偽りの女神
この作品はフィクションです。
実在の人物や団体とは関係ありません。
イヒルのほとんどは生まれてすぐに加護を持っている。それが、神に愛されて生まれた証拠である。アメリアもまた、その神に愛された1人である。
13年前。
「まぁ……この子は、植物を成長させる能力を持っているんだわ。」
「せいちょー?」
「いい子ねぇ…豊かなことは国の平和を意味するのよ。貴女はきっと、このカリスティの平和の象徴となるわ。」
そう言って母親に頬を撫でられた。まだ幼いアメリアに、母親が嬉しそうに微笑んでいる理由はわからなかった。しかし、期待されているということはよく分かった。
アメリアが物心がついた頃、とある子爵家の令嬢が侍女として現れた。彼女はアメリアよりも一回りも年上で、落ち着きがある美しい娘だった。名をアニファといった。
「アニファ!髪をゆってくれる?」
「はい、皇女様。どんな風がいいですか?」
「今日はスサビエルに会うのよ!とびっきり可愛くしてほしいわ!」
手先が器用で髪を結うのがとても上手だった。その器用な手からどこからともなく花を生み出し、いつもアメリアの髪を飾ってくれた。その花は、なかなか枯れずにアニファのように美しい。彼女は植物を0から生み出すことができた。自分と似た能力に、彼女は同じ神様に愛されてる気がして、まるで姉のように慕っていた。
アメリアには姉が2人いたが、他国に嫁に出された。国益のために。だから、姉という存在をアニファに重ねていたのかもしれない。
アメリアが8歳の頃。カリスティ帝国には3ヶ月も早く、雪が降り始めた。それは、約50年ぶりの異常気象であった。
食物が実る前に雪はそれらを覆い隠し、寒さによって穀物が全く育たなかった。ほぼ全ての苗が雪の下になってしまい、今年分はもう収穫することはできないどころか、これから先の畑を運営するための苗木もほぼ無いとされた。
「北の氷河の中でドラゴンが生まれたせいらしい。」
「ドラゴンが誕生するなんて縁起はいいが…」
「しかしこれから、春まで一体どうやって生き延びるってんだ。」
「春までじゃねぇ!これから一生このままだったらどうする!」
ドラゴンが生まれた付近では、異常気象や災害が発生することがある。ロワトシアでのドラゴンは神の使いとされているため、その誕生と死は縁起の良いものとされている。しかし、ドラゴンによる異常気象は一年以上最悪の場合、永久的にその地域の気候そのものを変えてしまうこともある。カリスティ帝国からはるか南西に位置するレーヴェという国は、ドラゴンによる異常な気候変動により砂漠となった事例もある。最悪の場合、カリスティ帝国が雪国になってしまう…なんてこともあり得る状況だ。
予期せぬ事態に、食糧が国全体で足りていなかった。備蓄によって今年と来年は持っても、その先の未来に食料があるとは限らない。そんな時、白羽の矢が建てられたのはアメリアだった。きっかけは帝都に住む子供の一言。
「アメリア様は植物を生み出せる能力だから、アメリア様が助けてくれる。」
その一言に、大人がわっと騒ぎ出した。
「そうだ!アメリア様だ!」
「アメリア様は豊穣の女神であられる!」
「きっとアメリア様が私たちの食糧を生み出してくださる!」
たった、8歳の少女に大人達の期待が積もった。皇帝も国民の声に応えないわけにはいかなかった。それはまた、アメリアの母親である妃も同じこと。
国民が未来の生活を鑑みて焦るように、皇帝も妃もまた同じように焦っていた。だから、アメリアに期待する以外の方法が思いつかなかった。
「アメリアならできるわ。だってあなたは平和の象徴。豊穣の女神よ。植物を生み出す能力を持っているんだから。できないなんてことはないわ。さぁ、国民の皆さんの期待に応えてあげて?」
「アメリア。君は帝国の英雄だ。」
実の父親と母親から寄せられた期待。幼いながら、その期待に応えたかったが、アメリアにはそれは不可能だった。アメリアが1番よくわかっていた。
「できるわよね?アメリア。あぁ、私の可愛いアメリアならできるわよね?無理なお願いなんてしないわ!穀物全てを生み出せってわけじゃないの。麦、麦だけでいいのよ!」
「アメリアならできるだろう?父さんや母さんに見せてくれたじゃないか!アメリアが植物を生み出すところを!」
アメリアは両親2人から詰められるように、能力の使用をせがまれた。2人の必死な表情が怖くなって、その日は調子が悪いと2人の前から逃げ出した。
(2人とも、勘違いしているわ。私はアニファのように植物をゼロから生み出すことなんてできない。ただ、植物の成長を手伝うことができるだけよ…。みんなそれを知っていたはずなのに、どうして急に…あんなことを言い出したの?)
