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コメディー短編集

勇者たち、魔王に胸キュンしすぎて魔王を倒せない

作者: ミント

「ついに見つけたぞ……ここが、魔王レイモンドの居城だ……!」


 緊張のためか、やや上ずった声で話す勇者イヴァン。その言葉に冒険者パーティーの面々は、それぞれ息を呑む。


 人に仇為す、魔族たちの王。彼らはそれに対抗すべく、手を取り合い共に戦ってきた仲間たちだった。


 教会で加護を受けて以来、僧侶として癒しの力で人々を回復し続けた少女ニーナ。

 幼い頃から修業を積み、魔法使いとしての才能を開花させた魔女サンドラ。

 自警団でその才能を見込まれ、逞しい漢たちと共に戦闘を学び立派な格闘家へと成長した戦士シド。


 敗北も苦戦も経験し、強くなってきた仲間たち。彼らはただ、世界平和を目指して戦ってきた。その終わりとなる戦いが、これから始まる。人類の命運をかけた勝負が、自分たちの手で行われる……緊張と恐怖で固唾を飲む四人の前で空気が淀み――頭にヤギのような角を生やした魔王が現れる。


 目鼻立ちの整った顔立ちに、引き込まれるような漆黒の髪と瞳。その姿は――超イケメンだった。




 胸キュンポイント ♡100 普通にイケメン




「はうっ……!」


 魔王を目にしたニーナが突然、胸を押さえて苦しみ出す。別に魔王は何もしていない、だがどこからかズキューン! と凄まじい音がしたような気がした。慌てて他の三人がニーナを見やると、彼女は胸に手を当て頬をほんのりと染めている。


「ヤ……ヤバい……!」

「おい、どうしたニーナ!? 何か攻撃を受けたのか!?」

「凛々しい端正な顔立ちの正統派イケメン……正義だわ……!」


「はぁ!?」


 揃って顔を見合わせる三人に対し、ニーナは悶えながらも必死に自分の状況を説明する。


「ずっと僧侶として働いていて……カッコいい人に会う機会なんて滅多になかった……まして、冒険者になってからはますますイケメンと接することなんて無くなったのに……あんなイケメンに会ったら、胸がドキドキして動けない……!」

「ちょっと待てニーナ! それ、遠回しに俺たちのこと『イケメンじゃない』って言ってないか!?」


 どこか的外れなツッコミをするイヴァンをよそに、サンドラも「確かに……」と密かに頷く。女性陣のその反応に少しショックを受けるシド、だが魔王はそんなことなど意に介さずゆっくりと口を開く。


「よく来たな、勇者たちよ……この魔王レイモンドが丁重にもてなしてやろう……」




 胸キュンポイント ♡100 いい声




「ひぎぃっ! こ、声までイケボ……!」


 さらなる追撃を受けたニーナは、がっくりと膝をつく。イヴァンとシドが彼女の名を呼ぶが、その瞳は既に恋する乙女のそれだ。恍惚とした表情で、蕩けるような顔をしながらニーナは呻く。


「某小野さんみたいな、低くていい声……! ダメ、魅了されちゃう……!」

「っおい、ニーナ! いくらイケボでも実名を挙げるのはやめろぉぉぉっ!」

「該当する方たちで、バスケがキャンドゥできるからセーフ……」


 それだけ言うと、ニーナはがくっとその場に倒れ込む。焦って彼女の名を絶叫するシド、しかしサンドラは「二人とも落ち着いて!」と声をかける。


「確かに相手は超イケメンだけど、今までの私たちの戦いを思い出して!ここで立ち止まってはいけない、私たちがしっかりしないと……!」


 言いながらサンドラは杖を構える。そこでイヴァンとシドも落ち着きを取り戻したようだ。二人はなんとか、戦闘態勢を整えようとするが――




 ぽとっ。




 魔王のポケットから、何かが零れ落ちる。彼はその白魚のような手で、それをそっと拾った。


「おっと……ポケットに入れていた苺みるくキャンディーが落ちてしまった……」




 胸キュンポイント ♡100 実は甘党




「ふぐぅっ!?」


 あまりの衝撃に、サンドラが杖を取り落とす。剣を構えたイヴァンは慌てて「おい!」と声をかけた。


「サンドラ! お前までやられるな、しっかりしろ!」

「っ……大丈夫……ギャップ萌えなんて初心者向け、私はこれぐらい余裕……!」


 一体どの分野の初心者なんだ? と言いたくなるのを堪えるシド。そこにバタバタと忙しない足音が聞こえてくる。ぜいぜいと肩で息をしながら、駆け込んできたのは若い魔族の男性だった。ここでまさか増援か!? と緊張するイヴァンたちをよそにその魔族は泣き出しそうな顔で報告する。


「レイモンド様! 我々のミスで勇者パーティーがこちらに乗り込んできてしまいました! 申し訳ありません!」

「構わん……同じ過ちを繰り返さないよう、次から気をつけることだ……」




 胸キュンポイント ♡100 部下のミスに寛容




「ですが、レイモンド様の手を煩わせるわけには……! 責任をもって、ここは我々が迎え撃ちます!」

「その必要はない。この魔王レイモンドに盾突く者がどうなるか……この問題は、私の力だけで解決する」




 胸キュンポイント ♡100 率先して仕事をしてくれる




「そんなことより、ここは危険だ……お前は下がっていろ」




 胸キュンポイント ♡100 部下の身を案じ、気遣ってくれる




「っいぎゃあああああっ!?」


 一連の流れを見ていたサンドラが突如として叫び声を上げ、その場にばったりと倒れ込む。イヴァンとシドが慌てて、その体を起こそうとするが彼女はガタガタ震えるばかりだ。


「っしっかりしろサンドラ! お前まで戦う前に倒れるな!」

「ま、魔法使い業界はセクハラ・パワハラが当たり前の超ブラック職場……こんなホワイト上司がいるなんて信じられない……う、羨ましすぎる……!」

「いや、気持ちはわかるがしっかりしろ!」

「だ、だからこそさっきの『甘いもの好き』という意外な可愛さが光る……こんな上司のいる職場で働きたかった……」


 それだけ言い残すと、サンドラの体からがくりと力が抜けた。


「おぉぉぉいっ! しっかりしろぉぉぉっ!」


 仲間への心配なのか、はたまたこの状況への嘆きなのかわからない叫びを上げるイヴァン。しかしシドはイケメン認定除外されたショックから立ち直ったのか、何事もなかったかのように真剣な顔つきになるとじろりと目の前の魔王を睨みつける。


