ファンタジーロボン
ハイテクな設備が整えられた広い店、その名もファロボンパーク。そんな中、カウンターから感激の声が聞こえてくる。
「ついに、私の手元にファンタジーロボンが!」
そう言って、喜んだ様子で店員からファロボンを受け取る少女がいた。
彼女の名は、天瀬晴。高校一年になったばかりで、今は寮に住んでいる。
「良かったじゃん! 晴、ずっと欲しがってたし」
そう言う彼女は、河澄木乃芭。晴の同級生であり、寮では相部屋だ。
二人は息があったようで、知り合ってからはすぐに仲良くなった。
「うん! 地元じゃ、ファロボンで遊べるところなかったから。じゃあ、早速セッティングしてみるね」
そうして晴達は、パークのフリースペースへと移動した。
そもそもファロボンとは何なのか。
ファロボンとは、ロボンを発売している会社から新たに売り出された、ファンタジーロボンの通称である。
まず、ロボンとは2020年に発売された、家庭用エンタテイメントロボットである。大きさは約20cmほどの小型の人型ロボットであり、持ち主の心を理解する機能に長けていた。
まるで、心のこもった家族のような存在となったロボンの人気は徐々に広まっていった。
それから20年後の2040年、ファンタジーロボン、通称ファロボンが発売された。
ファロボンは、このロボンを基に作られた、対戦用ロボットである。
ロボンベースのロボットに様々な武器や装甲を装着させ、各店舗に設置されたファロボン専用スペースで、実際に戦わせることができる。
まるで空想の中のような戦いを現実でというコンセプトで、ファンタジーロボンと名付けられたのだった。
晴は、さっそくファロボンを取り出し、専用の捜査端末と連動させた。
そして、最初に晴はファロボンに指紋を登録した。ファロボンは個人情報と結びつける必要があり、正真正銘自分だけのファロボンとなる。
次に、晴は端末に表示される百を超える質問に次々と答えていった。
これは、最初にファロボンが持ち主の心を把握するために必要な操作だ。
やっとのことで質問に答え終わると、残る操作は後一つ。
晴は、ファロボンを両手で包み込むようにして抱えた。
どういう原理かは不明であるが、大事に両手で持つことにより、完全にオリジナルのファロボンとなる。
全部の操作を終えると、ファロボンはついに正式に起動した。
「これが、私だけのファロボン」
「結果時間かかるんだね」
「うん。でも、それだけ私だけのオリジナルに近づいてるってことだよ。じゃあ、早速私だけの装備を貰いに行くね」
晴はファロボンを持ち、店内の装着ラボへと向かった。
「でか……」
木乃芭は装着ラボを見上げて思わずそう呟いた。奥行高さともに、教室一個分はある。手前は、何ヶ所か半円柱が飛び出ており、そこのガラスを開け、ファロボンをセットするようだ。
晴は、ファロボンをセットし、横のモニターを操作した。
すると、ガラスが閉まり、ファロボンは上へと運ばれて見えなくなった。
「30分かかるみたいだし、飲み物でも買おっか」
「そうだね。というより、そもそも、装着ラボって何ができるの」
木乃芭の問いかけに、晴は歩きながら答えた。
「ファロボンのメンテナスや装備の交換や購入ができるの。それでね、最初限定で、持ち主のの心に合った装備が貰えるの!」
「ガチャみたいな感じ?」
「そんな感じのものもあるよ。でも、これは正真正銘その持ち主の傾向にあった装備が装着されるの」
晴達はパーク内の休憩スペースで、飲み物を飲みながら会話を続けた。
「ほら、木乃芭、見てみて」
晴は、そういってネットで調べたファロボンを見せた。そこには、初めてもらるオリジナルの装備をしたファロボンの画像がたくさん上がっていた。
「へぇー、みんな違うんだね」
動物風のものから、戦士風のものまで、様々なファロボンの写真が挙げられていた。
「そう。大まかなところは被ることはあるけど、全部被ることはないんだよ。それに、まだ見たことのない装備が装着されることもあるの」
「レア装備ってやつ?」
「そんな感じ。はぁー、私はどんな装備が貰えるのかなぁ」
「晴なら、格闘家みたいな感じじゃない?」
「えー、そうかなぁ」
そんな話をしているうちに、30分が経った。
晴達は、再び装着ラボへと戻った。
晴が操作すると、機械は動き出した。
