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七福神観察日記 ~作家志望の僕が実際に出逢ったあまりにも個性的過ぎる七福神の生態を綴ったノンフィクション小説~  作者: 葉月 陽華琉
第六柱 大黒天観察日記 ~作家志望の僕があまりにも気難し過ぎる大黒天に頭を抱えながら取材した話~
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啞然

翌日の夕方。

リビングで執筆作業をしているとLINEが来た。

〝飲みに行くか〟という、大黒天からのメッセージだ。

昨日の事には触れられていないそれに少し驚きながらも、思わず了承した。


 公園に停まった、フライドポテトや鈴カステラを売っているらしいオレンジ色のワゴン車の傍で暫く待っていると、大黒天の姿が見えた。

時刻は間もなく十九時になる。


「うっす」

大黒天は昨日の事にも、自らが提案した待ち合わせの時間に三十分程遅れて来た事にも一切触れる事なく、「行く前にこの辺ちょっとパトるわ」と云って公園を出、僕は同行した。


 「オンマカソワカッ!」

大黒天はジョギング中の男と擦れ違うと、七回目の例の儀式を行った。

何れも左手、すなわち厄だ。

僅か十数分でこの人数という事は、この区域は悪い人間が多いのだろうか。

それとも、大黒天の判定が厳しいのだろうか。


「さっきの人は何を」

「あいつ、パワハラやらモラハラやら日常茶飯事らしい。妻とか部下に」

大黒天は舌打ちをした。


 「そりゃあ大変よ、七福神は。毎日毎日、人間さんの心にアンテナ張って僥倖なり厄を送んのは楽じゃないからな。まぁ、怠ってはないけど。怠ってはないけど、結構大変なわけよ。一時期全然楽しくなくて、二人でやる人狼ぐらい楽しくなかったわけよ」

大黒天は飲食店の個室に入ってすぐに吸い始めた煙草を灰皿の中で潰した。

笑った方がいいのだろうか。

考えていると、大黒天は「何かさぁ俺、人間さんが羨ましいわけよ」と、続けた。


「学校ってやつ楽しそうだし、青春って人間さんの特権だしな。何か、サークルとか憧れるわけよ。俺だったらミステリーサークルを作る、ミステリーサークルサークルに入るわ」

大黒天はコークハイをぐびぐびとジョッキの半分程を飲んだ。


「理想の自分を描く事で大人になる準備を整えて好奇心を持つのが、十代の役目。見付けた己の道を己の足で歩んで、周囲の長所を盗んでいきながら無鉄砲に挑戦して失敗を糧にするのが、二十代の役目。己を信じて壁を超えていく強さと、一つ一つの出逢いに感謝して他者の幸福を幸福と思える優しさを持つのが、三十代の役目。理想の自分に近付きながら周囲に長所を盗まれる存在になるのが、四十代の役目。己の背中と生き様を若い世代に見せる事で自らが人生の教科書となるのが、五十代の役目、だと思うからよ、だから人間さんって案外面白そうだな、って思うわけよ。俺等七福神の役目っつったら運を送るぐらいだしな。名言だろ? 今の。ってか、腹減ったな。名言云うのって結構カロリー消費するんだな」

そう云うと、メニュー表を広げた大黒天は呼び出しボタンを押し、石焼ビビンバ、マルゲリータピザ、鉄板焼き餃子、うにの軍艦という、四ヶ国の料理を注文した。


「で、このあんちゃんは親子丼」

「えっ、あっ……」

勝手に決められた。

何故、料理の選択権を与えられなかったのだろう。


 大黒天はテーブルに置かれたうにをテンポ良く平らげた。

「学校あるあるとか憧れるわけよ。先生をお母さんって呼んじゃうとか。理科室の水道の水圧強いとか。体育館の天井にバレーボール挟まってるとか」

大黒天はピザを口に運んでいきながら云った。


「好きな女子にいたずらする男子とか。で、机に突っ伏して泣く女子とか。で、その子を更に茶化す男子とか。で、〝ちょっとやめなよ男子ぃ〟って云う女子とか。で、高笑いして逃げる男子とか」

大黒天は頬張った餃子を流し込む様にビールを飲んだ。


「家が極道やってる女の先生とか。〝お前等悔しくないのかぁ!〟って云うラグビー部の先生とか。〝この、バカチンがぁ!〟って云う先生とか」

大黒天ははふはふと熱そうにビビンバを頬張る。


「そっちも美味そうだな」

大黒天は僕が食べている親子丼を見て呟いた。

「良かったら、食べます?」

逆の立場なら絶対に嫌だが、大黒天は何となく衛生面に無頓着そうである上に、残り三割程であるこの親子丼の想定外のボリュームにギブアップを考えていた故、思わず云った。


「あのよう」

大黒天は顔をしかめながら野太い声を出した。


「普通食う前に訊くだろっ! ふざけんなっ! ったくっ!」

「えっ、ちょっ……」


 ルイ・ヴィトンの長財布から取り出した紙幣をテーブルに叩き付けた大黒天は、襖を勢い良く閉めて個室を出て行った。

彼が解らない。


 出来たてを食べたかったのだろうか。

ブチギレるぐらいなら自分の分を注文すればいいじゃないか。

それに、いらないなら断ればいいじゃないか。

後から云うなら云わない方が良かったのだろうか。

彼が解らない。

あんな事でブチギレられるのなら、もう彼には何の発言も出来ない気がしてきた。


 ジョッキの傍の紙幣は二千円札だった。

この金額では彼の飲食代の殆どを僕が負担しなくてはならないじゃないか。


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