⑬小さな科学者と惚れ薬
「お前が作った惚れクスリってやつだよ。飲んでやる」
「ほんとですか! でも本当にいいんですか……?」
「だったら飲まないぞ?」
「い、いますぐ注ぎますね!!」
いそいそとお猪口に惚れクスリを注ぐ。まちこが準備している間、私はステラハートの隣に移動し、彼女の肩に腕を乗せる。手を払いのけられると思いきや抵抗されなかった。
「別にお前らに貸しを作ってもいいと思っただけだ。それに惚れクスリなんてフィクションだろ」
「まだ何も言ってないけど?」
「この貸しは忘れるなよ。いつか扱きつかってやる…っ」
恥じらいを感じているのかステラハートは頬を赤く染めている。彼女の意外な一面を知れた。目つきも態度も悪いが、根は優しいやつなんだ。オタクに優しいギャルみたいに。
「でもありがとう。見た目と言葉遣いによらず優しいんだなステラちゃんは。良い友達になれそうだ」
「誰がお前みたいな牛乳娘と」
「残念ながら私は友達募集していないんでね。そこにいる湖畔まちことだよ。良いヤツだからあんまりイジメてやんなよ」
「私に友達は要らない」
「お、ステラちゃんも一匹ブルドックか」
「ぶち殺すぞ」
まちこと違って可愛くない反応だ。丁寧に舌打ちまでしてきやがった。本音ではないのは分かっていても多少なりとも傷つく。言葉のゴムボールだって当たれば痛いのだから。
「ちなみにまちこは、アメリカの限られた者しか入れない有名な研究施設カルフォルニア第一研究所に籍を置いている自称天才科学者なんだってよ。首に掛けてある証明書も本物だ。観測者の私が言うんだから間違いないさ。怪しい薬品と怪しい葉っぱを混ぜてるの見ちゃったし」
肩がぴくっと動いた。表情は静かだが、筋肉は素直のようだ。
「あ、ちょっと警戒したでしょ」
「幼少期から悪魔の瘴気に当てられても支障ないように誘惑、毒、そういう訓練は受けている。たとえコレが本物だろうがそんな陳腐なものに屈する私ではない」
「フラグやん」
お猪口を受け取るとステラハートは液体を見つめていた。生唾が喉を鳴らす。口を近づけるにつれて手が震えだす。
「ほら、なにビビってんの! ぐびーっとイッちゃって」
「やかましいな牛乳娘!!」
煽られて勢いのままひと口飲む。
「どうですか?」
「ん……ん?」
続けて二口目を口に運ぶ。口に含んだあとにゴクリと喉が鳴る。そしてお猪口にある惚れクスリを一気に飲み干した。
「普通に美味いな。イチゴとさくらんぼを混ぜたフルーティーな味にほんのりとミント香る」
「なにその丁寧な食レポ。え、嘘でしょ。ちょっと私にも」
試しに飲んでみたが普通に美味しい。朝食に飲みたいフレッシュなドリンクだった。これは失敗ということだろうか。
「やっぱりまちこは自称科学者だったかぁ」
「だから自称じゃないですって!!」
「用が済んだならもういいだろ」
安堵した顔でステラハートはその場を去っていく。
「ステラハートさん、ありがとうございます! また薬を作ったらぜひ被検体になってください!」
足を止めて振り向きはしなかったが片手を上げて返事をした。その返事だけでもコミュニケーションを取れたことでまちこは満足したようで嬉しそうにしていた。
「素直じゃないねぇ」
「いつの日かステラハートさんともお友達になってみたいです」
「なれるさ。ステラハートだけじゃなくてこの学校のたくさんの人と友達に。まちこならきっとなれるよ」
「α棟のみなさんとも仲良くなれるでしょうか?」
「もちろん。あとはまちこの頑張り次第だなぁ」
「それじゃあカレンさんはずっと私の隣で見届けてくださいね」
いま『ずっと』と言いましたか? 口に出さず横目でまちこの様子を伺うと、彼女もつぶらな瞳を私に向けていた。
「だってカレンさんは”自称”観測者なんでしょう? 私のことちゃんと観察しておいてくださいね」
「お、言い返したなぁ~」
「それに」
軽快な足取りで私を走り抜き、スカートを翻しながら私に見ろと言わんばかりに自らの頬を人差し指で二回叩く。
「私の頬にキスした代償は高いですからね?」
そう告げて彼女は走り去っていた。
私が結った二つ結びのおさげがぴょこぴょこ跳ねている。窓から差し込む光に照らされたホコリがスノーダストのように輝いている。それも相まっていたずらに笑った彼女の笑顔が脳裏から離れない。胸の奥で生まれた熱が身体中を巡っていく。
「あぁ、これはやられたな」
あとで惚れ薬の打ち消し薬でも調合してもらおう。
私は足を踏み出した。優しい香りを追いかけて。




