兆し
この作品はフィクションです。
実在の人物や団体とは関係ありません。
この世界はロワトシアと呼ばれる世界。神と人との距離が近く、まだ神は人と共にあり、共存し暮らしていた。ロワトシアを創造した神は人の頂に立ち、人を国を治めている。世界に存在する人間は全て、『アスラ』・『イヒル』・『デミリア』・『ロワ』の4つの人種に分類する。
神に愛された人を『イヒル』と総称し、彼らはそれぞれ愛された神の力を借りることができる。育む者や風や炎を操る者、力を得た者や特別な身体を得た者など、『イヒル』の能力は人それぞれである。
そして、それと反対に何も持たないのが『アスラ』と呼ばれる人。彼らは『イヒル』とは違い、能力は何も持たない。国によっては、彼らを“神から見捨てられた“と揶揄する場合もある。しかし、『アスラ』は知恵を持ち、平和を好む。慈愛に満ちた人間性を持っていることが多い。
世界のほとんどは『アスラ』と『イヒル』が多く存在し、その次に『デミリア』が存在する。そして、最も少ないのが『ロワ』と呼ばれる人…いや、人と称するには余りにも異質である。
『ロワ』はこの世に数人しか存在しない。後天性の種である。人の体を得た神であるとされる。
彼らは神の力を借りる『イヒル』とは違い、『ロワ』は神に成り変わった者を指す。後天的な異色の種である。
そのほとんどは元は『イヒル』だった場合が多く、16歳の成人を迎えた日に信託が降りる。その時、彼らは『ロワ』となる。
しかし、『イヒル』の誰しもにその可能性があるわけではない。『ロワ』に選ばれるべき『イヒル』は、その者の血筋が最も重要であり、各国の王族はその血筋を有する。『ロワ』はその血筋をもつ人間から選ばれる。
『ロワ』の王族の祖先は神話から始まり、その血筋が現在まで受け継がれている。その為、神を重んじる人々の間で『ロワ』は王たるべき特別な人間なのだ。
残る『デミリア』は、その王たる主人を守護する種族。神の使いとされており、その姿は多種多様で獣人やエルフ等、人の形に近い特別な姿を持つ。『デミリア』は種族特有の能力を持つものもいれば、それに付随して『イヒル』のような力を持つものもいる。寿命もそれぞれの人種とは違い200年以上は当たり前に生きるのだ。
世界は『ロワ』を中心に人が統治され、数百年は文明が続いていると記録されている。
発展と崩壊を繰り返してきた世界の中で、唯一この世界は長く続いている。
「荒ぶる御霊が生まれ変わる……」
「??…どうかされましたか?」
「いいえ。なんでもありません。すこし、1人にしてくださいませんか?」
「えぇ、わかりました。」
ここに1人。世界の行く末を心配する者がいた。
「滅びが、みえる……。また、私は子を失うのですね……イスミュート……」
彼女は大きく神々しく照らされた月を眺め、世界を憂いてただ1人一粒の涙を流した。その涙ともに、世界に生まれ落ちた子供がいた。それが、25年前のことである。
「ルシエル様。婚約おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
ルシエルは憂鬱な気分だった。今日は彼が暮らすカリスティ帝国の皇女アメリアの誕生日である。帝国の成人は16歳と決まっており、結婚の場合は女性は16歳、男性は家紋を持つ家の長男が20歳、や貴族の次男以降やそれ以外の市民は18歳と決まっている。長男の場合は家の跡を継ぐことが多く、その爵位を継ぐことができるのが20歳となっている。その為、貴族の長男は爵位を継承した後の結婚が可能である。今のルシエルにはその制度が救いだった。
皇女アメリアが16歳になった今日、同じく皇女の婚約パーティーも同様に行われた。祝福を受けたルシエルはその皇女の婚約者である。ルシエルはまだ18歳。正式に結婚するにはまだ2年残っている。
「ブージェ家のご子息とアメリア皇女殿下がご結婚とは、帝国の未来も安泰ですな。」
「帝国の盾であるブージェ公爵家の帝国に対する、忠誠心は昔からではあるが、この結婚により、更に強いものとなりましたね。」
「ブージェ家のご子息がアメリア皇女と結婚となれば、王家の支持もより強まるでしょうな。」
噂好きの貴族が口々に話す声がルシエルの耳にも入った。
