロナンが被せて話しかけてきた。誰から聞いたのか、バロナンはいつもルシエルが何をしていたのか知っている。
ルシエル「えぇ。ヴェルが退けてくれましたが、馬車ごと吹き飛ばしてしまって。変わりの馬車を手配しましたが、ちょうど通りすがりの商人に会って馬車に乗せてもらいました。」
バロナン「そうか。」
ルシエル「その馬車でアリスチナの通行審査の門前にきた時、不正行為を行っている騎士がいたので報告をと。」
バロナン「…不正行為?」
ルシエル「どうやら商人に対して通行手形を偽物だと言いがかりをつけて、賄賂を支払わせて門を通過させているようです。」
バロナン「…。」
ルシエル「下手をすれば賄賂を払えば手形がなくても入れる状況になっている。彼らのせいで、許可がなくとも彼らに賄賂を渡すことで、アリスチナに相応しくない人間が入り込んだ可能性もあります。放っておくのは得策ではないと思い、ご報告に。彼らは、その場で叱責しましたがそれ以上は何もしていません。僕には帝国騎士を処分する権限はありませんので。」
バロナン「東側の門か?」
ルシエル「はい。」
バロナン「わかった。すぐに調べさせよう。」
ルシエル「それがいいかと。話はそれだけです。」
ルシエルはバロナンに軽く頭を下げて、背を向けた。そのまま部屋から出て行こうとした時、バロナンに呼び止められた。
バロナン「ルシエル」
ルシエル「はい。」
バロナン「シシリア皇女殿下にドレスは贈ったのか?」
ルシエル「……えぇ。先週贈りました。」
ルシエルは振り返らないまま答えた。
バロナン「そうか。ならいい。皇女殿下はお前からドレスを贈られることを楽しみにしていたからな。」
ルシエル「そうですか。」
バロナン「ルシエル。うまくやれよ。」
ルシエル「…。わかっていますよ。」
ルシエルは張り付いたような笑顔をバロナンに向けて、そのまま部屋から出て行った。
バタンとドアが閉まって、ルシエルは肩の力が抜けた。
ルシエル「…うまくやれ、か。」
バロナンはルシエルによくその言葉を投げかける。別に期待されているわけではない。だが、“私の思い描いたように動け”というメッセージをいつもその言葉の奥から感じてた。
そして、パーティー当日。ルシエルは正装に着替えて、バロナンと共に王宮へ向かう。
盾に刺さった剣と二体の馬とそれを囲むローレルの葉。これがブージェ家を象徴する家紋である。それが刻まれた豪華な馬車と毛並みの整えられた白馬が二対。大袈裟に護衛を連れて王宮へ走る。
道中、街の中はカリスティ帝国の王家を表す緑色で装飾され、祭りのような賑わいを見せていた。そんな街中を颯爽と駆けるブージェ家の馬車を街を歩く人々はキラキラとした眼差しで見つめている。
『ブージェ公爵様の馬車だ!』
『バロナン様がのっていらっしゃるのかしら』
『シシリア皇女殿下のお誕生日を祝うパーティーですから、きっとあの馬車にはルシエル様も乗っているはずだわ!』
『まぁ!一眼見てみたいわ。“帝国一の美男子“ですもの。』
ルシエルは純金を溶かしたようなブランドの髪に、深い海のように青い瞳を持っており、女性にも思える美しい顔立ちをしている。故に、その見た目からアリスチナの淑女の間でルシエルは“帝国一の美男子“と呼ばれていた。
馬車は街中を駆け抜けて王宮の敷地内に入った。門前で馬車から降りて、バロナンと共に中に入った。入城して真っ直ぐ謁見の間へと案内された。
「よく来たな。バロナン。ルシエル。」
バロナン「はっ。我が王よ。」
片膝をつき頭を下げる。
目の前にいるのはこのカリスティ帝国の皇帝【リベロフ・カリスティエッタ】である。カリスティ帝国二代目の皇帝である。御年232歳を迎える。だが、見た目はルシエルとほとんど変わらずに若々しく、濃く深い緑色の瞳と夕焼けのような赤毛が美しい。長い歴史を渡り歩いてきたというのに、老いのないその見た目が、なんとも不気味だった。
だがそれが、ロワという人の種である。
リベロフ「ゲホッ…ゲホッ…」
バロナン「陛下っ!」
リベロフ「よい、大したことはない。」
咳き込んだリベロフに慌てて駆け寄ろうとするバロナン。
ルシエル(神に成り変わった後天性の種であるロワでも、病に堕ちればただのイヒルと変わらない…)
