誤解
改札を出て数分後、恵比寿の姿が見えた。
「ちょっと聞いて下さいよっ! 滅茶苦茶ムカついたんですよっ! あんな奴もう顔も見たくないっ!」と、何やら憤りながら向かって来る。
「昨日、友人と飲んでたらねぇ、そいつが〝二十九歳の妻と三歳の彼女と一つ屋根の下で暮らせて幸せだ〟なんて云うわけですよっ! 全くっ、心底ムカつきましたよっ! 浮気なんて最低ですっ!」
「えっ、いや、あの――」
「しかも、カミさんと浮気相手を一緒に住まわせるなんて、そんなふざけた野郎だと思いませんでしたよっ!」
「それちがっ――」
「しかも相手は三歳でしよ、三歳ぃっ! もう呆れてものも云えませんよっ!」
「それ浮気じゃ――」
「それに全く悪びれる様子もなくずうっとにこにこして話すわけですよ、あいつっ! いい奴だと思ってたのにがっかりですよっ! もう、怒って帰ってやりましたよっ! それで、二、三十年振りぐらいに厄を送ってやりましたよっ! 丁レベルの厄をっ!」
「それ、違いますよっ!」
「えっ?」
「それ浮気じゃないと思うので、ていうか、絶対浮気じゃないので、その方に僥倖を送って厄を解除して下さいっ! その方、何も悪くないですからっ!」
「いや、浮気ですよ、浮気ぃっ! 浮気なんてゲンゴドウダンですっ!」
その友人は冗談で娘を彼女と称したという事を説明すると、それを理解したらしい恵比寿は、「それはそれは悪い事をしてしまったっ!」と、慌てて僥倖を送った。
「いやぁ、すみませんごめんなさい申し訳ないっ! 私は何て事をっ! ホントに彼には申し訳ないっ! すみませんごめんなさい申し訳ないっ! よし、パトロールパトロール」
切り替えが早いな。
「私、痩せたと思いません? 今、ダイエットしてて」
そう訊かれても、ビフォーが解らない。
「ほら」
恵比寿は口角を上げ、頬を摘まんだ顔を僕に向けた。
「こうした時にほっぺたが薄くなったんです。昼食は麺しか食べないダイエットしてて、今日で丁度十日目なんですよ」
まだ十日かよ。
というか、昼に麺しか食べないのはダイエットでも何でもないだろ。
頬が薄くなったのは絶対に気のせいだ。
「恵比寿さんは、ご結婚された事は」
「あら、覚えてません? 昭和になったかなってないかぐらいの時、結婚しましたよ。もう、それはそれはお奇麗な方だったなぁ。今でいう所のお見合いで知り合ったんです」
当時もお見合いはあっただろ。
「で、その後にちょっとの間だけ交際してた女性も相当なべっぴんさんでしたよ。まさに〝タカミネの花〟で……、あっ!」
向こうから歩いて来る男が視界に入り、きょろきょろし始めた恵比寿は公園の茂みに身を潜めた。
「オンインダラヤソワカッ!」
例の儀式を行った恵比寿は立ち上がる。
「さっきの男性の方、カフェでお仕事してる時に一人で来てた女子高生の方がレジで財布も携帯も忘れた事に気付いて慌てふためいていたら、代わりに払ってあげたみたいです」
毎日観葉植物に水をやっている専業主婦。
友人の引っ越しの手伝いをしたサラリーマン。
小学生の少女が尋ねたタイトルの本の在処を教えた図書館司書。
恵比寿が僥倖を与えた十数人の中には、度々疑惑の判定があった。
図書館司書に至っては優しさではなくただのビジネスじゃないか。
「では私、明日早朝から釣りなので、これで」
まだ午前中じゃないか。
どんだけ備える気なんだよ。
それから、翌日日曜日の十三時に待ち合わせる事になり、パトロールはお開きとなった。
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