そして、ファロボンは上からゆっくりと降下し、ついにその姿がガラス越しに見えた。
晴は、ガラスを開け、装着されたファロボンを取り出した。
晴のファロボンは、黄色を基調とした装甲が施されていた。何より特徴的なのは、背後に九つの尻尾のような装甲が施されていることだった。
晴はそれを見て一瞬固まった。
「それって、九尾みたいだね」
木乃芭にそう言われ、晴は元の元気な様子に戻って答えた。
「うん、こんな装備見たことない! 激レアかも!」
晴は、専用端末を操作し、更新されたファロボンのデータを見た。
ファロボンには、装備ごとにそのモチーフに沿った名前がつけられる。ある殺し屋のような犬型のファロボンの名前は、キラードッグG3といったような感じだ。
晴のファロボンの機種名は、キュウビであった。後ろに数字などがついたいないことから、類似した機種も存在しないことがわかる。
「キュウビって言うみたい! これが、私の心にピッタリなファロボンなんだって」
「凄いじゃん。キュウビっていかにも強そうだし」
そんな会話をしていると、他のプレイヤー達も周りに集まり始めた。
「あんなの初めて見た!」
「やば、すご!」
「スペックはどうなんだ?」
そんな声が聞こえてくる。
どうしたものかと晴が戸惑っていると、青年が近づいてきた。晴達と同じく高校一年生くらいであろうか。
その青年は晴の目の前に立つと、口を開いた。
「君、僕と勝負してくれないか?」
「えぇ!」
晴が突然なことに戸惑っていると、青年はカバンからファロボンを取り出した。
その青年のファロボンは黒い甲冑に赤いマントを纏っていた。そして、剣を身につけており、口元にはわずがに2本の牙なようなものが見える。
それを見た周りのプレイヤー達は、またしても驚いた声をあげている。
それは、晴のキュウビと同じように類似の機種が存在していないファロボンであった。
「もしかして、それって……」
晴がそう言うと、青年は答えた。
「ああ。名前はヴァンパイア、君のファロボンと同じように特別な機種だと思っている」
「特別?」
「戦えばわかる。どうだ?」
晴は少し考えると、頷いて答えた。
「わかった! 私、勝負する」
晴がそう答えると、周りは盛り上がった。珍しい機種同士の戦いに、皆興味津々な様子だ。
「こっちだ」
そう言って、青年はバトルスペースの方へと向かった。晴もキュウビを持って後に続いた。
移動中、木乃芭は心配そうに、晴に声をかけた。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? 晴、初めてなんでしょ」
「何とかなるよ、多分」
パーク内のバトルスペースには、ファロボン専用のバトルスタジアムがいくつも設置されている。
バトルスタジアムはファロボンが動き回るには十分の大きさがある。両サイドにファロボンを設置する場所があり、各プレイヤーはそこにファロボンを置き、情報を入力する。そうするこで、ファロボンはバトルスタジアムに投入される。
バトルスタジアム内では、ファロボンの多くの機能が解除され、白熱した戦いが繰り広げられる。
晴はキュウビを設置した。すると、操作用端末にプレイヤーネームを入力するように表示された。
「そう言えばまだ決めてなかった。ハルでいいや」
画面には相手のプレイヤーネームも表示されていた。
彼のプレイヤーネームは、レンだ。
そうしている間に、両者のファロボンはスタジアム内に投入された。
バトルスタジアムの中は、試合が始まるまでは外からは見えない。それは、ステージがランダムに決定されるからだ。
少しすると、ステージが決まったようで、外から中が見えるようになった。
どうやら、平原のステージであり、障害物はほとんどない。
そして、その中央で向かい合うようにキュウビとヴァンパイアが向かいあっている。
少しの沈黙ののち、バトル開始の合図がなった。
ヴァンパイアは、動かずにこちらの様子を伺っている。
「じゃあ、こっちから行くよ」
晴はキュウビを操作し、一気にヴァンパイアへと走らせた。キュウビの武器は、両手に装備された鋭い爪だ。
その爪で、ヴァンパイアを切り裂こうとするも、ヴァンパイアは最低限の動きでそれを避けていく。
「あれ、思うように動かない?」
晴はキュウビの動きが少しぎこちないような気がしていた。
そして、ヴァンパイアは剣でキュウビを攻撃した。
