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群青のアウトル  作者: ににと
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表裏の罪

この作品はフィクションです。

実在の人物や団体とは関係ありません。

 アメリアの死は王室は勿論、帝国中が騒いだ。誕生日パーティーが行われた日からたったの1週間で彼女の病は急激に悪化し、そのまま帰らぬ人となった。あまりにも急な事態に、皇女は殺されたのではないか、と考える者が多かった。


「パーティーが始まるまでは、元気そうだったではないか!」


「途中で、皇女が離席したのを誰もが見ている。」


「何かあったとするならば、パーティーの最中であるに違いない。」


 アメリアの死を不審に思った王室は、それについて意見を交わす議会を開かれた。ブージェ家の当主であるバロナンとともに、婚約者としてルシエルもそれに参加していた。


「そもそも、どうして皇女の体調に誰も気が付かなかったんだ?」


「アメリア皇女が口にした物に何か毒物が入っていたのではないか!?」


「皇女に酒と料理をわたした使用人を処刑するべきだ!」


 貴族や大臣達は血気盛んに討論を続けた。誰もお互いの話を聞こうとはせず、思いのままに意見を述べ合っていた。それで、なんの議論になるのか?ルシエルは疑問に思いながら静観していた。

 彼らは皇女の死を建前にここで議論しているが、彼らが今熱くなっている理由は他にある。


「皇女はダンスの後にお部屋に戻られたんだ。その時、皇女とダンスしていたのは、婚約者であるブージェ家のルシエル殿ではないか?」


 目的はここにある。全員の視線がブージェ家当主バロナンとその息子であるルシエルに注がれた。

 皇女の死亡によりそれを企てたとするブージェ家の権威の消失を狙い、そしてそれに伴って発生する時期皇帝の派閥争いの勢力の弱体化。ここにいる貴族達の頭の中はそればかり。


「つまり、俺の息子が皇女を殺したと?」


 静かに議論を聞いていたバロナンが、睨みつける様な視線で、はっきりとそう口にした。それに対してのアンサーは誰もしなかった。バロナンの静かな威圧感にその場が静まり返る。それを見て、ルシエルが発した。


「確かにアメリア様とダンスを踊っていたのは僕ですが、アメリア様はダンスを踊る前から顔色が悪い様で部屋で休まれておりました。それはアメリア様の侍女から話を聞けばわかることでしょう。」


「しかし、パーティーの最中、最も皇女のそばにいたのは、貴方でしたでしょう。ルシエル殿。」


 ルシエルにそう申し立てたのは、中央貴族であるシュバル伯爵。真っ直ぐとルシエルを見つめていた。どうやら、彼はルシエルを目の敵にしている様だった。


「それはそうですね。僕はアメリア様の婚約者として参加していましたから。…まさか、それだけの理由で僕を疑っているというのですか?」


 シュバル伯爵は黙ってルシエルを見つめていた。


「貴方は皇女との婚約を嫌がっていたと聞きましたよ。婚約に乗る気のない貴方が何か仕組んだのでは?」


 シュバル伯はルシエルを疑っているのには、パーティーの日から姿を消した嫡子の事が関係していた。

 ルシエルに悪態をついた嫡子が、皇女の怒りに触れ会場を追い出された。その後から彼の行方がわからなくなった。シュバル伯はルシエルが、何かそれに関わりがあるのではないかと睨んでいた。しかし、そうだとしても皇女殺しに何の関係があるのか。


「…はぁ、何か仕組んだとは?具体的にどう?証拠がない憶測だけで、僕を犯人だと?それに、婚約を嫌がっていたと誰から聞いてこの場でそれを発したのですか?」


「質問に質問で返さないでいただきたい!」


「言っている意味が理解できませんでしたので。」


 実際にルシエルは皇女との婚約は嫌だった。しかし、表にそれを出したことはない。知っているのは、従者であるレイと護衛のアヴェルタのみ。ルシエルが本音を言えるのは、その2人だけだからだ。

 それ以外、表上は皇女の婚約者としての立場を真っ当していた。嫌な顔ひとつせず、皇女との関係を築いていった。皇女の婚約者という地位は便利だったからだ。


「ルシエル殿が皇女殿下との関係を嫌がっていたというのは、少し憶測が過ぎるのでは?彼は、皇女殿下の元に何度も通っていましたし、お二人がプレゼントを交換し合っているというのも皇女殿下から良く聞いていました。」


