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七福神観察日記 ~作家志望の僕が実際に出逢ったあまりにも個性的過ぎる七福神の生態を綴ったノンフィクション小説~  作者: 葉月 陽華琉
第二柱  福禄寿観察日記  ~作家志望の僕があまりにもアニオタ過ぎる福禄寿との連絡先を交換した事に因って取材欲が強まったが、なかなか思い通りにいかなかった話~
9/40

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月曜日の夜。

見ず知らずの男の荷物が自宅に置きっ放しにされているという状況が、かなり気持ち悪い。


 連絡するか。

シャワーを浴び、スウェットに着替えた僕は、テレビ台の上に置いた溜口圭吾の名刺と、スマホを手に取った。


 神様の荷物。

中身は何が入っているのだろう.

神様は普段、何を持ち歩いているのだろう。

悪い好奇心が働き、それと戦っていると、インターホンが鳴った。


 魚眼レンズを覗くと、後頭部を押さえて申し訳なさそうな顔の福禄寿がいた。

やはり恰好は赤ジャージだ。

僕がドアを開けると、「申し訳ありませんっ! リュックの事すっかり忘れてましたぁ」と、福禄寿は勢い良く頭を下げると、リビングに上がり、四角いリュックのファスナーを開けた。


 すると、リュックの中はフィギュアで埋め尽くされていた。

何故、フィギュアを持ち歩いているのだろう。

その量に、思わず引いた。いや、例え一体でもフィギュアを持ち歩いている事に引く。


「あの、良かったら、飲みにでも行きませんか?」

〝ドラゴンボール〟や〝エヴァンゲリオン〟のフィギュアで埋め尽くされたリュックの中身を見て安堵したらしい福禄寿は僕に云った。


 あれから戻って来ない寿老人に代わってこの男をじっくり取材しよう。

質問攻めにして、七福神の生態を目一杯引き出してやる。

小説の、ネタの為に。


 「いやいや、ですから、違いますってぇ。違います違います。違いますから。七福神じゃないですって、私はぁ」

何故、僕の前で寿老人に説教しておいて白を切れるのだろう。


「それなら、質問を変えます。自分が七福神である事を人間さんに教えるなって、云ってましたよね? という事は、少なくとも彼の正体を貴方は知ってるって事ですよね?」

「いや、まぁ、その、えっと……」


「『人間さんに』って事は、貴方は人間ではないんじゃないんですか」

「いや、それは、その、我々人間には、あんまり云わない方がいいんじゃ、ないのかなぁなんて」


「何より、貴方は僕が寿老人さんの正体を知ってる事が解った時、『何でこの方、私達が七福神って事知ってんのっ!』って云ってましたよね? 『私達』って云っちゃってますよね? 僕は聞き逃しませんでしたよ」

「いやぁ、何か、あの、えっと……」


「そのカブトムシ、ホントは鶴ですよね?」

「えっ……」


 福禄寿がこの個室に入ってすぐにジョッキの近くに置いたカブトムシを見て云うと、福禄寿は絶句した。福禄寿は普段、鶴を連れている事は既にリサーチ済みだ。


「どうなんですか? 福禄寿さん?」

「えっ……! ちょっ!」


 福禄寿はきょろきょろと大袈裟に頭を動かしながら居酒屋の壁を見回す。

「大丈夫ですよ。完全個室ですから、此処。他の人は聞こえてませんよ」

「解りました。認めましょう。確かに私は、七福神のメンバーで、福禄寿といいます。で、ホントは、こいつ、鶴です」


 福本伸行の漫画を彷彿とする様な大粒の汗が流れた福禄寿は、か細くなっていく声のままハイボールを注文し、店員が運んで来たそれを一気に飲んだ。


「じゃあ、バレてしまったので、この際だからお話しましょうかね。我々七福神は普段、人間さんに化けて生活しています。そして、良い運を僥倖といい、悪い運を厄というのですが、いい行いをした人間さんには僥倖を、悪い行いをした人間さんには厄を与えるのが、我々七福神の役割なんです」

