⑦十四と天使様
「そのときは手をとって一緒に踊ろう」
「え?」
繋がれた手は離さない。片手から両手へ。逃さないようにしっかりと握ってその場でクルクルと回りだした。周りに利用客がいてもお構いなしに、木目のフローリングをキュッと鳴らして身体を寄せ合う。
「ちょ、ちょっとカレンさん!」
戸惑う十四だがそれでも私はやめなかった。一定のリズムで足踏みし、十四をサポートしながら踊る。小学生が鼻で笑うくらいド下手な創作ダンスだ。恥じらいも捨てて大胆に手を広げる。
そんな私たちに、ダンスの催し物が始まったのかと勘違いした利用客らは手拍子を鳴らしてくる。注目を浴びて十四は顔を俯かせる。でも恥じらいながらも楽しくなっている気がした。私もそうだった。
「ねえ十四!」
「なあに!」
「もしも地獄のような世界になってしまったらクラスのみんなを誘って皆で踊ろうよ! 戦争が起こったなら戦場で阿鼻叫喚の音楽に合わせて舞踏会を開こう!」
「なによそれ!」
まるでこの銭湯が舞踏会の会場みたいに手拍子に合わせて私と十四は踊る。踊り方なんて知るわけもない。手を繋いだまま、片手を伸ばしたりその場で回ったり、とにかく自由で楽しいダンスを踊る。そんな二人がロクでも会話をしているなんて誰も思わないだろう。
「彼岸花をアクセサリーにして、返り血まみれの真っ赤なドレスを靡かせてさ、屍の肉片で作ったステージの上で踊りあかそうじゃないの」
「ふふっ、ロマンの欠片もないね。でも面白そう!」
「お酒も飲んじゃってさ、学生時代の思い出をいっぱいしてさ、きっと楽しいに違いないよ!」
手拍子が速くなっていく中、最高潮のところで決めポーズをしてダンスは閉幕した。せっかくお風呂に入ったのに汗だくである。息が上がる中、手を繋いだまま私たちは見つめあっていた。お互いに前髪が汗に濡れてヘンになっている。それがツボにはまって息の仕方を忘れるくらい笑いあった。
「そのためには学校でも放課後でも、いっぱい思い出を作らないとね」
「ねえカレン」
繋いでいる手に力が入る。十四は真剣な眼差しで私の名を呼んだ。初めて呼び捨てにされた。
「そのときは私と一緒に地獄に落ちてくれる?」
「もちろん!」
普通の人なら戸惑い、言葉にするのを躊躇うだろうが私は考える間もなく返事をした。自分でも驚くくらい迷いのない即答だったと思う。そのときの私は純粋な笑顔を見せていたに違いない。
「迷子にならないようにしっかり手を繋いでさ、地獄でも一緒に踊ろうか」
「約束だよ?」
「口約束じゃ不安?」
「すこし不安」
「だったら」
私は片膝をつき、お姫様に忠誠を誓う騎士のように十四を見上げる。
「地獄に落ちてもダンスの相手をしてくれますか、十四様?」
彼女の手の甲に優しい口づけをした。十四はちょっぴり驚いた顔をして、時間差で腹を抱えて笑いはじめた。
「あははっ」
涙が出るくらい笑っている。どこにツボが入ったのか分からないが、ヒィーと息苦しそうに呼吸をしている。なんだか私が恥ずかしくなってきた。
十四の顎から零れ落ちる汗と涙。それを袖で拭きながら、十四は胸に手を当てて呼吸を整える。そして彼女は、仮初ではなく本物の、天使のような笑み浮かべてこう言った。
「図が高いぞ、ばあか」、と。
「この付近にコインランドリーがあったはずなんだよ」
「ほんとに~?」
街灯が照らしていないと暗くて先が見えない。それほど夜が更けてきた時間帯だった。
天野十四と裸の付き合いをして語り合った銭湯の帰り道、泥だらけの制服を洗濯しようという話になり、コインランドリーを探していた。銭湯の店主からビニール袋をもらい乱雑に入れている。まるで浴衣の巾着のように手首にぶら下げている。
スマホで地図アプリを開くも、最近できたばかりのコインランドリーのため検索してもヒットしない。たしか銭湯から駅へ向かう道の途中にコインランドリーがあったと記憶している。
「でもこうして夜の散歩をしているのも楽しいけどね」
「まあね。私も夜に出歩くこともなくなったから、ちょっと楽しい」
「ね」
十四は軽く鼻歌を唄っている。足取りも軽い。たまにスキップも踏む。その動きにあわせてビニール袋を振りまわす。彼女の金髪は夜でも輝いていた。月の光に照らされた花畑にアゲハ蝶が飛んでいるみたいに目を惹かれるほど美しかった。
「ねえ十四」
「なに?」
「コンビニ寄っていい?」
コインランドリーは見つからないがその代わりにコンビニがあった。住宅街の一角にまぶしい光を放つコンビニは、駐車場はガラガラで買い物客も誰もいなさそうだった。立地からしてどう考えても近所の住人しか使わなさそうなコンビニである。暇そうなコンビニ店員はあくびをしてまぶたを擦っている。
「ん、それなら外で待ってるね」
「買うものは決まってるからすぐ買ってくる!」
私は走ってコンビニに入店し、ものの一分もしないうちに出てきた。すでに買うものは決まっていたので爆速である。私が買ったのは軽食である。袋から白い包み紙に入った中華まんを取りだし、それを包み紙ごと半分にちぎる。すると甘い匂いとともに湯気が夜の空気を白く染める。それを十四に差し出した。
「肉まんが売ってなかったからあんまんだけど、食べられる?」
「えっ、あ、うん。ありがとう」
戸惑いながら十四はあんまんを受け取った。私は大きな口を開けてかぶりついた。こしあんの甘みが口いっぱいに広がる。生地はふわふわであんこの美味さを引き立てている。
「食べないの?」
十四は半分にちぎられたあんまんを静かに見つめる。もしかするとつぶあん派だったんだろうか。古来よりこしあん派VSつぶあん派で争いが行われていると聞いたことがある。もしや地雷を踏んでしまったか。
そう思ったが十四は大きな口を開けてかぶりついた。一口、二口、そして三口でたいらげてしまう。唇の端にはあんこがべっとり付いている。
「きっと私は、今日という日を絶対に忘れない。ありがとうねカレン!」
そうやって私だけに見せる笑顔に、どうやら虜になってしまったようだ。
「まだまだ夜は終わらないよ」
そう言ってビニール袋から小さい缶の炭酸ジュースも取りだした。二缶分買ったのでこれはシェアする必要はない。
静かな住宅街に『ぷしゅ』と反響させて、それから近所迷惑を考えず「「かんぱーい」」と楽しそうな声が響きわたったのであった。