「確かに2人の関係は良好だと、私も見て思っていた。」


「婚約者であるルシエル殿が皇女殿下を殺すなんてあり得ない。むしろ1番悲しんでおられるはずなのに。」


 周りからそんな風に捉えられるほど、ルシエルは皇女に尽くしている()()()()()()()()


「だいたいあのパーティの日に、シュバル家の嫡子が皇女を怒らせて、会場を出されていたのを見たぞ!シュバル家こそ怪しいのではないか!?」


「そうだ!私も見たぞ!」


「ルシエル殿を根拠なく疑っているのも怪しい。自分の息子を守ろうとしているのではないか?」


「皇女殿下を怒らせた嫡子は未だ行方不明というじゃないか!皇女殿下に危害を加えて、逃げたのではないか!?」


 空気が変わる。一同は1人の意見を皮切りに、シュバル家を疑い始めた。シュバル伯は思っても見ない火の粉が降り注ぎ、額に汗を流した。一同の意見に、その意見も証拠がないことを話したが、シュバル伯の声は誰にも届かないほど白熱していた。

 議論が加熱し、長く行われた議会は“シュバル家の嫡子スサビエル・シュバルを容疑者として捜索する”こととなった。

 

 信頼と実績のブージェの嫡子と悪態をつき皇女を怒らせたシュバル家の嫡子。人が意見を述べる場において、必要なのは根拠と証拠。そして、自分が多数にどう思われているか、である。


「随分、気分がよさそうだな。ルシェ」


 その帰りのこと。馬車の中でバロナンが、窓の外を見つめるルシエルにそう声をかけた。


「…ええ。まぁ、アメリア様を殺した犯人が見つかりそうですから」


「ふん。そうは見えないがな。」


「…と、いうと?」


「知っていたんじゃないか?皇女殿下の犯人。」


 バロナンはルシエルを鋭い目で睨んでいた。ルシエルはそんなことを言われるとは思ってもいなかった。鳩が豆鉄砲を食ったように、目を丸くしていた。そして、ふっと笑う。


「…まさか。どうして僕が?」


「ただの勘だ。」


 バロナンは根っから戦士である。戦場においては己の勘とスキルで勝ち残ってきた戦いのプロ。敵との心理戦や戦略戦においても、そのフィジカルだけで勝ち残ってきた戦士だ。

 故に、会議や裁判などで繰り広げられる攻防は、畑が違うのである。バロナンがルシエルに対してそう聞いた理由も根拠はない。本当にただの勘である。


「父さんの“勘”ってやつは、いつも根拠も証拠もないのに、何故か当たってることが多いですよね。」


「…。」


「でも、多いだけですから。ここは戦場とは違いますよ。」


 戦場において、勘が外れて窮地に追い込まれても、バロナンは自分の肉体とそのスキルと経験で乗り越えてきた。ルシエルはそれをよく知っている。


「…当たっていたとしても、その後にいくらでも覆る事もあるでしょう。」



「あ?」


 少し煽るような口調に、怒りを見せたバロナンに対して、ルシエルはニコリと微笑むと自然に話題を切り替えた。


「シュバル家の嫡子は前から素行が悪かったようですね。とくに女性関係では。まぁ、顔はシュバル伯の奥様に似て、とても綺麗でしたからね。」


「いつ調べた。」


「彼もかつてはアメリア様の婚約者候補だったんですよね。それを知った時に少し。」


 アメリアはロマンス小説を好むほど、理想の相手を描いてそれを実現せんとするロマンチストだった。そのため、婚約者にはアメリアが好む、美しい顔の貴族の男子が数人候補に挙げられていた。それを勝ち取ったのは、ルシエルだったわけだが、その数人の中にシュバル家の嫡子スサビエルが選ばれていたのだ。