「あっ、はい」


「運にはランクがあって、そのランクと当事者の名前を掌に指で書くと、その人間さんに運を与えられます。因みに、右の掌だと僥倖で、左だと厄になります」

「それは、もう……」


「運のランクは十段階あって、きのえきのとひのえひのとつちのえつちのとかのえかのと、あと、えっと、何だっけ、あれ、字は浮かんでるんだけどなぁ」

みずのえみずのと、ですよね」


「あぁっ! そうだっ! 〝みず〟だっ! 〝みずのえ〟、〝みずのと〟だったっ! 滅多に使う事ないからなぁ、上の二つはっ! よく解りましたねぇ! あと、七福神は全員、人間さんに僥倖や厄を与えられる能力を持っています。僥倖は、神ごとに分野が異なっていて、私の場合は、財運招福、立身出世、招徳人望、子孫繁栄、健康長寿です」


 福禄寿はポテトサラダを箸で摘まんだ。

福禄寿は残りのポテトサラダを一気に食べると、酒盗と冷奴を一口ずつ摘まんだ。


「『覚悟とは、暗闇の荒野を進むべき道を切り開く事だ』」

「はい?」


「第五部のジョジョ、ジョルノ・ジョバァーナの名言です」

「えっ?」


「『撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ』」

「はい?」


「これはルルーシュの名言です。〝コードギアス〟の」

「えっ?」


「『己の信じた道を歩み続ける事で才能の蕾を開花させ、誰も踏み入れていない場所の景色を見た奴を、人は天才と呼ぶ』」

何なんだ、この時間は。


「これは、私の名言です」

自分のかよ。

何故、この流れで自分が考えた言葉を云ったんだよ。

大体、自分で名言って云うなよ。


「『スリルと引き換えに給料分の仕事はしてやるよ』」

福禄寿は物真似をしているらしい低めの声で云った。


「これはもう、バトーの名言なのは勿論云うまでもないですよね。〝攻穀機動隊〟の。何てったって大塚さんの声が痺れますよねぇ。お父さんの渋さをちゃんと引き継いでますよねぇ。でも、松田さんのバトーも良かったですよねぇ」