「なんてことだ、これが魔王の実力……戦わずしてここまで戦意を喪失させるなんて……おそろしい子!」

「シド、お前そんな口調だっけ……?」

「だが、だが……俺たちは負けない! 死んでいった二人のために、俺とイヴァンだけでも魔王を倒す!」

「ニーナとサンドラ、もう死んだ扱い!?」


 本人なりに勝手に覚悟を決めたらしいシドに、イヴァンもなんとかこのカオスな状態を振り切る。


 そうだ、自分たちは魔王を倒すためにここまで戦ってきたはずだ。ここで魔王に胸キュンしすぎて戦えないなんて、そんなお粗末な結末が許されるわけがない。せめて、一撃でも……! そう考えや否や、シドとイヴァンは戦いの姿勢を作る。魔王レイモンドもそれに負けじと、こちらを威圧するようなオーラを放ってくるが――「あ、すまない。少し待ってくれないか」と唐突に片手を挙げた。


「む……新しいツイートだ。おぉ、このうさぎ動画……! なんて可愛いんだ、即リツイートだ……!」


 スマホを片手にほっこりと顔を綻ばせ、何か操作し始めるレイモンド。そのスマホケースにはうさぎのシールが貼られていた。



 胸キュンポイント ♡100 可愛いものが好き

 胸キュンポイント ♡1,000 動物が好き

 胸キュンポイント ♡10,000 うさぎが好き




「ぐっはあああああっっっっっ!?」


 その瞬間、シドは雷に打たれたかのような衝撃を感じその場から吹き飛んだ。仰向けになり、死にかけのゴキブリのように両手両足をピクピクさせるシドは一目で戦闘不能とわかる状態に陥る。


「シドぉぉぉぉぉっ!?」

「イヴァン……すまない、俺はもう駄目だ……」

「嘘だろ!? お前さっきまで『俺たちだけでも魔王を倒す』って言ってたじゃないか!」

「っ死んだ父さんがよく言ってた……どんな苦境でも、必ず己の正義を信じろと……それと『うさぎの可愛さは正義、マジ神がかってる』と……!」

「お前の父ちゃんの遺言、それで良かったのかぁぁぁっ!?」


 この場にいないのに勝手に勇者からのダメ出しを受けたシドの父親。その強く逞しく筋骨隆々、だが裏ではこっそりうさぎを飼育しそのフワフワした尻に目尻を下げまくっていた姿を思い出しながらシドは呟く。


「……休みの日は『#うさぎのいる暮らし』で一日潰れちゃう人生だったな……」

「っお前の最期もそれでいいのかぁぁぁっっっ!?」


 最終的に親子二代にわたってdisられることになったシドだが、イヴァンの言葉に答えることはない。返事がない、ただの屍のようだ……そうしてたった一人になってしまったイヴァンを、レイモンドは嘲笑う。


「ふっ……魔王城まで来れた勇者パーティーといっても、その力は所詮こんなものか……」

「いや、力見せるところ全然なかったんだけど……」

「さぁ、たった一人の勇者よ……この魔王レイモンドを前に、これからどうする?」


 完全に舐め切った態度の魔王に、イヴァンは困惑しながらもキッとその顔を睨み返す。色々言いたいことはある。怒り、悲しみ、嘆き、呆れ。散っていった仲間たちにも、正直まだツッコミたりなかった。だが、自分が魔王と対峙している事実には変わりない……覚悟を決め、剣を取り出すとレイモンドに向かって堂々と宣言してみせる。


「っ例え俺一人になっても、俺は最後まで諦めない! 無謀な戦いでも犬死でもいい! 俺は……『女の子は勇者になれない』って言って俺を馬鹿にしてきた家族や村の仲間を見返すんだ! そのために絶対泣かないって決めた! 絶対、諦めないて決めた! だから……いくぞ!」

「……えっ」




 胸キュンポイント ♡100 男装女子

 胸キュンポイント ♡100 オレっ娘

 胸キュンポイント ♡100 戦うヒロイン

 胸キュンポイント ♡100 意志が強い 頑張り屋

 胸キュンポイント ♡100 逆境に負けない 諦めない

 胸キュンポイント ♡100 家族環境や生活環境が悪くても挫けない

 胸キュンポイント ♡100 めげない しょげない 泣いたらダメ




「ぐおおおおおっっっっっ! 怒涛の萌えポイント! 容赦ない胸キュン! 戦う君は美しい!」

「……は?」


 冷めた返事をするイヴァンの前で、レイモンドの体が爆発し霧へと変わっていく。


「私の負けだ……最後に……うさぎが鼻をすんすんするところを見ていたかった……」


 そうして消えていった魔王レイモンドを前に、イヴァンは呆然としながら呟く。




「結局、魔王倒せなかったんだけど……」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 恐ろしい魔王でした。 次々に仲間をやられて(?)いく勇者イヴァンでしたが、 自身が多くの胸キュンポイントの持ち主でしたね。 最後の7連コンボは強烈でした(笑)
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