ルシエルの家はカリスティ帝国では名高い公爵家、バロナン・ブージェが統制する家紋である。代々帝国に仕える騎士の家系であり、ブージェ家は“帝国の盾”と称されるほど、騎士としての実力は確立している。帝国でブージェ家を知らない者はいない、国の英雄が治る名家だ。
「代々皇帝直属の騎士団の団長を務めてきたというのに、わざわざ王族と結婚する必要があったのか?これではブージェ家の力が大きすぎてしまう。支持が偏ってしまうではないか??」
「お前知らないのか?バロナン様には1人しか息子がいないが、その息子は体が弱くて騎士はなれない出来損ないだ。」
「騎士には向かないほど貧弱で、ブージェ公爵は早々に見切りをつけて次の団長は、ブージェの騎士団から選ばれるが、ご子息ではないらしい。」
「じゃあ、ブージェのご子息を皇女と結婚させたのは、騎士になれない息子のための政略結婚か??」
「それもあるが、この結婚で1番得をするのは王家の方だろう。実際ここには大臣以外、第四皇子派の貴族は来ていないようだし。」
「この結婚はブージェのためだけではないだろう」
ルシエルはパーティーというものが嫌いだ。人が人を噂し、好奇と興味と下心と野心と嫉妬…沢山の感情が煌びやかな空間に隠れている。そしてそこに1人、ルシエルを前にしながら悪態をつく男が現れた。
「確かにこんなひ弱な見た目の男に、屈強な騎士など向かないな。まるで女性のようだ。騎士として出来損ないならば、踊り子の方が向いているんじゃないか?こんなに美しければ、物好きな貴族の寵愛を受けられるかもな??」
はっきりと目があっている。確実に自分に向けられている敵意だと認識した。
子供の時からルシエルに対する他貴族のあたりが強かった。父であるバロナンの隠し子として、社交界に出たルシエルは出生からその血筋まで沢山の人から疑われていた。こうゆう場では常に噂の的。だから、ルシエルはあまりパーティーに顔を出すことがなかった。噂の中心になるのは分かりきっていたからだ。
ルシエルには公爵家の息子というプライドは持ち合わせてはいるが、騎士になれない自身に劣等感を抱いているのも本当のことだった。だから、ルシエルは何も言い返さない。
「まぁ、噂になるほどのそんな美しい踊り子がいるのなら、私に紹介して頂きたいわ。」
「ぁ、アメリア…!…皇女殿下。」
ルシエルの前に現れたアメリア第三皇女。彼の噂をしていた貴族たちは一斉に目を逸らす。ニコニコと笑うアメリアの顔に噂をしていた男は顔を青ざめていた。
「ねぇ?どこにそんな踊り子がいるというの?」
「ぁ、いやぁ…」
「私には紹介出来ませんこと?それは、残念ですわ。私の祝いの場ですら噂になる踊り子がいるなら、見てみたかったのに」
扇で顔を半分隠したまま、アメリアは青ざめた貴族をギラリと睨みつける。何も言えずに男は皇女の前に立ちすくんでいた。
「はぁ…もういいわ。下品な人は嫌いなの。出ていってちょうだい。」
呆れたようにため息を吐き、会場から追い出した。落ち込んでさっていく男の後ろ姿を見つめた後、アメリアはルシエルの方に振り返った。
「どうして言い返さないの?ルシェ。言われているのは自分のことだって、貴方が気が付かないわけがないでしょ!?」
「…別にことを荒立てる必要はないと思いましたので」
「またそんな事を言って。だから貴方はあんな奴から舐められるのです。今後は私の婚約者になるのですから、もう少し威厳を持ってほしいですわ!」
そう怒っているアメリアは、ルシエルが変な噂の的になるのが嫌だった。自分の婚約者が馬鹿にされているのが気に入らないのもあるが、ルシエルがそれを認めているように放っておくのが1番気に入らない。
アメリアにとってルシエルは、まるでロマンス小説から出てきたような王子様に見えていた。玉のように美しい肌に、深海のように澄んだ青い瞳。さらさらとしたブロンドの髪は、光のように美しい。かつてこんなに美しい男が存在しただろうか?宝物庫から生まれたかのように美しい男。アメリアがルシエルを好きな理由はその美しい姿。だから、下劣な噂の中心になるのが許せない。
美しいものは美しいと愛でられるのが普通だと、アメリアは思っていたからだ。、
「貴方にはプライドというものがないのかしら!」
