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七福神観察日記 ~作家志望の僕が実際に出逢ったあまりにも個性的過ぎる七福神の生態を綴ったノンフィクション小説~  作者: 葉月 陽華琉
第六柱 大黒天観察日記 ~作家志望の僕があまりにも気難し過ぎる大黒天に頭を抱えながら取材した話~
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勝負

プライドを傷付けられて相当ご立腹なのか、今までと違って一週間連絡が来ない大黒天への取材を切り上げて恵比寿にシフトしたいが、自ら課したミッションがまだ一つ残っている。


 恐る恐る送った、〝また取材させて戴きたいのですが、都合のいい日時はありますか〟というメッセージが既読になって数時間後の二十時過ぎ、〝あと古墳で突く〟という返信が来た。


 あと五分で着くらしい。

了承した時点で返信しろよ。

しかも、あと五分かよ。

大体、家に来ていいとは云ってないだろ。


 「悪いけど、あんまいられねぇぞ。仲間と飲む約束してっから」

大黒天はフライドチキンのバスケットが入っているらしいビニール袋をテーブルに置くと、あぐらをかいた。


「あの、単刀直入に云いますけど、大黒天さんの真の姿を見せて戴けませんか」

「真の姿? 云われてみれば二〇〇年ぐらいホントの姿になってねぇな。じゃあ、見せるのはいいけど、条件がある」

面倒そうだ。


「何ですか、条件って」

「神経衰弱、三回勝負で俺に勝つ事」

大黒天はズボンのポケットからケースごと輪ゴムで何重にも括られたトランプを取り出した。

何故、トランプなのだろう。

何故、神経衰弱限定なのだろう。

何故、三回もやるのだろう。


 大黒天はトランプをシャッフルし、テーブルに広げた。

相当使い古されているらしいそれに触れたくないが、彼の真の姿を見る為だ。

後で手を洗ってテーブルも消毒しなくては。


 「畜生がぁっ! 何なんだよ、おいっ!」

その怒号に一瞬焦ったが、大黒天は「じゃあ、二回戦といこうか」と、集めたトランプをシャッフルした。

流石に、二十七組十九組は獲り過ぎたか。

大黒天の真の姿が見たいあまり、この男の沸点の低さを忘れていた。


「ちょっ、お前、手ぇ抜いたろっ!」

流石に六組は手加減し過ぎたか。


「ちゃんとやれよ、おいっ! じゃ、最終決戦っ!」

獲り過ぎると、大黒天が憤慨して帰り、せっかく勝ったのにこの男の真の姿を見られないという最悪の事態になる可能性がある。

程々に勝たなくては。


 「では約束通り、真の姿を見せて下さい」

「しょうがねぇなぁ、約束だもんな。まぁ、見てな」

大黒天は立ち上がり、自分の頭上で掌を擦った。

過半数である十四組目を獲得して勝利が確定した以降は全て外した事に因って、穏便にこの男の真の姿を見られる事になり、安堵していると、彼は煙で覆われた。


 そして、それがゆっくりと薄まっていく。

臙脂色の頭巾。

髭を蓄えたふくよかな顔。

紫の着物。

左肩に担いだ大きな袋。

右手に持った金色の木槌。


「もういいだろ」

「ちょっと待って下さい。それ、打ち出の小槌ですよね」

「おう、よく知ってるな」

「その小槌って、本当に振ると何でも出てくるんですか」

「そんな事も知ってんのか」

「やはりそうなんですね」


「何で知ってんだ、そんな事」

「インターネットで」

「インターネットかぁ。やっぱインターネットってすげぇんだな」

「あの、もし良かったら、それ、振ってもらってもいいですか。何でも出てくるんですよね」

「おう」


 大黒天は木槌で床を何度も叩き始めた。

すると、白い煙が漂い出した。

大黒天の動きに比例してどんどん増えていくそれは小槌を覆うと、ゆっくりと薄まっていく。

すると、其処には金槌があった。

木製のハンマーから現れた、素材の異なるハンマー。


 大黒天は再び小槌で床を叩いた。

煙から現れたのは、電動のこぎりだった。


 それから大黒天は気分がいいのか、次々と木槌で床を叩く。

ドリルドライバー。

ペンチ。

蝶番。

現れるのは何故か、工具ばかりだ。


「四回戦目、やるか」

「えっ」

「四回戦目やるか」

何も賭けずにやるのか。

急にシンプルな神経衰弱をするのか。


「で、やんのか」

「あっ、はい。いいですけど……」と、思わず返事をした。

「ふざけんなよ、おい」

「はい?」

あまりにも想定外の展開に、耳を疑った。


「何回やんなきゃならねぇんだよっ! 何回も何回もやらせんなっ!」

立ち上がった大黒天はトイレに向かい、それのドアを勢い良く閉めて入った。

意味が解らない。

意味が解らなさ過ぎて恐怖すら覚える。

選択肢を出したのはそっちじゃないか。

キレる意味が解らない。

キレるなら何故、四回戦目を提案したのだろう。キレるなら何故、やるかどうかを僕に訊いたのだろう。まるで僕がわがままを云ったみたいじゃないか。

僕は〝神経衰弱をやりたい〟など一言も云っていない。〝別にやってやってもいい〟的なスタンスだったのに。


 今日の夕食は、ステーキとトースト、どちらがいいかを訊かれて「トーストでいい」と答えて「何で夜にトーストなんだ」とキレられる様なものじゃないか。

謎過ぎる。

ムカつく。

リビングに漂う香りと、ビニール越しに笑みを向ける創業者の顔が食欲をそそってくる事にもムカついてきた。


「おいっ、お前っ!」

トイレから出た大黒天は何やら再び僕に怒っている。

「水流すトコ何処か云わねぇと解んねぇだろうよっ! 俺、流してねぇかんなっ!」

仮の姿に戻った大黒天は、フライドチキンの袋を持ち、勢い良くドアを閉めて出て行った。


 キレる意味が解らない。

キレるくらいなら、ドアを開けるなりして訊けばいいじゃないか。

その声量があるなら訊けばいいじゃないか。

何故、解らない状態で出て来たのだ。

大体、解らない意味が解らない。


 何故、水を流すレバーが何処なのかが解らないのだ。

水を流すレバーの場所など、大体どのトイレも同じじゃないか。

逆ギレもいいとこだ。

完全に自分の落ち度じゃないか。

トイレに他人の排泄物を残された僕の方が被害者だ。

キレたいのは僕の方だ。そっちがキレる意味が解らない。

謎だ。謎過ぎて恐怖すら覚える。


 リビングにはフライドチキンの香りがだけが残され、それが漂っている。

畜生。ちょっと食べたくなったじゃないか。

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