人は自分の都合のいいように考える時がある。それは、危機を感じた時に起こりやすくなる。自分の都合のいいように解釈しようとする。人間に起こるバグのようなもの。
未来の食糧の確保に危機を感じている人間の前に、真実と曲がった情報が入る。そしてそれが、都合のいいように広まってしまう。人間の性である。
アメリアは1を10にできる力はあるが、0から1を作り出すことはできない。アメリアの両親はそれがわかっていたはずなのに、2人まで人々の話に流されていた。
「アメリア様、いかがされました?慌ててお部屋に戻ってこられたようでしたけど…」
「アニファ…!」
アニファの膝に泣きついたアメリア。顔をぐしゃぐしゃにしながら、事の経緯をアニファに話した。咳をするように話したがアニファはゆっくり頷きながら聞いていた。話し終えてから、泣き疲れたアメリアはそのままアニファの膝で眠ってしまった。そして、日が落ちた頃に目が覚めた。
一通り吐き出して泣いたからか、寝起きはスッキリしていた。
「あら、お目覚めになられましたか?」
「うん…。ごめんなさい、私、皇女なのにはしたないところ見せちゃって」
「皇女様でもまだ子供ですから、こんな姿があっても誰も怒ったりしませんわ。」
「…ありがと…アニファ」
目をゴシゴシこすりながら起き上がると、アニファはアメリアと目を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「アメリア様。このアニファに良い考えがございます。」
その数日後。
アメリアは帝国民の前で、雪の中で麦を生みだし、それを食べれるまで育ててみせた。アメリアは帝国民に崇められることとなる。
「やっぱり、アメリア様は豊穣を司る女神様だ!」
「これで私たちの食糧の問題は解決だ!」
「アメリア様、バンザイ!」
「万歳!」
わずか8歳のアメリアはこれにて、国の宝と呼ばれる皇女となった。その影には、アニファと呼ばれる侍女がいることを誰も知らない。
神に愛されて加護を得るイヒルだが、その中には稀に神に執着される者もいた。愛よりも重く、深い感情を神から向けられる者である。アニファはその1人だった。
神に執着されるものは、普通のイヒルよりもやけに能力の実用性が高い。アメリアが植物の成長を促進させる能力なのに対し、アニファは植物そのものを生み出すことができる。それはあまりにも、神に近い所業である。
神に愛されし者が得る力が1とするならば、神に執着される者の力は10となる。要は、普通のイヒルよりもより強い能力を使うことができるということ。
しかし、神の力をたかが人間が使うには、あまりにも身の丈に合わない。より強い力であれば尚のこと、能力の使用には限りがある。能力に見合う代償が必要となる。命を生み出すアニファの能力は尚のことその代償は大きい。
「アニファ!ありがとう!」
アニファはアメリアの代わりに穀物を生み出した。種子もないゼロの雪上で種を生み出し発芽までさせる。発芽したらそのあとはアメリアの能力で成長を促す。
人はそれを見てアメリアが奇跡を生み出したと信じた。アメリアと王室の威厳は保たれた…いや、それ以上となった。なんと、アニファはたった1日で帝国の一年分にも相当する麦を生み出してみせた。
もちろん、その発芽の促進のためにアメリアも少々疲弊したものの、それ以上の名声を得た。
「アメリア様のお役に立てて何よりでございます。」
そう言って笑ったアニファの顔色が悪かった。
「アニファ、大丈夫?」
「少し疲れてしまったみたいです、でも、ご心配には及びませんわ。少し休めば良くなります。」
「なら、今日はもう休んで?」
「はい、そうさせていただきますね。」
部屋を出ようとしたアニファをアメリアは呼び止める。
「ありがとう、アニファ。あなたのおかげで、助かったわ!私も貴方みたいにと大きな力があればよかったのに…貴方が少し羨ましいわ。」
アニファはニコニコ笑ったまま、アメリアの部屋を後にした。部屋を出てすぐ走り出し、彼女は誰もいない場所を探した。そして、そこに膝から座り込んだ。
強く咳き込むと喉の奥から、生温かい血を吐き出した。肺から水が溢れるような感覚。苦しくて胸が張り裂けそうだった。
「はぁ…、はぁ…」
彼女の脳裏に言葉が聞こえた。
『はやくこい、早く来い。私のものになりなさい。』
男性のような声。それは、アニファを愛する神の声。
強い能力の代償は“寿命“である。花や草を生み出すと比べて、人の生活の主軸である穀物を生み出す行為は代償が大きい。それをアニファは、何千何万人いる帝国民の約一年分にも相当する量を生み出した。その対価は、寿命約40年ほどである。イヒルの寿命は、長くて100年と少し。そこから、能力の代償と健康、そして運。それにより、イヒルの寿命は人によってまちまちである。
「…羨ましい…か。神に愛されてるだけの人間からはそんな風に見えてるんだ…。」