「プライドがないわけではないですよ。祝いの場で事を荒げる必要はないと思ったので。」
アメリアの顔をみつめ鼻の前で人差し指を立てる。クスッと笑った美しい顔を見てアメリアは顔を赤くした。
「僕の部下に耳のいい奴がいるんですよ。それに、僕への忠誠心も厚くて助かります。」
「??」
その頃、アメリアに促されて会場を出た男は、王宮の廊下を歩きながら悪態をついていた。その背後に忍び寄る影に気が付かないまま。
「くそっ、俺が何したっていうんだ。ただ事実を言ったまでだ。本人だって何も否定していないだろう。」
「下等貴族の分際で、よくも主人を馬鹿にしたな」
「誰だっ…!?」
突然の背後からの声に男が振り返ると、深い紫色の髪を持つ騎士が1人立っていた。名前はレイ。ルシエルに仕える小隊カリストの副隊長である。
身寄りのなく、自身の親も名前も知らないレイをルシエルが引き取り、ブージェ家の騎士へと育てた1人。レイという名前もルシエルから与えられたものだ。レイが抱えるルシエルへの忠誠心はその恩から成り立っている。
「なんだ?貴様。王宮の騎士ではないな?所属を名乗れ」
「その必要はない。」
「なんだ!?」
男の周りを囲むように、何処からか騎士が数人現れた。取り囲む騎士は、レイと同じ服を見に纏っていた。その腕にはブージェ家の象徴するローレルの葉。
「貴様らブージェ家の騎士か!?」
「ブージェ家の騎士は最もプライド高く誇りある騎士団だ。その主人を馬鹿にした貴様をのうのうと生かしておくわけにはいかない。」
「はっ…はぁっ…!?私がいつ、ブージェ家を馬鹿にしたというんだ!?」
彼がルシエルを踊り子と馬鹿にした時、レイは会場にはいなかった。賑わう会場で小声で話していたというのに、その場にいなかったレイに聞こえるはずがない。
「“出来損ない”に“踊り子”か。さらには“物好きな貴族の寵愛”だったか?」
「…っ!?」
自らが言った言葉を当てられて焦る男。なぜレイがそれを知っているのかわからなかった。
「昔から耳がいいんだ。そのせいでよくいろんな声がよく聞こえる。貴様の心臓の音もよく聞こえる。焦っているのか?それとも死を覚悟した音か?随分激しい音だ。」
レイは音の神に愛されたイヒル。自分の半径50m以内の音はその耳に届けることができる超人的な力をもつ。
「ヒッ…!わ、私をどうする気だ!!殺せばブージェ家が罪に問われるだろ!」
「誰が貴様のような下等貴族を哀れむんだ?蟻が1匹死んだところで、誰がそれに気がつく。恨むならその捻じ曲がった自尊心とクソしか吐かない口を恨め」
その後、男を見たものは誰もいなかった。彼は帝都の中央貴族である伯爵家の嫡子である。彼の家族以外、彼を心配する者はいない。彼の家族が王宮で姿を消した嫡子を案じて、王宮に抗議したが誰しも助けの手を述べることはしなかった。無論、ブージェ家もである。
レイが男と接触していた頃、ルシエルはアメリアと共に、会場にいた。婚約者としてアメリアをエスコートしながら、来客たちに挨拶をくり返す。
(退屈だ…)
なんて思いながら、ルシエルは皇女の婚約者という立場を、笑顔でまっとうしていた。
その一方で、レイのことを気にかけていた。先ほどの男が出て行った方のドアをボーッと見つめてしまう。
「ルシェ!ルシェってば!」
「え?ぁ、はい、なんでしょう。アメリア殿下」
「何ぼーっとしてるのよ。私の話、聞いてましたの?」
「えっと…すみません…なんでしたっけ?」
目の前のアメリアの話に耳が向かなかったルシエル。気がつけば目の前でアメリアが頬を膨らませて怒っていた。
「もう!だから、このドレスのことですわ!」
「ドレス?」
アメリアが今日身につけているドレスは、ルシエルが1週間前に皇女に贈ったものだった。
巷で流行っているロマンス小説に登場する王子が、愛するプリンセスのために自分の瞳の色と同じドレスを送った描写が描かれていた。皇女はその本の愛読者。
このパーティーのために、ルシエルが選んだドレスを着たいと懇願された。だから、ルシエルは皇女のために、帝都で人気のブティックでオーダーメイドのドレスを作り、皇女へと贈った。
「お似合いですよ。」
「そうじゃなくて!ドレスは素敵だわ!なのにどうしてグリーンなのよ!」
「グリーンは帝国の愛国色ですから。」