現在リベロフの体は病に侵されている。この病を治療できる術はこの世界になく、リベロフは皇帝の座を勇退しようと考えていた。故に、このカリスティ帝国の王宮では次期国王の派遣争いが行われている。
リベロフ「それよりも、久しぶりだな。ルシエル。」
深い緑色の瞳が今度はルシエルを捉えた。ルシエルがリベロフと前にあったのは、おそらく一年前のシシリア皇女の誕生日パーティーでだろう。
ルシエル「お久しぶりです。リベロフ陛下。」
リベロフ「うむ。お前はなかなかパーティーに顔を出さないからな。」
バロナン「申し訳ございません。ルシエルは体が弱いので、あまり人が多いところに長居ができないもので」
リベロフ「あぁ、そうだったな。だが、婚約者であるシシリアのパーティーには参加するだろう。それだけで十分だよ。」
ルシエル「ご理解痛み入ります。」
カリスティ帝国第三皇女シシリアとルシエルは、現在婚約関係にある。この結婚はバロナンとリベロフが押し進めた結婚である。
ルシエルはあまり社交界のパーティーというものに参加したことがない。ルシエル自身がパーティーを好いていないのもあるが、バロナンが言うように体が弱い、という難点もある。
婚約者であるシシリア主催のパーティー以外、バロナンの意向により不参加を決め込んでいる。
リベロフ「君みたいな美しい男はそうそういない。パーティーでは魅力的な淑女は多いだろうからな。むしろ、その方がいい。」
ルシエル「またご冗談を。僕はシシリア様一筋ですから。ご安心ください。」
ルシエルはニコリと笑って返した。リベロフはそんなルシエルの顔をぼーっと見つめていた。
リベロフ「しかし…本当に似ているな。まるで生き写しのようだ。」
ルシエル「え?」
リベロフ「…ぁ、いや、なんでもない」
バロナン「…。」
それからリベロフと何回か言葉を交わし、ルシエルだけ先に謁見の間を後にした。
王宮の廊下を歩きながら、ルシエルはリベロフに言われたことを思い返していた。
ルシエル(本当に似ているな…って、一体誰にだ?)
ルシエルはこの年まで誰かに似ていると言われたことがない。父親のバロナンとな髪の色や目の色は似ているものの、体格や顔の作り、性格なんかも全く似ていない。
それに、濁すように誤魔化したリベロフの態度も少し気になった。
ルシエル「レイ」
その言葉にルシエルの後ろに、何処からか騎士が1人現れた。素早い身のこなしのその騎士はレイと言う名である。
ルシエル「父さんたちの会話。ここで聞こえるか?」
レイ「はい。」
レイはルシエルの護衛の1人。レイは隠密に行動することに長けている上に、かなり耳がいい。離れた場所の音を正確に聞き分けることが可能なイヒルの能力である。
レイ「“ルシエル様が、ディアナという女性に似ている“とのことです。」
ルシエル「…ディアナ?」
その名前はルシエルには身に覚えのない女性の名前。思えばルシエルは母親のことをバロナンから聞いたことがない。ブージェ領地の屋敷にも、アリスチナの別邸にも、バロナンの妻でありルシエルの母親に当たる人物の情報はひとつもない。
レイ「“ルシエルには母親の話はしたことがありません。”“そうだな。彼女のことは知らぬ方がいいだろう。”“それより今宵のパーティーの件だが…”」
ルシエル「もういいよ。」
話題がパーティーの件に切り替わった時点で、レイは聞くことをやめた。
ルシエル「ディアナは僕の母親の名前…か」
何故、バロナンがルシエルに対して母親の話をしないのか、リベロフもまたそれを推奨するのかわからなかった。
レイ「調べますか?ディアナという女性について。」
ルシエル「……。」
ルシエルは少し考えながら歩いた。王宮の中庭にある噴水の前に立った時、自分の顔が水面に映っていた。
ルシエル「…いや。必要ない。」
レイ「承知しました。」
それだけ言ってレイは何処かにいなくなった。
ルシエルは今まで母親について気になったことはない。何故いないのかということも考えたことはなかった。故に、今後もそれが自分の人生において必要な情報ではないと判断した。
ルシエル(女っぽい顔は母親譲りってわけか…)
水面に映る自らの顔を見て、呑気にもそんなことを思った。
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