 故に、ルシエルに対して悪態をついていたのは元は自分がアメリアの位置にいたはずなのに…という気持ちからきた嫉妬心である。


「幼い頃に何度か皇女と交流があったようですし、彼が1番婚約者に近かったようですが、僕に取られてからグレてしまったようですね。」


「…確かに、最初お前は皇女の婚約者の候補ですらなかったからな。ぽっと出のお前に自身のポジションを取られて、悔しかったのであろう。」


 アメリアがルシエルを見かけたのは、ルシエルが12歳でアメリアが10歳のころだった。

 王室で開かれたアメリアの誕生日パーティーにバロナンが参加した時、その時初めて社交の場にルシエルを連れて行ったのである。

 アメリアはその時、他の婚約者候補がいたにも関わらず、ルシエルに一目惚れした。


「日頃から絶えない娼婦通いと、市民の人妻に手を出しては、慰謝料を払ってもみ消していたそうです。それに、あの場にいた貴族の娘も数名被害にあったといいます。」


「ふん…素行が悪いとは聞いていたが、それほどまでとは。」


「あの場にいた多数が、犯人としてスサビエルを疑ったのは、その背景がそこにあったからですよ。己が娘を戒めた男とただの男が並べば、人の悪意は前者に向きますから。」


「つまり、なにが言いたい。」


「強い人間が勝者となる戦と違って、この件は、多数が望む結果になればいい。要は、犯人なんて誰でもいいんですよ。」


 確信めいた顔で自身を見つめるルシエルに、バロナンは少しゾッとした。まるで、自分が手のひらで皆を転がしているかのような話し方だった。ルシエルの奇妙にも美しい青色の瞳がギラリも光る。バロナンはその目を知っていた。


「現在、皇女の不審死で、その死の原因がわからないままに見えない恐怖で国中が混乱している状況です。だけど、それの原因となる犯人というモノが存在すれば、国は皇女の死を明確にできる。犯人がいたから、皇女が死んだ。その原因を皆の前で処罰する事で国民は安心するんです。そんな犯人が、皆が恨んでいる人物であれば一石二鳥ですよ。犯人を突き詰め処分すれば王室の威厳が保たれるし、あの場にいた貴族たちにとっては、己が娘を弄んだ男を処分できる。シュバル家の家紋を犠牲に、多数が徳をする。それが群衆というモノです。」


「くだらん。お前の偏見に過ぎん。」


「ははっ…まぁ、そうですね。」


 笑うルシエルに、バロナンはため息をついて目を逸らした。そして馬車はブージェ家の屋敷に着いた。その日はそのまま日没を迎えた。

 それから3日たった後だった。民衆の前に、容疑者として追われていたスサビエル・シュバルが姿を現した。それは、民衆の前で行われた公開裁判にて。


 可憐な容姿をしていたスサビエルには見るも絶えない姿だった。髭は伸びたまま、髪はボサボサでフケが肩にかかっていた。美男子と噂されていた面影はない。

 そんな彼を見て彼に憧れを抱いていた女性たちは、唾を吐いて背を向けていた。


 彼を発見したのはブージェ家。バロナンの私営する騎士団の成果だった。国は彼に懸賞金をかけて捜索していたため、どの家族も私営兵を出して、彼の捜索にあたっていた。ブージェ家の領地でバロナンの騎士団は、()()()()彼を見つけたという。


「スサビエル…、お前今なんと言った…?お前は皇女を殺したと言ったのか!?」


「…はい。」


 スサビエルは小さな声でそう答えた。


 彼の体はひどく震えていた。背が高くすらっとした出立だったが、何故かその背中は小さく見えた。

 あまりにも変わり果てたスサビエルの姿に、父であるシュバル伯は驚きを隠せなかった。


「スサビエル!!本当なのか!?本当にお前がやったというのか!?」


「そうだよ。俺がアメリアを殺したんだ。」


 裁判の証言台の上でスサビエルは、動揺する父をまっすぐ見つめてそう答えた。


「何故、何故だスサビエル!!」


 つかみかかろうとしたシュバル伯を、王宮の兵士が制御した。裁判官は静かな声でスサビエルに聞いた。


「ではスサビエル。あなたはどうやって皇女を殺したのでしょう?」


「…毒だよ。たぶん。…ずっと前に蘭華(らんか)に行った時に、変な男から貰ったんだ。惚れ薬だって。」


「惚れ薬?」


 南の海に浮かぶ蘭華と呼ばれる大きな島国。国民はほぼ全てが女性であり、国全てが歓楽街のような出立をしている。遊郭や娼屋が多く存在し、他国からの男性をもてなし国益を得る特殊な国。