何で知っている前提なんだよ。


「『道を切り拓くと小さな可能性が生まれ、その道を歩む程に可能性が育つ。だが、諦めた時点で全ての可能性は断絶する』」

福禄寿は芝居掛かった表情と口調で云った。


「これね、私の名言」

またかよ。物真似じゃなかったのかよ。


「『他者と比べるより、自己ベストを塗り替えろ』」

福禄寿は同様の表情と口調で云った。


「これも、私です」

「はぁ……」

ちょいちょい自分の言葉を入れるのは何なんだ。


「じゃあ、クイズといきましょうか。まずは初級編。『メビウス! 貴方の幸せは何?』はい、これは誰の言葉でしょう?」

「いや、ちょっと、解らないです」


「えっ、キュアピーチですよ、キュアピーチッ!」

「いや、解らないです」


「〝フレッシュ〟ですよ、〝フレッシュ〟!」

「いや、解らないです」


「最終回で云ってたじゃないですかっ!」

「いや、解らないです」


「えっ、〝プリキュア〟知らないんですか?」

「タイトルを聞いた事なら」


「アカンアカンッ! はぁ~、勿体ないっ! あの素晴らしい作品を観てないなんて、ほんま考えられへんわっ! 自分、人生三割は損してんでっ! いや、四割かもしれへん」

何故か関西弁になった福禄寿の熱弁が始まった。


「〝フレッシュ〟は、キュアピーチと、キュアベリーと、キュアパインと、キュアパッションやねん」

福禄寿はシリーズ毎の概要や登場人物の詳細を捲し立てていく。

「ほんで〝ハートキャッチ〟は、キュアブロッサムと、キュアマリンと、キュアサンシャインと、キュアムーンライトなんや」


 福禄寿の熱弁は二時間を超えた。

「〝スイート〟がな、キュアメロディと、キュアリズムと、キュアビートと、キュアミューズや」

しんどい……。


 「あの、差し支えなければ、真の姿、見せて戴けませんか」

福禄寿の意向に因って僕の自宅で飲み直す事になった彼がリビングに腰を下ろしたタイミングでそう云うと、「あっ、はいはい」と、すぐに応じてもらえた。

福禄寿である事を頑なに認めなかったのが嘘の様だ。


 福禄寿は自分の頭上で手を数秒間擦ると、漂い出た煙が完全に福禄寿を覆い隠した。


 茶色の束帯を着た、一メートルもなさそうなかなり小さな躰。

髪の毛が生えていない、二人分はありそうなかなり長い頭。

皺だらけの皮膚。

真っ白な長い髭。

紐で巻物が吊るされた木の杖。


 煙から現れた姿はやはり、リサーチ通り寿老人にそっくりだ。

「じゃあ、続いてこいつも」


 福禄寿は同様の方法でカブトムシを鶴の姿に変えた。

目の前に、しかも自宅に鶴がいるのが異様な光景だ。


「じゃあ、こいつでかいので戻しますね。殆どの時間カブトムシにしてますから。鶴だとデカいですしね。殆どっていうか、まぁ、全部の時間がカブトムシですね。私の場合、こうやって真の姿でいる方が何となく落ち着くから家ではずっとこうですけど、こいつの場合、わざわざ鶴に戻す理由がないですからね。絶対、カブトムシの方が落ち着くし、あと場所取れないし。だからねぇ、こいつが鶴なのよく忘れるんですよ」

大笑いして鶴を再びカブトムシの姿に変えた福禄寿は、「あっ、そうだ。透明人間モード見せましょうか」と云った。


「我々七福神は、其々違った能力を持っていて、私の場合、それは透明になれる能力なんです。では、やりますね」

最初は七福神である事を頑なに認めなかったにも関わらず、今では自ら特殊能力の披露を提案する程前のめりになっている。


 杖を置いた福禄寿が左の掌に右の拳を二回落とすと、その姿はぱっと消えた。

茶色の束帯だけが浮かんでいる。

「ほら、この様に透明人間になれるんです。私のこの能力が一番神っぽいと、私は思ってます」

浮かびながらリビングのあちこちを動き回る束帯から、興奮した声が聞こえる。


 透明人間モードを解除した福禄寿は、「この時間、何かやってないんですかね」と云いとうながらテレビの電源を入れた。

カメラとマイクに囲まれた国会議員の男があからさまに不機嫌になりながら報道陣への質問に応えている様子。

中国語講座。

俳優が自分の好きな女性の仕草などを語っている様子。

がちゃがちゃとチャンネルを変えている。


「やっぱ、この時間の地上波は面白いのやってないですね」と、リモコンを操作してテレビの画面を小さな文字の文章が表示されただけの真っ暗なそれに変えた。

「あれ、もしかして、アニマックス観られないんですか」

「あっ、はい。契約してないんで」

「えぇっ! 嘘でしょっ!」

「キッズステーションは?」

「してないです」

「えっ、カートゥーンネットワークは?」

「いえ」

落胆した様子で何度も「マジかぁ」と呟きながらチャンネルを回した福禄寿は、若手芸人が大袈裟なリアクションをしながら漁に挑んでいる様子を仕方なく眺める事にしたらしい。


 スマホにメモっていた居酒屋での会話に今のそれを加えていると、頭の中にふと、疑問が引っ掛かった。

寿老人と福禄寿の生態を綴ったこの小説を応募してもいいのだろうか。

もしこの小説が賞を受賞すれば寿老人と福禄寿の生態が世に出る事になるが、問題はないのだろうか。


「あの」

「あっ! 思い出したっ!」

福禄寿は突然大声を出した。


「記憶を消す能力があったんだっ! 我々七福神は、能力を使っている所とかを人間さんに見られたりした場合に、その人間さんの記憶を消す事が出来るんですっ! 人間さんにバレない様にするのが身に付いてるからかあんまり使わないんですよねぇ。記憶を消す能力の記憶が消えてましたねぇ」