カリスティ帝国でグリーンは神聖なものであり、王族を意味する色。その為、王家の血筋をもつ人間だけがその色を身につけることができる。それ以外の人間が、グリーンを身に着けることはほぼ無い。
身につけてはならないという決まりはないが、人々の間では王族の前でその色を着てはいけないという暗黙の決まりがある。
ルシエルがアメリアのために選んだドレスの色がグリーンなのは、それが理由だった。王族がパーティーなどで身につけるドレスやカフスはグリーンが普通だった。グリーンは王族が見つけるべき色であると、ルシエルがそう認識していたからだ。
それなのに、なぜか釈然としない顔をするアメリアに、ルシエルは不思議な顔をして尋ねた。
「グリーンはお気に召しませんでしたか?」
「グリーンじゃだめですわ!全然ダメ!」
「ですが、アメリア殿下はいつもグリーンしか身につけないと…」
アメリアは皇女としてのプライドが高い。自身が王族である威厳を示すため、パーティーでは必ずグリーンのドレスを身につけていた。アメリアがグリーンのドレスだけを身につけるのは、帝国では有名なこと。ルシエルはよくそれをわかっていた。
「でも…こ、今回は、ちがうでしょ!あなたが贈ったドレスなんだから!」
「…???」
「もう!なんでわからないのよ!」
ぷんぷん怒るアメリアは、顔を真っ赤にしたままルシエルに背を向けた。その時、ルシエルの目に戻ってきたレイが見えた。レイはルシエルと目が合うと、頭を下げた。
「アメリア様、少し席を外します。」
「ふんっ…!もういいわよ!!」
怒りながらアメリアはそのままルシエルの前から去って行った。怒ってるアメリアに対して、ルシエルは焦ることもなく、ただまた怒ってるなと思うだけだった。普通なら王族を怒らせて焦るところだが、ルシエルはこの状況に慣れているため、焦りなどなかった。アメリアの後ろ姿に頭を下げて見送った後、ルシエルはレイの元に向かった。
「アメリア皇女殿下…だいぶ怒っているようでしたが、大丈夫なんですか?」
アメリアとルシエルの会話を聞いていたレイは、アメリアが何に怒っているのかわかっていない様子のルシエルを心配していた。
「…あぁ、いつものことだよ。ドレスの色が気に入らなかったってさ」
「…ルシエル様。自分の瞳の色と同じ色のドレスを贈ることに意味があるんですよ。」
アメリアが愛読中のロマンス小説。そのワンシーンを真似てドレスを贈るなら、自分の瞳の色のドレスを贈らなければ意味がない。ドレスを贈るという行為より、その色に意味があるのだ。
自分の愛する人に瞳の色のドレスを身につけて欲しい。小説の主人公はそんな意味を込めてドレスを贈った。
「勿論知ってるよ。」
「え?」
「知っててわざとそうしたんだ。」
ルシエルはニコッと笑ってレイを見る。レイは困った顔をしながら、会場から出たルシエルの後を追った。
「なぜそんな事を?それがバレたらまた怒られますよ。」
「はっ…そんなの愛してないからに決まってるでしょ。それに、バレる事はないよ。」
ルシエルとアメリアは政略結婚だ。
世間ではルシエルがバロナンの後を継いで皇帝直属の騎士団の長になることはないと思っている。それは、ブージェ家の権威が今よりも劣る事を意味する。
皇帝直属の騎士団の長であるという権威と皇帝に対する忠誠心。そして、王室との深い信頼と絆。それが現状のブージェ家の強みである。
ルシエルの体が貧弱なのは事実であるが、何の実力もないというわけではない。ルシエルには王家の力がなくともブージェ家の権威を維持させる自信があった。
しかし、この結婚はルシエルが後継者として、心もとないとバロナンが判断し、ルシエルの意識とは別に押し進めたものである。
「皇女の婚約者って立場は何かと利用はできるけど、周りの連中も父さんも、どいつもこいつも勝手に決めつけて好き勝手言うから困るよ。僕のことをわかっていない。」
「ルシエル様の実力は私たちが1番よくわかっております。私達、ルシエル様直属のカリスト隊はルシエル様こそ、頂に立つのに相応しいと思っております。」
「ありがとう、レイ。」
カリスト隊はルシエルが作った騎士小隊だ。総勢50人ほどの小さな騎士で編成された隊である。そこに所属する騎士はルシエルが自ら人選したメンバーだ。