執着されるということは、愛よりも重く深い。神は強すぎる加護を愛情表現とし、使用する者をより側へ誘う。
『良い良い、もっと私の力を使いなさい。そして、早く私のものとなりなさい。』
アニファは吐血した血を袖で拭うと、震える足で立ち上がった。ふらつく視界に倒れそうになって柱に捕まった。
頭の中では彼女を愛する神の声が聞こえている。アニファはそれを払うように、自分の頬を叩いた。
「…誰が、あんたなんかに…私は、心に決めた人がいるの」
アニファは血を拭い、フラフラした足取りでそのまま自室へと戻っていった。
そんな奇跡から2年後。ドラゴンによる気候変動は2年で終結し、カリスティには久しぶりの春が訪れた。そして、アメリアは10歳となった。
「アメリア様。お綺麗ですわ。」
アニファの顔色が戻り、まだ変わらずアメリアの侍女を務めていた。今日はアメリアの10歳の誕生日である。この日は、アメリアを祝うためのパーティーが開かれる。
緑色の豪華なドレスをきて、アニファが咲かせたリーリエの花を頭に飾った。アメリアは嬉しそうに鏡の前で自分の姿を眺めている。そんな姿を見ながら、アニファは微笑ましそうに笑っている。
アメリアの10歳を祝うパーティー。それは、アメリアの人生を変える1日となった。アメリアはこの日、人生で初めての一目惚れをした。ルシエルと出会った日である。
「アメリア皇女殿下。お誕生日おめでとうございます。」
「あら、バロナン!久しぶりね!遠征に出ていたと聞いたけれど、もう戻ってきていたのね。」
「はい。アメリア様のお誕生日ですから。それに、今日はうちの息子をアメリア様に紹介したかったのです。」
「え?あ、貴方、息子がいたの?」
バロナンは未婚であることは、この国では有名な話である。国の英雄であり、綺麗な顔立ちから彼は淑女の憧れであるから。彼が結婚していた、愛する者がいた、だなんて話は誰にも聞いたことがなかった。
「えぇ、まぁ…」
罰が悪そうに目を逸らすバロナン。
「貴方、戦場が恋人って感じでしたけど…安心したわ。あなたもちゃんと人間らしいところあるのね」
「どうゆう意味でございましょう。」
「そのままの意味よ。ところで、その息子とやらはどちらにいらっしゃるのかしら」
「はい。ルシエル。こっちに来い。」
バロナンが後ろを向き、ルシエルと呼ばれる少年を呼んだ。少し小走りに走ってきて、バロナンの横に並ぶ。
バロナンと同じ美しいブロンドの髪。バロナンよりも深く海のように濃い青色の瞳。女性にも思える美しい顔立ち。
「皇女殿下にお目にかかります。ルシエル・フェデルタ・オブ・ブージェと申します。」
目を合わせた瞬間、アメリアはルシエル以外見えない。まるで電撃が走ったような感覚。どこからか天使のラッパが聞こえたような気がした。
「皇女殿下…?どうされました?」
アメリアから見たルシエルはえらく輝いて見えた。会場の明かりのせいだろうか?キラキラとえらく輝いて見える。これが恋であるとアメリアはしった。
「いえ、貴方があまりにも美しいから…」
顔を赤らめたアメリアを見て、バロナンはルシエルをアメリアの前に押し出した。
「よろしければうちの息子と少しお話ししませんか?皇女殿下。」
「でも、私には婚約者がいらしてよ!別の男性と2人でお話しするなんて、そんなのぃけませんゎ…」
当時のアメリアには、スサビエルという婚約者候補がいた。あくまで候補であるが、アメリアは彼と将来、婚約することを決めていた。
スサビエルを婚約者だと決めたのは、彼の顔が候補者の中で1番美しかったからだ。だがしかし、今ここにルシエルという女性のようにも美しい男が現れた。それは青天霹靂。アメリアはルシエルに興味が湧いた。
無類の美男好きは母親譲りである。アメリアは美男に弱い。一目でルシエルに心奪われる。そしてそこに、他人の一言が加わって、その恋に拍車がかかる。
「そのスサビエルという男は、あくまで候補でありましょう?正式な許嫁というわけではございません。少しくらい話しても誰も文句はないでしょう」
バロナンの言葉にアメリアは目を輝かせる。
「そ、そぅかしら…?なら、す、すこしだけょ…?」
そう言いながら、アメリアはルシエルと共にテラスの方へと歩いて行った。バロナンはそんな2人の背中をじっと見つめながら見送った。
「…しっかりやれよ、ルシエル。」
ボソッと呟き、バロナンはその場を後にした。
(スサビエル…というのは、シュバル伯家の嫡子だったか?まぁ、どうでもいいが、選ばれた理由は所詮顔…。ならば、あの無駄に綺麗な顔であれば皇女にも気に入られるだろう。)
バロナンの思惑どおり、アメリアはその日からルシエルに夢中になった。また、婚約者候補として最有力であったスサビエルはその日からアメリアの相手にされなくなった。
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