 そこで流通している“惚れ薬”というのは、蘭華で用いられている隠語であるとされる。

 蘭華は男をもてなすということを生業としているが、国としての秩序を守る為のルールが存在している。

 そこで登場するのが惚れ薬だ。これは単に惚れた男を落とすために使われるものではなく、薬の皮を被った遅効性の毒物である。執着的な客やそのルールを乱す客に、蘭華の遊女が茶に混ぜて渡す。客は次第に毒に侵され、数日後に命を落とす。…と、されている物だ。だが、この話に信憑性はない。その薬を実際に見た者も被害にあった者も存在しないからだ。


「何故、それをアメリア皇女に飲ませようとしたのですか?」


 裁判官は優しく聞いた。床を一点に見つめながら、スサビエルは答える。


「…ずっと好きだった。初めて会ったときから、ずっとアメリアが好きだったんだ。」


 ざわついていた会場が静まり返った。


「…俺が1番婚約者に近いなんて言われてて、俺がアメリアと結婚できるって、信じてたのに。…アメリアは別の男に心奪われ、俺をバッサリと切り捨てやがった。それが許せなかったんだ。」


「それで、どうやって皇女に毒を?」


「…パーティーの前に、少しだけ会ったんだ。手紙を書いて、お祝いの品を贈りたいから会いたいと頼んだ。そこで出たお茶に薬を仕込んだ自分のカップと、アメリアのカップを目を離している隙にすり替えた。」


 アメリアとスサビエルがパーティーの前に少しだけ会い、話をしたという証言は、アメリアの侍女から得ていた。もちろん、その時お茶も出たという。


「なんと…では、彼が件の犯人…ということで間違いないのだな…」


「ただの嫉妬で、皇女を手にかけるなど、狂っている…」


 ヒソヒソと誰もが噂する中、証言台の近くに座っていたルシエルとスサビエルの目があった。震える手でゆっくりとルシエルを指差し、強く睨みつけた。


「お前も!!殺してやる予定だった!!なんでお前みたいな奴が生きてる!!お前さえいなければ、俺は今アメリアの横にっ…っっ…!!」


 突然大きな声をあげて喚き出したスサビエルに、会場は静まり返った。彼は、ルシエルに向かって強く叫んでいたかと思えば、今度は突然頭痛を感じ頭を抑えながら床に額をつけた。


「…そうだ…俺は、アメリアを殺したいわけじゃ……あいつだ、あいつを殺そうとして……ブージェに…ぁあっ!!」


 頭を抑えながら、喚き出したスサビエル。彼に指を刺されたルシエルに注目が集まっていた。しかし、ルシエルは冷静なままだった。すっと立ち上がり、裁判官の方は顔を向ける。


「彼は混乱しているようです。ブージェの騎士が発見した時も、同じように混乱しており、記憶と意識が混濁しているようでした。記憶障害を有する薬物の使用の可能性があるのではないかと。」


