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七福神観察日記 ~作家志望の僕が実際に出逢ったあまりにも個性的過ぎる七福神の生態を綴ったノンフィクション小説~  作者: 葉月 陽華琉
第七柱 恵比寿観察日記 ~作家志望の僕があまりにも天然過ぎる恵比寿に呆れと疲れを覚えた話~
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感動

改札を出てすぐのベンチに座る後ろ姿が、ポロシャツに包まれた腰の贅肉がジーンズに載っかっている様とハンチングで、恵比寿だと解った。

「こんにちは」と声を掛ける。

「あっ、此方こそこんにちは」

奇妙な言葉が返って来た。


 恵比寿は、アルミホイルに包まれたおにぎりを割り箸で食べている。

何故、おにぎりに箸を使っているのだろう。箸を使わなくても食べられるのがおにぎりの醍醐味なんじゃないのか。

箸を使うのならおにぎりにしている意味がないんじゃないのか。大体、昼は麺しか食べないんじゃなかったのか。


「ごめんなさいね、ちょっと、食べる時間がなくてねぇ」

数歩離れた位置で「いえ」と返す。


「これ、かにかまが入ってるんです。私、蟹が大好きなもんで、おにぎり食べる時はいつもかにかまをほぐして入れてるんです」

かにかまは蟹じゃないだろ。

それに、ほぐしておにぎりの具にするといよいよ蟹の要素が残ってないじゃないか。


 おにぎりを食べ終えた恵比寿は丸めたアルミホイルをピンクのウエストポーチに入れ、それから取り出した三五〇ミリリットルの黒烏龍茶をぐびぐびと飲んで立ち上がった。


「お待たせしました。あっ、その前に、見ます? 今朝釣った魚」

ウエストポーチからデジカメを取り出した恵比寿は、画面を次々とスライドさせていき、地面に置かれた様々な魚の画像を僕に見せる。


 恵比寿は度々、「大きいですよね、この魚っ!」と興奮するが、何れも比較物が映っていないため、いまいちサイズが解らない。

それに、画面に映った魚を何れも〝この魚〟と呼んでいるが、魚の種類は把握しているのだろうか。

恵比寿がスライドしていく画面から、拳を映した画像が現れた。


「あっ、魚の写真もうなかった」

甲にボールペンで〝なっ豆 細めの電池 白い変人 やつはし サーターアタギー〟と書かれている。

「昨日、買いたい物をメモったんですけど、それだけじゃ不安なので、写真撮ったんです」


 細めの電池って何だよ。

恋人を〝変人〟と書くという典型的なミスをしている上に、サーターアンダギーも書き間違えている。

大体、後半三つは何日掛けてクリアするつもりなんだよ。


 「オンインダラヤソワカッ!」

恵比寿は三十分余りで七人目というハイペースで僥倖を送った。


「あの方、つい数分前、横断歩道を渡ろうとした時、車が通ってなかったんですけど、小学生の姉妹が信号待ちしてたから、自分も待ってたみたいです。信号無視している所を子供さんに見せるわけにいかないですからねぇ。真似しちゃいますから。大人は子供さんのお手本にならないといけませんからねぇ。それを解ってくれている大人がいて助りますよ」

相変わらず判定が甘いな。


「あっ、カラス」

恵比寿は斜め上の電線に並んだ数羽のカラスを避ける様に角を曲がった。

「私、頭に鳥の糞降ってほしくない派なんです」

誰だってその派閥だろ。


「私、趣味が釣りしかないので、新しい趣味を見付けようプロジェクトの第一弾という事で、パスワードを始めたんです。本屋さんでパスワードの本を見付けたのでやってみようと思って。脳トレになるみたいですし、あと、応募したら賞品が当たるみたいですし。答えが解らなくても近くの単語が埋まったら解るっていうのが楽しいんですよねぇ」

恐らくクロスワードの事を云っているのだろう。


「それで、一個解んないのがあって、周りも埋められてないから一文字も解らないんです。〝一年で一番暑い時期。ホニャララ見舞い〟って書いてて、五文字らしいんですよねぇ。あっ! 解ったっ! 入院だっ! 見舞いだから入院だっ!」

「あの、恵比寿さん」

「はい」

「良かったら、家に来ませんか」

「是非っ!」


「おっ、本の数すごいですねぇ」

恵比寿はリビングの本棚を見て目を丸くした。

「あの、もし良かったら、恵比寿さんの真の姿を見せて戴けませんか」

「あっ、はいはい」

恵比寿は何の躊躇いもなく頭上で掌を擦り始めた。


 そして、現れた煙がその姿を覆い、ゆっくりと露になっていく。

ふくよかな、文字通りの恵比須顔。垂れ下がった福耳。

黒い頭巾と光沢のある白い束帯。

右手に持った釣り竿。

これが、七福神の最後の砦、恵比寿の真の姿。

これで、七福神全員の真の姿を目の当たりにした。

感動を覚え、思わず一歩引いた。


 鯛の有無を除いて、YEBISUビールに表示されたイラストとほぼ同じ見た目だ。

「鯛は持ってないんですか」

「鯛? あぁ! 云われてみれば、何か最近、鯛を持ってる私の絵をちょいちょい見掛けますねぇ。ビールとか、看板とか。私、常に鯛を持ってるわけじゃないんだけどなぁ。釣りが好きだからそんなイメージがついたのかなぁ。海老で鯛を釣るとは、まさにこの事っ!」

いや、この事ではない。


 恵比寿はリビングに正座した。

訊かなければならない事はあるだろうか。

恵比寿に提供するコーヒーを淹れながら考える。

「あっ!」

恵比寿は突然大声を出すと、「あぁ、間違って体温計持って来ちゃったっ!」と、ジーンズのポケットからキッチンタイマーを取り出して云った。

「今、何時ですかぁ」

「えっと、三時二十二分ですけど」

「おっとっ! それはマズいっ! 私、友人と待ち合わせしてるので、これでっ!」

急いで仮の姿に戻った恵比寿は、「じゃ、またっ!」と云って出て行った。

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