 記憶を消せる能力。

記憶を消されては、小説が書けなくなってしまう。


「じゃあ、貴方の記憶を」

「あっ、ちょっと待って下さいっ!」

「はい?」

「僕、小説を書いていまして」

「えっ! 作家さんなんですかっ!」

「あっ、いえ」


「すごいじゃないですかっ! 作家さんだなんてぇ!」

「いや、あの」

「もう、ホント、すごいですよっ! 何で今まで云わなかったんですかっ!  著名人じゃないですか、著名じぃーんっ!」

「あの、まだ」

「それで本がこんなに」

「いや、作家というか」

「いやぁ、すごいなぁ、作家さんかぁ」

「あっ、ありが、とうございます」

何故、お礼を云ってしまったのだろう。否定するべきなのに。


「それで、お願いしたい事があるんですけど、福禄寿さんや寿老人さんを題材にした小説を書かせて戴けないでしょうか」

「つまり、小説の、モデル、ですか」

「はい。小説が売れれば、アニメになるかもしれません」

「喜んで承りますよっ! 是非書いて下さいっ!」

福禄寿は喜色満面で云った。


「〝信じるか信じないかは貴方次第〟的な感じで書いたらウケそうですねっ!」

この小説を世に出す許可を得た。

だが、福禄寿のアニメ好きを利用してしまった事に因る罪悪感が残る。

それに、すごいと云われて思わず云ってしまったお礼は、作家だと嘘をついた様なものだ。

神様についてしまったその嘘を、現実にしなくてはならない。


「じゃあ、交換しますか、連絡先」

「えっ、いいんですか、神様の電話番号を僕が知って」

「勿論。人間さんと連絡先交換したら駄目なんて掟があったら仕事出来ないですからね。あと私、滅茶苦茶人脈広いんですから。まぁ皆、私の正体は知りませんけどね」


 福禄寿は束帯の袖から取り出した、見た事のないキャラクターがデザインされた手帳型カバーを開き、スマホを弄り始めた。

自分もLINEを開き、連絡先交換の準備をする。

この作業は何年振りだろうか。


 画面上には、見た事のないキャラクターのアイコンと背景が現れた。

神様との連絡先交換。

こうしてこの男が僕の執筆作業の取材に対して協力的である事が、僕の執筆に対する熱を更に強めた気がした。


「いつでも、取材したい時に連絡して下さい」

「ありがとうございます」

何日でも何週でも何ヶ月でも掛けて、この男の生態を引き出して面白い小説を書いてやる。


「それじゃあ早速、お話しましょうかね」

福禄寿がそう云うと、僕はメモ帳を開き、握ったボールペンの先端をそれに近付けて、取材のスタンバイに入った。


「私の三大アイドルアニメはですねぇ」

「えっ……」


 「でな、課外活動限定のユニットは他にも〝ことほのまき〟っていうのと、〝のぞまきえり〟っていうのがあんねんけどな――」

長い。

話が長い。

そして眠い。

大体、何で関西弁なんだよ。


 テレビには、夜景と静かなクラシックをバッグにした天気予報が映っている。

福禄寿は何度も帰宅を促してみる僕の声に全く聞く耳を持たず、夢中でアニメの話をしている。

早く終わってくれ。


 「ほんで、二つ目のアニメなんやけどな、これまた名作でな—―」

やっと二つ目か……。長い……。


「ほんでな、ハナのドレシアがフェアリーでな、ルリがジュエルなんや。ほんで、キューピットがホロスコープやねん。ほんでな、ビートがな、うわっ! もうこんな時間やないかっ! アカンっ!」

こっちの台詞だよ。


「あの、差し支えなければ、今晩は此方で寝かせてもらってもよろしいでしょうか? 終電逃してしまいましたし」

福禄寿はスイッチが切れた様に標準語で云った。


「えっ、あっ、はい……」

「それはそれは。ありがとうございます。では、失礼して。明日も早いので」


 福禄寿はリュックを枕にして、「では、おやすみなさい」と、僕に軽く会釈しながらそれに入ると、数秒後にいびきをかき始めた。

何か、ムカつく。

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