「ちがうっ…!!!俺は!!そうじゃない!!!!」


 必死に何かを訴えるスサビエル。必死に何かを訴えるが言葉にできない。そんな彼を人々は険しい表情で見つめている。


「アメリアを殺したのは俺じゃない!!」


 裁判の冒頭とはちがい、今度は必死に無実を訴え出した。しかしその行動は、周りの人間に怒りを与えた。それは、火に油を注いだように。


「往生際が悪いぞ!!!」


「さっき認めたじゃないか!!」


「やっぱり本当に薬物で意識が混濁してるんだわ!!!!」


 会場はどっと騒ぎ出す。スサビエルに対して石やゴミを投げ出すものもいた。石が彼の頭にあたり、流血してもそれは収まることはなかった。


「俺じゃない!!!!俺はアメリアを殺してなんかない!!」


 突然、意見を覆したスサビエルに裁判官は呆れて頭を抱えていた。そこに、スサビエルの父であるシュバル伯が声を上げ、スサビエルを守るように抱きしめた。


「やめろ!!石を投げるのは、やめてくれ!!パニックで記憶が混濁しているんだ!!何かを思い出したんだ!意見を聞いてやってくれ!!」


 息子の出血箇所を抑え、自らが盾になる父親。皆がそんな様子を哀れんで、物をあげる手を止めた。再び静まり返った会場でただ1人、ルシエルだけは冷めた視線を向けている。


 そんな中、裁判官は親子に眉を顰め、スサビエルの発言を許した。


「…俺はアメリアを殺したかったんじゃないんだ。俺はただアメリアのそばにいたかっただけで、俺が殺したかったのは…!!」


 バッと勢いよくルシエルに顔を向けた。2人の目が合った。ルシエルもわかっていた。スサビエルの殺意が自分に向いていることを。

 そして、スサビエルが皇女を本当に好きだったということも。


「俺が殺したかったのは…!!あっ…ぁ、ぁあ…」


 ルシエルの顔を凝視したまま、スサビエルの目からは涙が溢れていた。“あ”と口を開けたまま震える体と声で、何かを必死に訴えたい視線をルシエルに向けている。

 そんな様子を不思議に思った裁判官は、彼の言葉を繰り返した。


「あなたが殺したかったのは?」


「ぁ、ああぁぁ…アメリアだ…。」


「スサビエル!!!?」


「アメリアを殺したのは、俺なんだ……」


 スサビエルはその場に力無く崩れ落ちた。額を地面に叩きつけながら、何度も何度も「アメリアを殺したのは自分だ」と叫び始めた。

 様子がおかしいスサビエルに、そこにいたほとんどの人間が薬に犯された異常者であると認識した。


 脱力したように父であるシュバル伯もその場に膝をついた。愛する息子が壊れてしまったようで唖然としていた。


「結局、アメリア皇女を殺害したのは、あなたなのですね?」


 裁判官がそう聞くと、スサビエルは泣きながらゆっくりとうなづいた。


「…そうですか。」


 その場にいるほぼ全員が困惑していた。殺したと発言したり、殺してないと否定したり。彼の異常な姿を誰も理解できなかった。ただ1人を除いて。


「…お願いします!!どうか、死刑だけは!!息子は悪くない!!私の教育がいけなかったんだ!どうか息子だけはお助けください!!」


 シュバル伯は裁判官に土下座してそう頼み込んだ。そんな様子を見ながらも、悲しそうな表情で首を横に張った。

 死刑は免れないと、シュバル伯もわかっていた。しかし、息子を愛するあまり、このまま何もせずにはいられなかった。


「まるで父の鑑のようですね。あんな犯罪者でも、息子を愛する父がいる。」


 隣で黙って裁判を見ていたバロナンに、ルシエルはそう話しかけた。


「父さんもああやって同じように、罪を犯した息子を守ってくれますか?」


 お互いに目を合わせることなく、ただまっすぐ裁判官に土下座するシュバル伯を見つめていた。バロナンは腕を組みながら、ルシエルの質問にふっと息を吐く。


「愚問だな。」


 ルシエルはそれを聞くと、乾いた笑いを見せた。

 不思議な空気を漂わせる親子。まるでお互い他人のような2人は、顔を合わせることなくただ、この裁判の流れがどうなるのか、黙って見つめていた。すると、この会場に一風を巻き起こす存在が現れた。


「ならば、こんなのはどうだろうか?」


 そう言って立ち上がったのは、裁判官よりも高い位置に在する席から立った。そこは、王が裁判を静観する席だった。

 悲劇の裁判を、王はそこから見つめていた。


「あなたは、ジュヒテル殿下!」


「父上は体調が悪い。代わりに私が見に来てやったんだ。」


 帝国第四皇子ジュヒテル・カリスティ。元帝の妾の子であるが、四年前の信託によりロワとなり、次期皇帝に最も近いとされている男。


「ずっとここで見ていたが、なかなか面白い物を見せてもらった。愛する息子を守る父親。感動した!まるで小説のような光景だった。」


「ジュヒテル殿下…!」


 シュバル伯には希望が見えていた。もしかしたら、ジュヒテルが助けてくれると思った。膝をつき、涙を流しながら、高い位置に存在するジュヒテルを希望の眼差しで見つめていた。


 ジュヒテルは現在、次期皇帝争いの中にいる。最も近いとは言われているが、帝国の貴族院からは正当な血筋である第一皇子が相応しいという声もある。しかし、そんな中でも数人の貴族と神殿、また現皇帝は彼を推奨している。