キュウビは爪でそれを防ぐも、防戦一方となっていった。
「キュウビが私の心に最適なんだったら、もっと動かしやすいと思ったのに」
晴はキュウビの操作に手こずっていた。操作を焦っているなか、不意に木乃芭が晴に声をかけた。
「実際の九尾ってどう動くのかな?」
「実際のキュウビ?」
晴は少し考えた。
そうか、私はいまキュウビを操作しているんだ。つまり、キュウビと一心同体にならないといけない。そして、実際の九尾をイメージするんだ。
そして、晴は操作を行なった。
キュウビは距離を取ると、手を地面につけた。そして、四足歩行のごとく、手と足で地面を蹴った。
それは、先ほどまでのスピードより明らかに速く、動きも俊敏になっていた。
キュウビは左右に跳びながら、爪で攻撃を連続で仕掛けた。ヴァンパイアは、それらを剣で受けた。
「動きが変わったな」
そう言ってレンは軽く笑うと、端末を操作した。
ヴァンパイアは、軽やかに後方に飛び、そして剣をキュウビに向けて突進した。
キュウビが剣を受け止めると、その勢いのまま飛び上がり、キュウビの背後へと回った。
そして、ヴァンパイアの口元の牙が伸び、キュウビの首へと突き刺した。
「え! そんな攻撃ありなの⁉︎」
端末を見ると、キュウビのHPがじわじわと削れていっていた。
その様子はまるで、本物のヴァンパイアが吸血しているかのように見えた。
キュウビは、腕を回し、体を回転させるも、ヴァンパイアを振り解くことができなかった。
「このままじゃ……」
晴が必死に端末を操作していると、あるコマンドが目に入った。
それは、通常の操作にはないコマンドのはずだ。
晴は一か八かそれを押してみた。
すると、キュウビの九つの尻尾が紫に光り出した。
「なにっ⁉︎」
レンは、警戒しヴァンパイアをキュウビから離れさせた。
その瞬間、それぞれの尻尾から、紫の火の玉があらわれた。その九つの火の玉は、ヴァンパイアをホーミングした。
ヴァンパイアは、逃げながら剣でそれを斬った。そしね、最後の火の玉を斬った瞬間、目の前にキュウビが迫っていた。
キュウビの速さに防御は間に合わず、キュウビの爪はヴァンパイアを貫いた。
致命的ダメージを負ったヴァンパイアは、HPが0となり倒れた。
そして、バトル終了の合図とともに、音声によってハルの勝利が宣言された。
晴は、何故紫の火の玉が尻尾から出たのか、どういう原理なのか全く分からなかった。しかし、とりあえず勝ったという実感が湧いてきた。
「私、勝ったー!」
晴はそう声を出して喜んだ。
「凄いじゃん」
木乃芭も晴にそう声をかけた。
周りも盛り上がっているなか、レンが晴の方へと歩いてきた。
「ハル、良い勝負だった。ありがとう」
「こちらこそ。それに、私が操作に慣れるまで待ってくれてたでしょ」
「……それより、一つ聞きたいことがある」
レンは真剣な顔で一つ質問をした。
「……君は、九尾に会ったことがあるのか?」
「え……」
突然の予想外の言葉に晴が戸惑っていると、レンは続けて口を開いた。
「僕は会ったことがある。そして、僕は今ヴァンパイアを手に入れている。これは、必然だったのかもしれない。戦ってわかったと思うが、ヴァンパイアには普通のファロボンにはないような原理不明の機能がついている……もしかして、君もそうなんじゃないか」
晴はその質問に対して、静かに頷いた。
場所は変わり、ファロボン販売会社の社長室。
社長である男は、パソコンをは触っていた。そして何かを見つけると手を止め、ため息をついた。
「……今度は九尾か」
社内でも、ファロボンの特別な機体についての質問が寄せられていた。社長はそれに対して、社長自らが用意したオリジナルであり、レア要素でもあると説明していた。
しかし、実際はそうでなかった。
開発工程において、あるデータが入力されたときにだけ反応するプログラムをいつのまにか仕組まれていたのである。
そして、そのあるデータの鍵を握るものが、Mファイルだった。Mファイルとは、実在しないとされるあらゆるモンスターなどに関する個々のエネルギーデータが記載されたファイルだ。
つまり、このMファイルを作成した人物こそが、プログラムを書き換えた犯人である。
社長は、天井を見上げて呟いた。
「アイ、お前は何をしようとしている」
ただ、社長は成り行きを見守ることしかできなかった。