副隊長のレイもルシエルに拾われて、実力を開花させた1人だった。レイのような人間がカリスト隊には多く在籍する。
以前、ブージェ家に属する騎士とカリスト隊が模擬戦を行ったことがあった。その結果はルシエルが作り上げたカリスト隊の圧倒的勝利。
戦略と崩さない陣形。彼らを支持し動かしていたのは全てルシエルである。それをきっかけに、カリスト隊はルシエルに対して絶大な信頼を寄せている。
「…それより、さっきの男はどうしたの?」
「まだ生きておりますよ。とりあえずブージェ家の別宅に幽閉することとしました。」
「そう。彼の詳細は?」
「さっき、中央貴族のシュヴァル伯爵家が彼の行方を探しておりました。おそらく、その家の者でしょう。」
「シュヴァル家は確か香油と染料の事業をしてたっけ?レイ。シュヴァル家の香油と染料を卸している店を調べてくれるかな?」
「わかりました。」
そう言うとレイはどこかに一瞬で消えてしまった。レイが去った後、ルシエルは1人で会場の方へ戻って行った。
「あ!ルシェ…じゃなかった、ルシエル様!どこ行ってたっスかぁ!」
慌てたように駆け寄って来たのは、ルシエルの護衛騎士アヴェルタ。会場でいつのまにかルシエルを見失っていて、彼は1人で焦っていたようだった。
「アメリア皇女殿下といたはずなのに、いつのまにかいなくなっていたから焦ったッスよー!」
「会場に置かれた料理に現を抜かしているからそうなるんだ。」
「そ、そんなことないッス!」
慌てて否定したアヴェルタだったが、腹の虫が唸る音が2人の耳に届いた。
「ヴェル…」
「ち、違うっスよ!!」
呆れた顔をするルシエルに、焦りながら言い訳を考えるアヴェルタ。彼はルシエルの護衛騎士だと言うのに、少し抜けているところがある。
「ルシエル様こそ、勝手に会場から出て行かないでくださいッス!」
「レイといたから問題ないよ。それに、王宮内には父さんの騎士がたくさんいるわけだし。お前がよそ見してたって、問題ないよ。」
「うぅ…よそ見してないっす…」
「はいはい」
軽くアヴェルタをあしらったルシエル。どことなく機嫌が良さそうなルシエルをアヴェルタは不思議に思った。
「何かあったッスか?」
「まぁね。僕は運がいいと思ったんだ。」
「運?」
「ヴェルも飯ばかりみてたらいつかレイに隊長の座を取られるぞ」
「なっ!!」
アヴェルタはルシエルの護衛でありながら、カリスト隊の隊長でもある。アヴェルタとレイはライバルのような関係で、いつも互いに競い合っている仲だ。
「レイが何かしたッスか…?」
「別にそうじゃないよ。レイを引き入れて正解だったなぁって思っただけ。」
「俺を捨てるッスかぁ!?」
と、その時席を外していたアメリアが戻って来た。どこか顔色が悪そうだった。ルシエルはふらついているアメリアに駆け寄った。
「アメリア様?どうかされました?」
「…ちょっと、飲みすぎちゃったみたい」
「少し休まれた方がいいのでは?」
「うん…」
飲みすぎたにしてはアメリアの顔色は赤くない。むしろ、青ざめているように見えた。さっきまで元気そうだったというのに、この短時間で何があったというのか。
その後、アメリアは侍女に連れられて会場を後にした。パーティーの主役がしばらく離席したが、パーティーは夜まで続いていた。
だいぶ顔色が良くなかったアメリアだったが、ダンスが始まる前には再び姿を現した。
「大丈夫ですか?アメリア様。」
「えぇ…」
ルシエルとのダンス中、アメリアはずっと具合が悪そうな顔色をしていた。無理をしているのか、ルシエルの顔を見ようとしない。
「やはりお部屋に戻られた方がいいのでは?」
「問題ないわ。このパーティーの主役は私ですもの。席を外すわけには行かないでしょ…」
「アメリア様が皆の前で倒れられた方が騒ぎになります。」
「……っ、この曲が終わったらこのまま会場を出るわ。後は貴方にお願いするわね。ルシェ」
「えぇ、お任せください。」
そうして、アメリアは一曲目の曲が終わるとすぐに部屋を出た。その後のパーティーはアメリア不在のまま、ルシエルが指揮をとって無事に終えた。
その一週間後、アメリアは突然病に倒れて亡くなった。
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