 シュバル伯は彼を次期皇帝へと推す、数人の貴族の1人だった。だから、ジュヒテルがシュバル家を助けてくれるとそう信じていた。


「愛する息子を身を挺して守る親。父親の鑑だな。そんなお前に、とてもいい案を提示しよう。」


「…はっ、はい!ジュヒテル殿下!」


「息子と一緒に“火炙り”なんてどうだ?」


「……はっ…??」


 声にならない声でシュバル伯は唖然としていた。ジュヒテルはそんな様子をみて楽しそうに笑う。


「何をそんなに驚いている?愛する息子と共に死ねるんだ。また同じ世界に転生できるやもしれんだろ?」


 ジュヒテルは信託を得たロワであり、もっとも皇帝に近いとされている。しかし、彼の性格は残酷だった。


「王族殺しは大罪であることは、お前も知っているだろう?生かしておく…なんてことは、王族の尊厳に欠ける。それ故の提案だ!名案だと思うが、いかがだろうか?ん?」


 そう問いかけるジュヒテルに、シュバル伯は焦りながらも食らいついた。


「これは何者かの陰謀なんだ!!!!息子は誰かに唆されて、それで…この時間の裏には誰かがいるんだ!!」


 シュバル伯の咄嗟に出た言葉だった。自分が何を言っているのかわからない。そんな証拠もない。だが、このままでは息子諸共、自分まで火炙りになってしまう。


「…なんだ?そんなに嫌か?なら、お前の家族全員つけてやろう。妻と、まだ幼い娘もいたな?足りなければ、お前の家の家臣もつけてやってもいい。」


「ジュヒテル殿下!!!」


 涙ながらに叫ぶシュバル伯は、希望のように見えた光から一気に暗闇に落とされた気分だった。頭の中には走馬灯のように、大切な家の人間がフラッシュバックする。


「ジュヒテル殿下!!時間をください!!私が、この事件についてもう一度調査します!!!!あんな話し合いだけで、犯人になるなんておかしい!!」


「おかしい?お前の息子はアメリアを殺ったと、認めたではないか。それで十分だ。」


「違う!!息子は混乱しているんだ!しばらく姿を消していたのも、誘拐され監禁されていたに違いないんだ!!!」


 シュバル伯は息子のことをよく知っていた。どんな状況であれど、見た目は人一倍に気にする男だということを。監禁され、自由がない空間にいない限り、こんなに息子がボロボロになるとは思えなかった。


 しかし、ジュヒテルにそれは関係のないことだった。


「わかっていないな。お前。」


「…は?」


「人が馬を焚き付けて放した先で、別の人間が死んだら、悪いのは馬だと思うか?それとも、人だと思うか?」


 その質問の意味がよくわからなかった。シュバル伯は困惑しながら、ジュヒテルを見つめていた。


「正解は馬だ。実際に馬が人を殺したと、他の人間が目撃している。誰もが皆、馬が人を殺したと言うだろう。何故か?誰も、その馬が焚き付けられた馬だと知らないからだ。」


「っ!!なんの話だか…私には…」


「お前の子が誰かに操られていたとしても、お前の子が罪を犯したという事実は変わらない。それに、ここにいる全員がそうであると認識している。誰かの陰謀?操られた?そんな事心底どうでもいい。」


 シュバル伯は崩れ落ちた。しかし、今度は何度も地面に頭を打ちつけながらジュヒテルに願った。


「私が、息子の…代わりに…全ての罪を背負います…だから、妻も、娘も…屋敷のものたちも、私の、“家族“には手を出さないでください…!!」


 震える声と涙で溺れたような息。シュバル伯はもう助かることは、できないと察した。せめて家族だけはと何度もジュヒテルに願った。彼の頭の中には、家族や屋敷を守る使用人たちの笑顔が映っていた。


「うん、よかろう。お前の誠意に免じて、許してやろう。」


 意外にもあっけなく、ジュヒテルは簡単にそう言った。そして、その日の裁判は判決が不透明なまま一度幕を閉じた。

 

 その2日後。

 シュバル伯を含めた、スサビエル以外のシュバル邸の人間が全員処刑された。


閲読ありがとうございます!

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